時計専門誌『クロノス日本版』の編集部が、読者に向けておすすめモデルを紹介する本連載。今回のテーマは「機械式であることの楽しさを味わえる時計」だ。機械式時計と比較した際の「課題」を克服したクォーツ式時計も登場する昨今、あえて機械式時計を選ばせるような1本とは?
『クロノス日本版』編集部おすすめの、「機械式」時計の楽しさを存分に味わえるモデル
2025年で創刊20周年を迎える、時計専門誌『クロノス日本版』。専門誌として時計と向き合い続けてきた編集部が読者におすすめするのは、どのようなモデルなのだろうか? 小誌のWEB媒体であるwebChronosでは、そんな編集部のメンバーが、決められたお題に沿って各自2本ずつおすすめ時計を紹介するという企画を行っている。
第8回目となる今回のお題は、「『機械式』時計の楽しさを存分に味わえるおすすめモデル」だ。
利便性の高いクォーツ式時計が出回る昨今。しかも現代クォーツモデルは進化が加速しており、かつて機械式時計と比較して「針を回す力が弱い」「修理して末永く使える個体が少ない」などといった弱点を克服したものも打ち出されている。そんな時代においてなお、あえて機械式時計を選びたくなるような、機械式であることの愉悦を存分に味わえるようなモデルを、その理由とともに選定している。
編集長・広田雅将おすすめの「機械式時計」
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『クロノス日本版』およびwebChronosの編集長であり、時計ハカセの愛称も持つ広田雅将が選ぶのは、A.ランゲ&ゾーネ「ダトグラフ」とハミルトン「カーキ アビエーション パイロット パイオニア」である。
A.ランゲ&ゾーネ「ダトグラフ」
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2012年に発表された改良版。パワーリザーブが約60時間に伸び、フリースプラングテンプを持つCal.951.6を搭載する。ただ個人的な好みを言うと6時位置のパワーリザーブ表示は蛇足だ。手巻き(Cal.L951.6)。46石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約60時間。18KPGケース(直径41mm、厚さ13.1mm)。3気圧防水。世界限定125本。価格要問い合わせ。 (問)A.ランゲ&ゾーネ Tel.03-4461-8080
時計の歴史にあって、初めて機械式であることの意味を謳い上げた時計が「ダトグラフ」と思っている。
搭載するCal.L951以前、すべてのクロノグラフムーブメントは、プレスで部品を打ち抜き、その部品を全体に散らすという設計を持っていた。好例はバルジューのCal.72、レマニアのCal.2310、フレデリック・ピゲのCal.1185系や、Cal.ETA7750だろう。一方、Cal.L951は、ワイヤ放電加工機を駆使することで、今までにはなかった、大きく湾曲したレバーや規制バネを持てるようになった。また秒針と積算計を6時方向に下げるレイアウトは、結果として、重層的な造形をムーブメントにもたらした。理屈で言えば、曲がったレバーも込み入ったレイアウトも、計測機械には全くふさわしくない。しかしあえて、造形のためにすべて振り切ったところに、ダトグラフの魅力があると思っている。史上これほど、機械式時計であることに開き直った時計はないだろう。
正直筆者は、ダトグラフの機械を良いと思ったことは一度もない。しかし、これ以上好きなクロノグラフムーブメントがないのもまた、事実なのである。ちなみに昨年、A.ランゲ&ゾーネの工場長であるティノ・ボーベさんと飲む機会があった。「なぜA.ランゲ&ゾーネの復興25周年に、色だけ変えたダトグラフを出したんですか?」「これ以上完成度の高いムーブメントは、もういじらなくていいでしょう」。全く同感です。
ハミルトン「カーキ アビエーション パイロット パイオニア」
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今や絶滅危惧種のユニタスを載せた機械式時計。古典の味わいを残しながらも、10気圧防水とかなり実用的だ。また価格も大変魅力的である。手巻き(Cal.ETA 6498-1)。17石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約50時間。SS(直径43mm、厚さ13mm)。10気圧防水。18万7000円。(問) ハミルトン/スウォッチ グループ ジャパン Tel.03-6254-7371
クォーツに比べて相対的に長持ちするのが、機械式時計の魅力のひとつだ。もちろん長寿命で、何度ものメンテナンスに耐えられるクォーツは存在するが、決して数は多くない。そんな機械式時計にあって、一層長寿命なのが、大きなムーブメントを載せた時計だ。少し乱暴な物言いになるが、同じ距離を50ccのバイクと、5000ccの車で走った場合、後者の方が機械的な痛みは小さいだろう。時計も同様だ。“エンジン”の大きい方が、摩耗は小さく、長持ちするのである。
ハミルトンの「カーキ アビエーション パイロット パイオニア」が搭載するCal.ETA(旧名ユニタス)6498-1は、そもそも懐中時計用に設計されたムーブメントであり、しかも基本設計は1930年代、直接的には1960年代後半にさかのぼる古典中の古典だ。昔の懐中時計のエンジンがそのまま載っていると考えれば、壊れにくいだけでなく、かなりの長寿命を期待できるだろう。実際筆者は、Cal.6497とその姉妹機であるCal.6498搭載機をかなり買ってきたが、不具合に見舞われたのは一回のみである。
しかもこの「ユニタス」搭載機は、意外と精度も悪くない。事実、高振動版のCal.6497とCal.6498-2には、なんとクロノメーター版さえ存在していた。加えて、ムーブメントが大きいためか、長期間使っても精度が落ちにくかったのである。普通のグレードであっても、筆者が使った印象を言うと、精度は総じて良好だ。
そんなユニタスだが、残念ながら今採用する時計は数えるほどしかない。このムーブメントの設計を転用したフランスのベルテ、そしてハミルトンを含む、スウォッチ グループの一部メーカーのみである。耐久性に優れ、精度も悪くないのに今や絶滅危惧種となったのは、直径が37.8mmもあるためだ。
正直、Cal.6498を搭載したカーキも、どこまでラインナップに留まるかは疑わしい。というわけで、いかにも機械式時計を探している人は、ぜひこの時計を手にしてほしい。主ゼンマイを巻いた感じも、いかにも昔の時計を触っているようで良いのである。
副編集長・鈴木幸也おすすめの「機械式時計」
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副編集長の鈴木幸也がおすすめするのは、ヴァン クリーフ&アーペルの「レディ アーペル ユール フローラル スリジエ ウォッチ」と、ジェイコブ「ブガッティ トゥールビヨン」だ。
ヴァン クリーフ&アーペル「レディ アーペル ユール フローラル スリジエ ウォッチ」
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自動巻き(Cal.400)。パワーリザーブ約36時間。18KWGケース(直径38mm)。3気圧防水。4276万8000円(税込み)。(問)ヴァン クリーフ&アーペル ル デスク Tel.0120-10-1906
2022年発表の3年前のモデルであるが、「機械式時計の楽しさを味わえるモデル」というお題を目にして、まず頭に浮かんだのが、この「レディ アーペル ユール フローラル スリジエ ウォッチ」だ。文字盤上に咲くスリジエ(桜)の花の数によって時刻を表示する遊び心。「ポエトリー オブ タイム(詩情が紡ぎ出す時)」というコンセプトを持つ「ポエティック コンプリケーション」コレクションにおいて、次々と詩的な複雑機構を、メゾンが誇るエナメル技術などのサヴォアフェールとともに、文字盤上に紡いできたヴァン クリーフ&アーペルのひとつの到達点であり、文字通りの傑作だと思っている。
文字盤上で開花する桜の花は全部で12輪。それが毎正時に、その時刻のアワー(時)の数だけ、パッと花を咲かせることで、現在時刻を表現するという発想はいかにも華やかで心躍るものだ。しかも、毎正時に開花する花は毎回同じ位置の花が咲き、その数が増えていくのではなく、一見、毎正時ごとにまったく違う位置の花がランダムに咲くように見せている。それが、このモデルを詩的なうえに優雅に見せ、さらに傑作たらしめている大きな理由だ。
この何とも不思議な動作を実現するのに、その優雅さの陰で、同メゾンが「ポエティック コンプリケーション」と謳いながらも、他社には思いも寄らないギミックを叶える複雑機構を次から次へと開発しているという事実に、ヴァン クリーフ&アーペルが超一流のハイジュエラーであると同時に、稀有なオートオルロジュリーの旗手であることを気づかせてくれる。
見るからに艶やかな、細密彫金とエナメル装飾技法で描き出された12輪の桜の花。時刻を示すこの12輪の桜の花以外にも、文字盤には桜の蕾や、桜の花に舞い降りる蝶が表現されている。その文字盤の下には、桜の花の開閉を司る複雑機構が、266枚もの歯車と、それらが巧妙に振り分けられた166のコンポーネントによって構成され、見事に調和することで、まるで魔法のように“ランダム”な花々の駆動を成し遂げているのだ。
時を表示するという機械式時計の最もベーシックな役割を、ここまで心躍る“詩的な表現”にまで昇華しているヴァン クリーフ&アーペル。橋の上で恋人たちが逢瀬を重ねる「レディ アーペル ポン デ ザムルー ウォッチ」や、プリカジュールによるステンドグラスのような煌めきをまとったエナメルの羽根を持つ蝶が、文字盤上でその羽根を優雅に羽ばたかせる「レディ アーペル パピヨン オートマタ ウォッチ」など、時を表現するにあたって、夢のような遊び心が常に盛り込まれるヴァン クリーフ&アーペルのポエティック コンプリケーション。
毎年、春先にスイスで開催されるウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブにおいて、私的に真っ先に注目している傑作たちだ。
ジェイコブ「ブガッティ トゥールビヨン」
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手巻き(Cal.JCAM55)。2万1600振動/時。パワーリザーブ約48時間。Ti+ブラックDLCケース(縦52×横44mm、厚さ15mm)。30m防水。世界限定150本。要価格問い合わせ。(問)ジェイコブ 銀座 Tel.03-6281-4777
こちらは、もっと純粋に「機械式時計の楽しさを味わえるモデル」だ。良い意味で外連味たっぷりの意匠や機構によって、他者とは異なる腕時計を求める“好事家”からスーパーラグジュアリー世界の住人、そして真のハイコンプリケーションを正当に評価する趣味人に至るまで、多くの“時計愛好家”に支持されているジェイコブ。
個性と独創性あふれるそのコレクションの中でも、メカニカルな動きにおいてその楽しさが際立つのが、この「ブガッティ トゥールビヨン」である。
これはブガッティの新作ハイパーカーである「ブガッティ トゥールビヨン」に着想を得た、同じモデル名を持つ、ブガッティとジェイコブのコラボレーションによるモデルだ。
ジェイコブといえば、時刻は言うまでもなく、天体など、“時”にまつわるさまざまな表示をトリッキーに、そしてスーパーラグジュアリーに設えて表現することで、唯一無二の存在感を放つブランドである。その中でも、このモデルが飛び切り“楽しい”のは、時刻表示と、それに関わるトゥールビヨンなどの精度を左右する複雑機構とはまったく別のところにある。
そのハイライトは、12時側にオフセットされたスモールダイアルによる時刻表示の6時側の開口部に配された、ブガッティのV16エンジンを模したオートマトンである。これこそ、ギミックのためのギミックであり、6時位置のプッシュボタンを押すことによって、本物のエンジンよろしく、極小のピストンが緻密かつ精巧な往復運動を見せてくれる。これが、時刻表示とはまったく関係ない、純粋に動きを楽しむためのオートマトンであることが潔く、いっそうワクワクさせてくれるのだ。
エンジンの動作をここまで真剣に、そして精密に再現しようと試みたジェイコブの余裕と懐の深さに、正確な時刻表示を宿命とする正統派機械式時計のくびきから解き放たれた、真のスーパーラグジュアリーが成し得た自由と悦楽を見た。
細田雄人おすすめの「機械式時計」
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勤続8年目の細田雄人がおすすめする時計は、クロノメトリー・フェルディナント・ベルトゥー「クロノメーター FB RES」と大塚ローテック「6号」だ。
クロノメトリー・フェルディナント・ベルトゥー「クロノメーター FB RES」

手巻き(Cal.FB-RE.FC)。58石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約50時間。18KWGケース(直径44 mm、14.26mm)。30m防水。(問)ショパール ジャパン プレス Tel.03-5524-8922
今、あえて機械式時計でないといけない理由を挙げるのは想像以上に難しい作業だ。機械式時計はもはや趣味のものであるから、「好きだから」も立派な理由として成立するが、やはりある程度は説得力のある理由を見出せる時計を選びたい。そこで機械式ならではのギミックが満載なクロノメトリー・フェルディナント・ベルトゥー「クロノメーター FB RES」を挙げさせてもらった。
クォーツ式時計が登場するまで、当然ながら高精度な時計を作るためには機械式ムーブメントをブラッシュアップしていくしかなかった。そんな機械式時計の高精度を求めた先人たちの知恵をフルに導入し、コンパクトな腕時計で実現してしまったのが同作である。
フュゼ・チェーンやルモントワール・デガリテといったコンスタントフォース機構、ゼネバ機構による巻き止めといった機能は、紛れもなくゼンマイを動力源とする機械式時計のために開発されたもの。これらが作動している様を視覚的に楽しむ時間はさぞかし至福だろう。
また、厳密には“機械式時計ならでは”とは言えないかもしれない(=理論的にはクォーツ式でも追求できるであろう)が、やはり高級機械式時計のアピールポイントとなっている針合わせの感触や仕上げの質も文句なし。
あらゆる方向で機械式の楽しさを味わうことができる1本だ。到底買えないけど……。
大塚ローテック「6号」
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自動巻き(Cal.MIYOTA9015)。26石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。SSケース(直径42.6mm、厚さ11.8mm)。日常生活防水。44万円(税込み)。(問)大塚ローテック https://otsukalotec.base.shop/
レトログラードはクォーツ式ムーブメントでも実現できる機構だ。しかし、こと時分までをレトログラードで表示する場合においては、機械式ムーブメントの方が相性に優れているのでないか。
機械式にしてもクォーツ式にしても、レトログラード機構はスネイルカムとレバー、戻しバネで構成されるモジュールをベースムーブメントと組み合わせて動かすことになる。そのため、クォーツ式時計であってもレバーの微調整はマストなうえ、強い衝撃が加われば帰零のタイミングもズレてしまう。
さらに時分針すらレトログラード表示にしようとするならば、視認性の観点から表示スケールはある程度大きな弧を描くように設定しなければならない。低トルクのクォーツ式としては設計がより困難になるうえ、電池寿命も短くなってしまうだろう。本格的な時分レトログラードのクォーツウォッチがジャンイブの「セクトラ」くらいしか存在しないのも頷ける。
と、ここまでは“あえてクォーツを採用するメリットがない”だけ。機械式時計を選ぶ理由には弱い。しかし、(多分他の編集部員も口を酸っぱくして言っているであろう、)この(クォーツ比で)大きなトルクという点は機械式時計の持つ大きなメリットだ。
ではここで、大塚ローテック「6号」の長い分針を見せてほしい。文字盤の半径を超える長さの針は弧を描くレトログラードだからこそ可能な意匠であり、また、それを実現できるのは力のある機械式ムーブメントを搭載しているからこそ。
加えて6号の場合、VUメーターを着想源とした時計のキャラクター的にも、機械式ムーブメントの方が相性に優れているというのもある。公団ゴシックを参考に片山次朗が独自で起こしたフォントや計器感を強調したケースデザインと筋目仕上げといった構成要素には、やはりアナログな“エンジン”が似合うのだ。
鶴岡智恵子おすすめの「機械式時計」
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編集部の鶴岡智恵子がおすすめするのは、グランドセイコーの「ヘリテージコレクション45GS復刻デザイン 限定モデル」とユリス・ナルダン「ブラスト トゥールビヨン フリーホイール」である。
グランドセイコー「ヘリテージコレクション45GS復刻デザイン 限定モデル」
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手巻き(Cal.9SA4)。47石。36000振動/時。平均日差+5~-3秒。パワーリザーブ約80時間。SSケース(直径38.4mm、厚さ10.4mm)。3気圧防水。世界限定1200本。134万2000円(税込み)。(問)セイコーウオッチお客様相談室(グランドセイコー) Tel.0120-302-617
現在あえて機械式時計を買うメリットは、実用上はあまりない。しかしこの機構の市場でのシェアは小さくなく、むしろ成長を続けている。各社は機械式時計のラインナップの拡充にいっそう力を入れ、機構そのものや、その機構が実現できる意匠を新たに開発したり、洗練させたりといったことに尽力している。
クォーツ式時計という、性能面では機械式時計を凌駕する存在があるにもかかわらず、廃れないどころか進化する機械式時計。こういったプロダクトは珍しく、機械式であることそのものが価値を持っているとうかがえる。この価値を存分に生かしたモデルこそが、この機構の楽しみをもたらしてくれるのではないだろうか。であれば、グランドセイコーが2024年に発表した「ヘリテージコレクション45GS復刻デザイン 限定モデル」は、その好例だ。なぜなら搭載される手巻きムーブメントCal.9SA4は、主ゼンマイを巻き上げる音や感触を良くするための工夫が凝らされた機械であるためだ。「主ゼンマイを巻き上げる」という行為は、重要な機械式の味わい(オーナーは手で巻き上げできない仕様のものもあったり、スプリングドライブという存在があったりと、一部例外は存在するものの)。その味わいを突き詰めて、グランドセイコーはコハゼを新設計したのだ。本作をリュウズを使って実際に手で巻き上げてみると、コチコチコチコチ……という音と、適度な重さによって、いかにも時計に命を吹き込んでいるかのような感覚を味わえる。
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なお、Cal.9SA4の初出は2024年4月のウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブだ。「エボリューション9 コレクション 手巻きメカニカルハイビート36000 80 Hours モデル」として、ふたつの新作に載せられて打ち出された。その際、ドレッシーなスタイルを崩さず、しかし巻き心地もよくするために、ほど良いサイズ感のリュウズにしたとのこと(参考:https://www.webchronos.net/features/116826/)。この45GS復刻デザインモデルのリュウズも操作しやすく、しかし「45GS」のオリジナルの雰囲気に影響しないサイズ感で、機械式時計の楽しみのために、よく考えられた設計となっている。
余談だが今回の企画で、初めてCal.9SA4を搭載した「エボリューション9 コレクション」ではなく、この45GS復刻デザインモデルとしたのも、一応理由がある。45GSはまだクォーツ式時計が市場を席巻する以前の1968年、グランドセイコー初の3万6000振動/時というハイビートムーブメントCal.4520を搭載した腕時計として誕生したモデルで、本作はこのデザイン復刻版にあたるという背景を持つためだ。こういった「歴史」も、クォーツ式時計よりもずっと古くから人々の生活に根差してきた機械式時計の楽しさを感じられることのひとつだろう。
ユリス・ナルダン「ブラスト トゥールビヨン フリーホイール」
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手巻き(Cal.UN-176)。23石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約7日間。18KRGケース(直径44mm)。30m防水。1791万9000円(税込み)。(問)ユリス・ナルダン/ソーウインド ジャパン Tel.03-5211-1791
「主ゼンマイの巻き上げ」とともに、機械式であることの価値を打ち出すもうひとつの手法が「機械の見える化」だ。前述したグランドセイコーしかり、現在さまざまなブランドがケースバックあるいは文字盤から内部のムーブメントを見せる仕様を採用している。クォーツムーブメントでもこういった「見せる」モデルがないわけではないが、テンプが動いていたり、巻き上げと同時に香箱車が回転していたりする様を楽しめる機械式時計の方が、この仕様に向いているだろう。
この機械の見える化を巧みに行い、独創的なデザインコードへと落とし込んだ腕時計がユリス・ナルダンの「ブラスト トゥールビヨン フリーホイール」である。本作は文字盤側に香箱を中心とした輪列が、また4時位置にパワーリザーブインジケーター、6時位置にフライングトゥールビヨンが配されており、オープンワークの文字盤から、これらの機構を眺めることができるのだ。さらにブラックの地板を背景に、まるで各歯車が浮いているかのような印象を見る者に与えるという点もユニークだ。なお、ケース半分がサファイアクリスタル製となっているため、側面からも機構が観賞できることもポイントだ。
12時位置の巨大な香箱が回転する様は、見ていて本当に楽しい。
加えて6時位置のトゥールビヨンも、大きな見どころだ。ブリッジを持たないフライングトゥールビヨンで、かつ主ゼンマイの巻き上げ量を問わず、一定のトルクを保つコンスタントエスケープメントを搭載している。従来のレバー脱進機に代わるシリコン製のユリスアンカーとともにのぞくこのトゥールビヨンが、本作に特別感をもたらしている。ちなみにトゥールビヨンやコンスタントフォースも、当然と言えば当然だが、機械式時計ならではの機構である。パーペチュアルカレンダーやミニッツリピーター、クロノグラフといった複雑機構を搭載した機械式時計もロマンたっぷりだ。しかし今ではクォーツ式で実現されている複雑機構もある中で、今のところテンプの存在が主役となるトゥールビヨンは、機械式時計を楽しむのにふさわしい。
本作の「楽しさ」としての美点が、もうひとつ。約7日間という超ロングパワーリザーブを備えているため、完全に主ゼンマイを巻き上げるのに結構時間がかかる。つまり、すぐに巻き止まりになってしまう個体と比べて、リュウズを使って巻き上げるという愉悦の時間を、長く楽しめるのだ。本作もリュウズがほどよい大きさで操作性に優れているので、この巻き上げの時間を何度も楽しみたくなってしまうかもしれない(ただし巻きすぎは要注意!)。
大橋洋介おすすめの「機械式時計」
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入社1年が経過した大橋洋介がおすすめするのは、セイコー「プロスペックス アルピニスト」とウルベルク「UR-150 スコーピオン」である。
セイコー「プロスペックス アルピニスト」
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自動巻き(Cal.6R35)。24石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約70時間。SSケース(直径39.5mm、厚さ13.2mm)。20気圧防水。9万7900円(税込み)。(問)セイコーウオッチお客様相談室 Tel.0120-061-012
アウトドア用の腕時計なら、デジタルウォッチの方が圧倒的に優位にあるんじゃないの? 転んだってOKな耐衝撃性を備えた上に、便利機能を多数搭載した腕時計が目白押しじゃんか、と思う向きもあるだろう。
趣のあるレトロな道具として、機械式腕時計をアウトドアギアのひとつに数えることもできるだろう。それこそオイルのランタンをキャンプで使うように、だ。
そのような趣味的な観点からではなく、より実用的な観点から考えてみることもできるだろう。まずは簡易方位計として使えるという点。時計を地面に対して水平にし、太陽の方角に向けた時針と、12時のインデックスの中間が南を指す、というものだ。「南」さえ分かれば、Ref.SBDC091に搭載された内転リングを使うことによって、他の方位も分かりやすくなる。
次に、蓄光塗料のおかげで、暗闇でもバックライトを点けずに時刻を知ることができるという点だ。デジタルウォッチのバックライトは電池を消耗させてしまううえに、いちいちボタンを押して光らせるのが面倒だ。せっかく大自然の暗闇の中にいるというのに、バックライトが情緒を台無しにしてしまう。蓄光塗料の針とインデックスなら、文字盤を見るだけで時刻を知ることができ、そのほのかな光は大自然の雰囲気を壊すことはない。
以上はアナログ表示の腕時計ならば、クォーツ駆動のものでも当てはまる。ここで機械式ならではの利点を挙げよう。当たり前かもしれないが、電池不要という点だ。電池が突然切れて山奥で心細い思いをすることは、機械式ならばない。主ゼンマイさえ切れないように扱っていれば、遭難しても時刻と大体の方位は分かるのである。高度な機能が付いていても、電池が切れてしまったら使い道はないのだ。
こうして書き出してみると、アウトドアでも機械式時計は十分に実用的ではないか? 過酷な登山ならともかく、ハイキング程度ならば多数の機能は必要ではないはずだ。機械式腕時計で、アウトドアを楽しもう!
ウルベルク「UR-150 スコーピオン」
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自動巻き(Cal.UR-50.01)。38石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約43時間。Tiケース(縦52.31×横42.49mm、厚さ14.79mm)。5気圧防水。世界限定50個。1755万6000円(税込み)。(問)アワーグラス銀座店 Tel.03-5537-7888
マシーンによるポエトリー。機械式腕時計の世界には、歯車とゼンマイでどこまで表現できるのかに挑戦するという、極めて芸術的なブランドや個人が活躍している。MB&Fの超絶技巧なクロックしかり、ウブロのコンプリケーションモデルしかりである。ウルベルクも、機械を用いて詩作に挑戦するブランドのひとつだ。
機械の詩情と言えば、日本国内では稲垣足穂(いながき たるほ)の詩を思い浮かべる人が多いはずだ。だが、機械化の本場アメリカ合衆国では、1920年代ごろに歯車や工業地帯といった、よりインダストリアルな風景を捉えた芸術家がいたのだ。
彼らが注目した風景は、同じく機械に詩情を見いだしたヨーロッパの未来派の作品に比べると、ありのままの工業製品を取り上げようという、ぶしつけでマッチョな印象さえも覚えるのである。画家の名前を挙げるならばルイス・ロゾウィック、チャールズ・シーラーが挙げられるだろうか。『ライフ』誌のフォトグラファーとして名を馳せたマーガレット・バーク=ホワイトもそうだろう。
そんな機械の詩情と、ウルベルクの腕時計はどこでリンクをするのだろうか。今回名前を挙げた「UR-150 スコーピオン」は、ウルベルクの中でも優美で洗練された流線型のケースを備えたモデルであり、無骨な機械からはやや遠い印象を与えるはずだ。
しかしである。このモデルに搭載されたサテライト機構は「剥き出しの機械」だ。レトログラード表示の分針は、60分に達すると、なんと100分の1秒の速さで帰零する。分針はサテライトアワー機構の一部のため、この機構そのものも豪快に回転するのだ。機械の詩情を感じられる腕時計なのである。ここまでダイナミックな動きを実現するのは、トルクの強い機械式ならではだ。