LVMHグループに参画後、ジュエリービジネスの立て直しに成功しつつあるティファニー。続いて同社は、ウォッチビジネスにも再参入を果たした。満を持して戻ってきたティファニーの姿勢は明確だ。ジュエラーとヘリテージへの回帰である。その巧みなさじ加減は圧巻だ。
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2025年5月号掲載記事]
ジュエラーとヘリテージへの回帰

ティファニーのアイコンであるジュエリーにインスピレーションを得たハイジュエリーウォッチ。立体感を強調すべく、宝石の上に止まる鳥は、飛び立つ鳥に進化。立体感を出すために厚みの異なる16枚のターコイズを使って雲を表現した。ティファニー会心の傑作。手巻き(Cal.AFT24T01)。2万1600振動/時。パワーリザーブ約50時間。18KWGケース(直径39mm、厚さ11mm)。3気圧防水。世界限定25本。要価格問い合わせ。
LVMHウォッチウィークの大きな目玉は、間違いなくティファニーである。同社はこの見本市から距離を置いていたが、本年、満を持して参加。驚くべき新作をリリースした。多くの時計好きが知るように、かつてティファニーはジュネーブの自社製工房で、際立った高級時計を製作していた。後に同社は、この工房をパテックフィリップに売却し、関係を一層深めることとなる。現在、同社の時計部門が目指すのは、この原点つまりは超高級時計製造への回帰だ。

その象徴が、宝飾時計の「ジャン・シュランバージェ バイ ティファニー」だろう。これはデサイナーのジャン・シュランバージェがデザインした有名なブローチ「バード オン ア ロック」からインスピレーションを得たもの。4つのモデルはいずれも豪奢なジュエリーウォッチだが、ひときわ目を引くのが、フライングトゥールビヨン搭載機だ。鳥とジュエリーを強調したその構成は、ジュエラーであるティファニーらしいものだ。

ジュエラーならではの新作。36mmの18KWG製ケースとブレスレットには、合計1318個のラウンド ブリリアントカット ダイヤモンドが、そして鳥が止まっている文字盤の外周には30個のアクアマリンがインビジブルセッティングされる。ムーブメントにはクォーツ式を採用。ケースに設けられたボタンで時間を調整する。クォーツ。18KWGケース(直径36mm)。限定生産。要価格問い合わせ。

上のモデルの素材違いと思いきや、まったくの別物。ケースの直径は39mmに拡大されたほか、ムーブメントにはLTM製の自動巻きを採用する。文字盤で目を引くのは、バゲットカットされた36個のツァボライト。文字盤とケースにはダイヤモンドがスノーセッティングされる。自動巻き(Cal.LTM 2100)。2万5200振動/時。パワーリザーブ約38時間。18KWGケース(直径39mm)。限定生産。要価格問い合わせ。
いっそう歴史を感じさせるのが、同社が19世紀末から20世紀初頭に製作していた「ウィステリア ランプ(藤のランプ)」をモチーフとした「ティファニー エタニティ」だ。プリカジュールエナメル(!)の文字盤にあしらわれた12個のダイヤモンドは1960年代の婚約指輪の広告から着想を得たもの。さまざまなディテールに古典からの引用を盛り込む手腕は、クラシカルになったロゴでも明らかだ。
今回披露されたのは女性用のハイエンドピースのみ。しかし、これほどの完成度をいきなり見せつけたティファニーであれば、男性用にも魅力的な新作を加えることは間違いない。

個人的に引かれたのが、ハイジュエリーウォッチの「カラット 128」だ。著名なティファニーダイヤモンドのカラット数にちなんだコレクションのハイライトが、風防にアクアマリン(!)を採用した本作だ。原石は34.52ct。それをザ ティファニー ダイヤモンドを模したフォルムにカットしている。ブレスレットには251石、合計28ct超のダイヤモンドを使用する。クォーツ。限定生産。要価格問い合わせ。

数多くの傑作を生み出したティファニーランプ。その模様からインスピレーションを受けたのが本作だ。文字盤にはガラスではなく、プリカジュールエナメルで藤の模様を施しただけでなく、かつての婚約指輪を模した12個のダイヤモンドが文字盤にセットされる。自動巻き(Cal.LTM 2100)。2万5200振動/時。パワーリザーブ約38時間。18KWGケース(直径38mm)。限定生産。要価格問い合わせ。

ツァボライトの素材違い。ジャン・シュランバージェが1959年にデザインした「16ストーン」のクロスステッチ模様を文字盤の外周にあしらっている。この部品は着用者の動きに合わせて回転する。「24ストーン」の名前のゆえんは、文字盤外周に24個のダイヤモンドをあしらったため。自動巻き(Cal.LTM 2100)。2万5200振動/時。パワーリザーブ約38時間。18KWGケース(直径39mm)。限定生産。要価格問い合わせ。
ティファニー、ウォッチメイキングの新章へ
アンソニー・ルドリュ × ニコラ・ボー
LVMHグループの傘下で、再びウォッチメイキングの世界に乗り出したティファニー。2025年のLVMHウォッチウィークでは、少ないながらも、目を引くような新作を披露した。なぜ方針は大きく変わったのか、社長 兼 CEOのアンソニー・ルドリュと、ティファニー オルロジュリー ヴァイス プレジデントのニコラ・ボーに話を聞いた。

ティファニー社長 兼 CEO。SKEMAビジネススクールで修士号を取得後、カルティエでは北米リテール部門ヴァイスプレジデントを務め、ルイ・ヴィトンではアメリカ社長 兼CEO、さらにグローバルコマーシャル部門の上級副社長として活躍。2021年から現職。ティファニーにヘリテージという打ち出しを与え、成長軌道に乗せつつある。
「ティファニーには1847年から続く時計製造の歴史があります。今回のイベントでは、アーカイブから選りすぐった20本の歴史的タイムピースを展示しました。中でも、1874年にジュネーブの自社工房で製作された2本や、1912年に、無線を聞きつけてタイタニック号の乗客を救った船長へ贈られた懐中時計は、その象徴です」とアンソニー・ルドリュは語る。なぜ今、あえて競争の激しい時計市場に再参入するのか?
その問いにルドリュは「ウォッチ市場には、まだまだ大きな成長の可能性があります。ティファニーならではの職人技と創造性を生かしたい」と意気込みを見せる。その手法のひとつが、アーカイブの転用とジュエリーとの融合だ。

ティファニー オルロジュリー ヴァイス プレジデント。フランスのISGを卒業後、カルティエ、ボーム&メルシエを経て、シャネルに入社。ジュエリーと時計部門の責任者として、事業を大きく拡大させた。事業開発のグローバル統括責任者を務めた後、2021年にティファニーに入社。
「私たちが手掛ける時計は、精緻なウォッチメイキングとジュエリーの芸術性を融合させたものです。その象徴がジャン・シュランバージェの『バード オン ア ロック』。ブローチやリングとして知られるデザインを、タイムピースへと昇華させました」とルドリュは話す。確かに、ジュエリーで成功を収めた手法は時計でも成功を収めそうだ。では、かつては大きな存在感を示していた日本の時計市場を、今後どうテコ入れしていくのか?
「日本は私たちにとって重要な市場であり、長い歴史と深い関係があります。今回、アーカイブからインスパイアされた新作を通じて、ウォッチメイキングの伝統を日本の皆さんに改めてお伝えし、信頼を再構築していきたい」とルドリュは語る。そんな再始動の象徴となるのが、LVMHウォッチウィークで発表されたハイジュエリーウォッチだ。ニコラ・ボーはこう解説する。
「ジャン・シュランバージェのデザインを現代的なウォッチへと再解釈しました。例えば、『バード オン ア ロック』ツァボライトは、直径39mmのケースに自動巻きムーブメントを搭載し、5カラットを超えるツァボライトを用いたモデル。55時間を超えるクラフツマンシップが詰まっています」。さらに「アクアマリンモデルは、フルダイヤモンドのブレスレットとダイアルのスノーセッティングを備え、200時間以上の製作時間を要しています」と続ける。メンズウォッチも期待できそうだ。
「ティファニーの時計は、性別にとらわれない、幅広い顧客に響くデザインを目指しています。しかし、伝統的なメンズウォッチにも力を入れており、『アトラス』や『ユニオン スクエア』は引き続き展開し、さらにラインナップを拡充します」とボーは語る。
ジュエラーとして培った歴史とクラフツマンシップを武器に、再びウォッチメイキングの世界に乗り出したティファニー。同社の方向性は、ルドリュのコメントが示す通りだ。「私たちが生み出す時計は、単なるタイムピースではなく、未来へと受け継がれるアイコンなのです」。
再参入どころか、アイコンであることを謳い上げたティファニー。その歩みには大いに期待しようではないか。