ツールウォッチでありながらも、ラグジュアリーでもある。IWCがパイロットウォッチで取り組んできたこと

2025.04.19

現代におけるパイロットウォッチの在り方を再考する。そんな『クロノス日本版』Vol.98「パイロットウォッチ礼賛」特集を、webChronosに転載。今回は、IWCが1980年代以降に取り組んできた、実用性と審美性を両立させたパイロットウォッチを取り上げる。ラグジュアリーさもある、同社ならではのパイロットウォッチとは?

IWCの〝型破り〟な「ビッグ・パイロット・ウォッチ・トップガン “モハーヴェ・デザート”」を深掘り

FEATURES

トップガンはじめ、IWCの“洗練されたプロ向け”「パイロット・ウォッチ」5本を紹介

FEATURES

奥山栄一:写真
Photographs by Eiichi Okuyama
広田雅将(本誌):文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2022年1月号掲載記事]


実用性と審美性を両立させた民間用モデル

 IWCは1980年代以降、その構成を保ちながらも、より普段使いに向くようなモディファイを加えてきた。それを象徴するのが、2021年発表の「ビッグ・パイロット・ウォッチ 43」と「パイロット・ウォッチ・クロノグラフ 41」だ。いずれも日常的に使えるサイズと、良質な外装が際立っている。


IWC「ビッグ・パイロット・ウォッチ 43」「パイロット・ウォッチ・クロノグラフ 41」

ビッグ・パイロット・ウォッチ 52T.S.C.、ビッグ・パイロット・ウォッチ 43

(左)ビッグ・パイロット・ウォッチ 52T.S.C.
1940年に1000本のみ製造されたビッグ・パイロット・ウォッチの祖。ベルリンのジークフリード・ハインドルフ経由でドイツ空軍に納入された。クロノメーター級の精度を出すべく、ムーブメントには懐中時計用のCal.52T.S.C.を搭載する。また視認性を確保するため、文字盤は49mmもある。ケースはステイブライト製。手巻き(Cal.52T.S.C.)。16石。1万8000振動/時。直径55mm、厚さ17.5mm。参考商品。
(右)ビッグ・パイロット・ウォッチ 43
基幹キャリバーである82系を搭載した「小さな」ビッグ・パイロット・ウォッチ。ケースが3mm縮小したことに加えて、軟鉄製のインナーケースを省くことで装着感は大きく改善された。「EasX-CHANGE」システムによりストラップの交換も容易である。自動巻き(Cal.82100)。22石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。SSケース(直径43mm、厚さ13.6mm)。10気圧防水。

 IWCのパイロットウォッチには、大きくふたつの流れがある。ひとつは、マークⅩやマークⅪに代表される高機能なパイロットウォッチ。もうひとつが、1940年のドイツ軍向け「ビッグ・パイロット・ウォッチ」に始まる大きなパイロットウォッチだ。前者は機能をいっそう突き詰めたトップガンに進化し、後者はパイロットウォッチとしての風貌は保ちつつも、普段使いができる時計へと変わりつつある。

 それを象徴するのが、2021年に追加された「ビッグ・パイロット・ウォッチ43」だ。既存モデルに比べて3mm小径化されたケースサイズは直径43mm。わずか3mmの違いだが、全長が短くなったことで装着感は明らかに良くなった。また、搭載するムーブメントを懐中時計サイズの52系からコンパクトな82系に変更することで時計自体も軽くなった。あえて軟鉄製のインナーケースを省いたのも、着け心地を考慮したためである。

 1980年代にパイロットウォッチを復活させて以降、IWCはプロフェッショナル向けのツールを、いかにして普通の人に使ってもらえるかに取り組んできた。1990年代のカラフルな「マークⅫ」限定版はその表れだ。しかし、ケースの内製化を進めることで、やがてIWCは地味だったパイロットウォッチに、高級感を盛り込めるようになったのである。

ビッグ・パイロット・ウォッチ 43、パイロット・ウォッチ・クロノグラフ 41

(左)ビッグ・パイロット・ウォッチ 43
ビッグ・パイロット・ウォッチ初のブレスレットモデル。ブレスレットの遊びは相変わらず小さめだが、以前のように摩耗した金属粉で袖を汚す心配はなくなった。鮮やかなブルー文字盤は、IWCの伝統に従って、強い光源下でも高い視認性を誇る。容易にストラップ交換可能な「EasX-CHANGE」システムを採用。自動巻き(Cal.82100)。22石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。SSケース(直径43mm、厚さ13.6mm)。10気圧防水。
(右)パイロット・ウォッチ・クロノグラフ 41
パイロットウォッチの「民主化」を象徴するモデル。ケースサイズは直径43mmから直径41mmに縮小された一方、ケース製造の技術が向上したため防水性能は6気圧から10気圧に向上した。文字盤もトレンドカラーのグリーンである。「EasX-CHANGE」システムを採用。自動巻き(Cal.69385)。33石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約46時間。SSケース(直径41mm、厚さ14.5mm)。10気圧防水。

 IWCのパイロットウォッチが明らかに良くなったのは1997年の「マークXV」からだろう。ケースやブレスレットの仕上げは従来に同じサテンだったが、外装の加工精度が上がった結果、いわゆるツールウォッチに留まらない完成度を得たのである。加えて最新版のパイロットウォッチは、サテンとポリッシュを併用することで、ラグジュアリースポーツウォッチのような見た目を持つようになった。とはいえ、鏡面の面積を最小限に抑えることで、強い光源下でも時計が光りすぎないようにしたのが、あくまでパイロットウォッチである所以だ。

 近年のトレンドでもあるカラフルな文字盤も同様である。もともとIWCは鮮やかなブルー文字盤を得意としてきたが、ここ数年は研ぎ上げたポリッシュラッカーも使うようになった。パイロットウォッチに使われるものは、一見艶あり仕上げ。しかし、強い光源下にさらしても文字盤が反射しないよう、トーンを落としている。文字盤を光らせれば高級に見えるが、パイロットウォッチとしての視認性は失われる。IWCはディテールを詰めることで、パイロットウォッチとしての「お約束」を損ねない程度に、高級感を盛り込んでみせたのである。

IWCのパイロット・ウォッチ

トップガンを除く最新の「パイロット・ウォッチ」には、簡単にストラップが交換できる「EasXCHANGE」システム(左)が採用される。バックルも全長約40mmと極めてコンパクトだが、本格的なエクステンション機能を内蔵する。バックルの開閉もプッシュボタン式。バックル外側にあるIWCのレリーフを押すとエクステンション機能を操作できる。操作性と実用性、そして堅牢さを併せ持った、現時点で最も良く出来たフォールディングバックルのひとつだ。

 実用性と審美性の両立はブレスレット付きのモデルにより明らかだ。バックルに内蔵されたIWCのレリーフを押し込むと、ブレスレットの長さを微調整できる。あえてレリーフを盛り上げなかったのは、ぶつけた際にバックルの調整機構が勝手に作動しないための配慮だろう。また、バックル自体を約40㎜とコンパクトにまとめることで、細腕の人が着けてもバックルが飛び出す心配は少ない。ブレスレットの左右の遊びは適切で、マークXV時代のように、遊びがなさすぎて金属粉が出るようなこともなくなった。

 パイロットウォッチ作りの伝統を踏まえて、普通の人にも使えるパッケージに落とし込んだIWC。ツールウォッチでありながらも、ラグジュアリーでもある今のパイロットウォッチは、IWCにしか作り得ないプロダクトなのである。



Contact info:IWC Tel.0120-05-1868


「人類の最も古い夢」を育み続ける、パイロットウォッチの歴史とは?

FEATURES

老舗ブランド・IWCの実力を改めて感じた、異質パイロットウォッチを着用レビュー

FEATURES

IWC「パイロット・ウォッチ」が傑作である理由。鍵はケースと自社製ムーブメント!

FEATURES