セイコー プレザージュから2024年に発表された、新しい「クラフツマンシップシリーズ」Ref.SARH001を、時計愛好家であり時計ライターでもある堀内俊が着用レビュー。今回堀内は、コスト・品質・独創性において、どの程度のレベルでバランスが取れているかという観点から、本モデルを見ていく。
Photographs & Text by Shun Horiuchi
[2025年4月9日公開記事]
セイコー プレザージュ「クラフツマンシップシリーズ」Ref.SARH001を着用レビュー
以前、セイコー プレザージュ「クラシックシリーズ」Ref.SARX121のインプレッションにおいて「全方位的に欠点が感じられない、万人にお勧めする優等生デイリーウォッチ」とタイトルに書いた。今回の記事も同じくセイコー プレザージュのうち、「クラフツマンシップシリーズ」の“漆ダイヤル”を備えた、GMTモデルだ。文字盤以外にクラシックシリーズと異なる点も多々あり、しっかりと使い込んだうえでのインプレッションをお届けしたい。
「クラフツマンシップシリーズ」初のGMT時計
セイコーのプレザージュは、日本の美意識を反映した洗練されたデザインを持つ外装と、高品質な機械式ムーブメントを兼ね備えたコレクションである。「日本の伝統工芸×機械式腕時計」という独自の魅力と、比較的手頃な価格帯でありながらも、高級感のある仕上がりを持つ。コレクションは数万円代のエントリーモデルから30万円程度の上級モデルまでの構成であり、すでに機械式時計を愛用している愛好家でも手を伸ばしたくなるモデルも多い。
セイコー プレザージュの中でも、クラフツマンシップシリーズは上位モデルに位置付けられ、文字盤に日本伝統の技法を用いたモデルがラインナップされる。この「日本伝統の技法」として代表的なものは琺瑯、七宝、さらに本インプレッションの対象となった漆モデルなどがあり、いずれも人気を博している。3針時計がコレクションの中で多くを占めるものの、本モデルのようなGMTやパワーリザーブ表示付きなどの付加機能モデルもラインアップされており、基本的にはビジネスシーンも含む日常使いを想定したコレクションと言えるだろう。
日本の伝統工芸に光を当て、機械式腕時計で日本の美を発信するセイコー プレザージュ クラフツマンシップシリーズ。同シリーズの漆文字盤を使ったモデルに初めて登場したGMT機能搭載モデルだ。自動巻き(Cal.6R54)。24石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約72時間。SSケース(直径40.2mm、厚さ12.4mm)。10気圧防水。24万3100円(税込み)。
本モデルのディテールはどうか
着用インプレッションの前に、この腕時計自体の詳細を見ていくこととする。本モデルのような、価格上限がある程度設定され、かつ相当程度量産される腕時計は、一定の利益確保を前提として、どこにコストをかけて特徴を出し、どう全体をバランスさせてパッケージとしてまとめたか、が見どころである。このような芸当は時計を作り慣れた、歴史ある大メーカーが得意とするところであり、新参がそう簡単には太刀打ちできない領域と感じている。品質、コスト、独創性などのまとめ方やバランスを吟味するのは、時計趣味のひとつの楽しみ方と言っても良いのではないか。以下、このような「バランス」という観点で、本モデルを見ていくこととしたい。
文字盤や針をつぶさに見る
さてそれではまず第一に、最も特徴的であり、おそらく大きくコストをかけているであろう文字盤から見ていこう。「吸い込まれるように艶やかな漆ダイヤル」とメーカーは謳っており、実際その通りの出来栄えだと思う。「何十回も塗っては研ぐ作業を繰り返すことで、漆独特の艶やかで奥行きのある表情を生み出した」とも言う通り、とても“てろっ”とした仕上がりで艶やかであり、デイトウィンドウ周りと針の中心軸周りに確認できる滑らかなエクボが、光の反射でよく分かる。決して“完全なる平面”を狙ったものではなく、滑らかで艶やかな、その表情を楽しむものなのだ。よって工業製品のようなかっちりとした均質感ではなく、手仕事感を楽しむ文字盤と言えるだろう。
特に筆者が感嘆したのはインデックスだ。グランドセイコーのようなキラキラのインデックスを仮に取り付けたとすると、おそらく漆仕上げは絶対的な面の精度が出ないため、インデックス表面の平面度がそろわず(何を言っているのか分かるだろうか。光の反射によって、12個のインデックス上面が同じ平面を構成しているか、それとも個別のインデックスの上面がそろっていないことが分かってしまうか、ということ)、チープな感じを受けてしまう可能性があると思ったのだ。その点、このインデックスは絶妙にツヤを抑えた白の塗りで仕上げてあり、しかもインデックス上面は微妙にアールがついており平面を構成していない。すなわち、インデックス上面の平面がたとえそろっていなくとも、それはほとんど誰にも分からない、ということである。漆黒の文字盤上の細く白いインデックスは、同じく白い時分針とともに浮き上がって見えるような効果がある。
秒針・GMT針の色と合わせた文字盤外周のセコンドトラックや、24時間表示のアラビア数字も極めて繊細であり、同じく金色の「PRESAGE AUTOMATIC 3DAYS GMT」の印字もクリアで美しい。なお個人的にこのフォントは、グランドセイコーに使われている「HI-BEAT」などのフォントよりも好印象である。
金色の秒針は極めて細くて優美であり、クラフツマンシップシリーズ共通の三日月状のカウンターウェイトを持つ。GMT針は細長いスペードで、ブラスト処理のような仕上げであえてツヤを落としてあり、白く塗られた時分針からの読み取りを邪魔しない。3針のクラフツマンシップモデルでは時分針はともにリーフ型だが、このGMT針・時針双方をスペードとしている。バランスはとても良く、漆の黒文字盤上に白色・金色で役割をきっちりと分けてあり、白黒金という色の使い方がとてもうまい。
GMT針は24時間で一周するので、第2時間帯も直感的に昼夜の区別がつく。24時間で一周する針というのは個人的にも気に入っており、通常の時針をあえてなくし24時間表記の時計もバリエーションとして作れるだろう。ややミリタリーっぽいアラビア数字デザインの企画も可能と思うが、いかがだろうか?
デザインの妙と手仕事感が伝わる文字盤、ここにコストをかけてきたことは明らかであり、成功していると思う。
気になる点を「意地悪なショット」とともに
ここまではほとんどべた褒めで書き続けてきたが、コストキャップのしわ寄せは正直ケースに出ていると感じられた。このケースは、ラグまで一体でプレスによって抜いていると思われ、本モデルで唯一仕上げが甘いと感じられたのが、ラグの外側である。よく磨かれてはいるものの、プレス時の縦傷が完全には取り切られずにいる。ただし、写真に撮ろうと思ってもなかなか伝わらないレベルの縦傷なので、気にならなければそれで良い。なお、その反対側にあるラグの内側はこのプレス痕がほぼそのままであるが、ここまで手を入れると相当程度価格に跳ね返ってしまうだろう。逆に言えば、ケースで気になったのはこのラグの仕上げのみであり、別部品で構成されたベゼルも含めて秀逸な出来である。ラグ上面は綺麗にサテンが入れられている分、サイドの仕上げが余計に惜しく感じられる。
ケースそのものはシリンダーではなくアールのついた形状でよく磨かれている。この形状についても歪みなどは確認されず、本モデルの価格帯のクォリティとしては必要十分と感じられる。ベゼルは歪みなく仕上げられた別部品で、横から見た時のデザイン上のアクセントになっており、かつ上面から見た時は細めで知的に見える効果を生み出している。
風防の思わぬ効果

リュウズは「S」マークがついたセイコー プレザージュの定番品であり、以前インプレションしたクラシックシリーズは「S」がエンボスであったが、本モデルでは彫り込んであり仕上げが異なる。伝統工芸文字盤を使用したクラフツマンシップシリーズのリュウズは、この彫り込みが統一仕様とのことである。
風防はフラットではなく微妙にドーム形状で、実はこの効果は大きい。本モデルはGMT機能が付加されているため針がセンターに4本備わることとなり、3針時計と比べると、時計そのものが厚くなる。4本の針ともなると、この価格帯の製品では、さすがに針間を詰め詰めにすることもかなわず、斜で見るとそれなりに隙間が分かってしまうのだが、ここでわずかにドームにしたデュアルカーブサファイアガラスを用いることにより、結果的に、斜で見てもその隙間が目立たないという効果があるのだ。なお時針、分針のハカマは意図的に太くされており、針間の隙間を目立たせないような設計となっている。
ケースバック側からのディテール
ケースバックはシースルーで、ゴールドのストライプ仕上げがなされたローターを備えるムーブメントCal.6R54が拝める。以前インプレッションしたクラシックシリーズよりもガラス部分の直径が小さく、第一印象では小さなムーブメントが入っているようにも感じた。クラシックシリーズでは逆に、機械が意外と大きいような印象であったため、人間の感じ方は単純である。このような“錯覚”を意識して、機械とケースサイズのマッチングなどを自然に見せられるようなデザインを行っていくというのは、探究のしがいがあるのではないか。
黒いカーフのストラップはLWG(レザーワーキンググループ)の認証を取得しているタンナーで生産されたレザーを使用しており、手首の太い人も対応可能(最長19.5cm)な、比較的ロングサイズのものが付属している。腕時計そのものがドレス系のウォッチとしてはやや大きめの、直径40.2mm、厚さ12.4mmというサイズであるため、ストラップもそれなりの厚さのものが与えられており、バランスは良い。
バックルはワンプッシュ三ツ折れ式である。このバックルの長さやアールの付け方は各メーカー、あるいは各モデルでさまざまであり、セイコーの本モデルはアールが12時側に向けてキツくなっていくタイプである。筆者のようにわずか15cmの細腕にはあまりフィット感が良いとは言えないが、6時側のストラップをより短いものに付け替えるなどすればおそらく問題ないだろう。バックルのサイドは鏡面、上面は「SEIKO」のロゴが彫り込まれたサテン仕上げであり、この価格帯としては十分な仕上げと感じる。着脱はワンタッチで使いやすい。
本モデルは「高次元でのバランス」を実現しているのか?
価格上限キャップがある腕時計として、冒頭に提起した“バランス”はどうか? 目に飛び込んでくる滑らかな漆文字盤や印字にはそれなりのコストをかけ、針やデザインも秀逸で繊細なパーツを使っている。一方でムーブメントは汎用のCal.6R54だ。しかし目立つローターにはストライプ仕上げを施し、プレス主体のケースも磨かれている。ストラップやバックルの品質も水準以上であり、トータルで見たバランスは“良いところをしっかりと見せ、もちろん破綻もしていない絶妙な匙加減”と言えるだろう。このつくりで24万3100円(税込み)という販売価格はやはり高コストパフォーマンスである。
筆者が感じた唯一の指摘ポイントはラグのサイドの仕上げただ一点であり、もう若干のコストをかけて修正すれば、比類なくバランスの取れた腕時計になったと思われる。もちろん気になるようであればアフターで修時計修理店に依頼し仕上げ直してもらうという手もある。簡単にできるストラップやバックルの交換よりもハードルが上がるものの、時計そのものに手を入れることだってアリだ。時計趣味はそうやって広がっていくのであろう。
日常使いでの着用インプレッションはどうか?
本モデルはやや大きめのドレスウォッチであり、仕事に使う人も多いだろう。精度は当初5日間の連続使用でわずかにプラス10秒、その後10日間でプラス30秒(累積)であった。当初の5日間は平均すれば+2秒/日、その後5日間は+4秒/日と優秀である。ラインオフしたばかりの腕時計やしばらく使われていない腕時計は、経験上1週間程度すると、使い始め当初よりもやや進み方向で安定することが多く、本個体もこなれた状態で+3〜4秒/日とカタログ値をはるかに凌ぐ精度をキープしている。文字盤を一瞥するだけでも時刻は見やすく、またGMT針や秒針も意識すれば目に入るという絶妙なカラー・デザインのバランスだ。
ただし筆者は細腕ゆえ、一点問題があった。それは、ストラップやバックルがそれなりに分厚く、適切な長さに調節して装着したところ、時計全体の外周が実測20.8cm程度となり、普段着ているドレスシャツの左腕のカフ回り(20.5cm)に収まらないのである。すなわち、カフに余裕のある既成シャツあるいはカジュアルな装いしか使えないというストレスがあったのは事実だ。
この点は普段ドレスシャツを着ないユーザーにとっては全く問題がない。しかし仕事でも使いやすいデザインや機能を持つ腕時計としては、標準状態での使用環境を一部スポイルしている可能性がある。筆者がこの時計を購入したならば、すぐにピンバックルのショートストラップに交換するだろう。ちなみに20年愛用している典型的なドレスウォッチ(「Hentschel H1」)を、着用状態でその外周を測ったところ、約19.0cmであった。この差はわずか1.8cmではあるが、装着しているとかなり感覚は異なるものだ。
ストラップやバックルはいくらでも交換が可能なので、そのまま使えるユーザーはそのままで良いし、自分好みに変えていくというのも時計趣味の一環であろう。
なお、GMT機能はとても使いやすく、リュウズ1段引きの状態で時計回りに進めるとGMT針が1時間ごとに進み、反時計回りに回すと日付が進む。実に分かりやすいオペレーションである。GMT針を進めながら、この時計は悪目立ちすることもないセイコーだし、日本人が海外渡航するのにうってつけの時計だと思った。GMT針は進み方向のみのオペレーションではあるが日付とは連動していないので、カレンダー禁止操作時間帯など、気兼ねなく操作できるのも良い。それに、おそらく壊れにくいだろう。
買えるうちに買っておくべき1本
セイコー プレザージュ「クラシックシリーズ」Ref.SARX121をインプレッションした。
デザインも機能も秀逸で、日本の伝統工芸である漆塗りの技法が使われたGMTウォッチが24万3100円(税込み)という価格で手に入るのは素晴らしく、まさにセイコーの真の実力が結実した腕時計と言える。
限定生産でないため、購入まで迷うリードタイムもあるだろう。ただし、かつてあった、スプリングドライブムーブメントを搭載した、琺瑯文字盤のセイコー プレザージュが早々にカタログ落ちしたことなども思い返せば、時計は買えるうちに買っておくことが大切なのではないだろうか?
堀内俊プロフィール
1968年生まれ。時計愛好家歴は30年におよび、ジャガー・ルクルトを中心としたスイス製時計からセイコーなどの国産メーカー、あるいは国内の独立系マイクロブランドまで幅広く所有しつつ、時計への知見を深めてきた。2021年から時計ライター業をスタート。なお、独自研究のもと、ジャガー・ルクルト「マスター」の系譜を含む、コレクション全体を解説した超長文の記事を執筆しており、発表の機会が待たれる。クルマでの競技参戦やコーヒー自家焙煎、レコメン系の音楽観賞など、時計以外の趣味も多数持つ。
ブログ:トキノタワゴトblog
note:Reverso_suki