2024年9月中旬、ショパールはL.U.Cの新作お披露目を、フランスのシャトー・モネスティエで開催した。早い時期に、ショイフレ家の持つワイナリーで新作を見せたのには、明快な理由があった。つまりは「ワインも時計も、良いものを作るのには時間がかかる」である。
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
加瀬友重:編集
Edited by Tomoshige Kase
[クロノス日本版 2025年5月号掲載記事]
ショパール「L.U.C」新作お披露目レポート
2024年6月、筆者のもとにショパールからインビテーションが届いた。「9月に新作を発表するのでフランスに来られたし。場所はフランスのシャトー・モネスティエ・ラ・トゥール」。時計の発表をワイナリーで行うのは決して珍しくない。しかし、ことショパールにおいてそのメッセージは極めて明確である。「ワインと時計は時間が経つほど良くなる」だ。
ショパールの共同社長であるカール-フリードリッヒ・ショイフレ氏の趣味は、時計、車、そしてワインである。そのショイフレ家は、2012年にシャトー・モネスティエを買収。土壌改善やビオディナミ農法の採用などで、ワインの質を年々(というより劇的に)向上させてきた。お酒にはまったく無知な筆者でさえも、最近のモネスティエは大変良いと感じるほどだから、よほど力を入れたに違いない。ショイフレ氏自身もそれを誇りに思っているのか、ショパールが開催するディナーでは、名だたるシャトーのワインとともに、モネスティエも振る舞われるようになった。
事前に届いたプログラムには、シャトーの訪問だけでなく、クラシックカーの体験がある旨記されていた。であれば新作は「ミッレ ミリア」と誰もが思うだろう。しかし、モネスティエで紹介されるのはL.U.Cコレクション、しかも2025年の1月に発表するモデルとのことだった。
「時は何をなしえたのか」と語り始めたショイフレ氏は、続いてL.U.Cの長い歩みを説明した。「独立性と正統性を保つため、私たちは自社製ムーブメントのプロジェクトを始めました。1992年から93年にかけてです。後悔はありませんでしたよ。ちなみに最初に工房に入れた家具は、フィリップ・デュフォーと一緒に車でイケアに出掛けて、そこで買いました」。理想主義者であるショイフレ氏は、新しい自社製ムーブメントはマイクロローターであるべきこと、そして外部の認証が重要であることをいち早く決めた。しかし彼が漏らしたように、その歩みは決して平坦ではなかった。
「私たちには経験がなかったのです。しばしば挫折しましたよ。でもね、ワインの収穫には4年や5年はかかるのです」。ちなみにモネスティエを買収したショイフレ氏は、土壌を作り替え、ブドウの木を植え替え、慣行農法からビオディナミ農法に変えるという息の長い取り組みで、ワインの質を改善した。L.U.Cの歩みをこのワイナリーで説明した理由とは、つまるところ、時計にも同じ努力を傾けた、ということだろう。
クラシックカーを運転して、シャトー周辺を回るというユニークなアクティビティも、やはりL.U.Cの今を代弁するものだった。MGAやジャガー(そのひとつは完璧なオリジナルだ)、モーガンやサンダーバードといったクラシックカーが示すのは、L.U.Cも、こういったヴィンテージに肩を並べるという主張ではないか。その後の演奏会も同様だろう。会場となったのはシャトーの向かいにある教会、パロワス・サン・マルタン・デ・ヴィーニュ。そこでショイフレ氏の知己であり、世界最高のチェリストと言われるゴーティエ・カピュソンが演奏するのだから、いくらショパールが一流好みとはいえ、新作の発表会らしからぬ豪華さだ。これも、今のL.U.Cを暗示するものではないか。
世界中から集ったジャーナリストに披露されたのは、いくつかの限定品と、「L.U.C ルナ ワン」および「L.U.C フライング T ツイン パーペチュアル」の2作である。前者は既存モデルの外装違い、そして後者はフライングトゥールビヨンに永久カレンダーを合わせた純然たる新作である。これらのモデルで見るべきは、統一された外装のコードだ。よりスリムになったケースと、新しく傘下に収めたメタレム製のギヨシェ文字盤を加えることで、長年、デザインが一貫していなかった(というよりも試行錯誤を続けた)L.U.Cは、ついに統一された見た目を持つようになったのである。
2005年に発表された永久カレンダーモデルの最新作。12年のモデルチェンジでケースは拡大されマッシブな造形となったが、今回は一転して控えめな造形となった。ショパールの成熟を反映してディテールはいっそう繊細に、そして立体感も増した。文字盤にはメタレム製のギヨシェ文字盤を採用する。自動巻き(Cal.L.U.C 96.13-L)。32石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約65時間。(右)18KエシカルRGケース、(左)18KエシカルWGケース(ともに直径40.50mm、厚さ11.63mm)。30m防水。各1294万7000円(税込み)。
その手の入れ方は、今のショパールらしく入念だ。ケースサイズは小さくなり、裏蓋側に向けてケースは大きく絞られたほか、今のL.U.Cに共通した縦の筋目が与えられた。仕上げの変更により、ラグは一体成形から溶接に変更され、ラグの付け根にまで繊細な筋目が施されるようになった。そしてデザインの見直しに伴い、風防はドーム状に改められたほか、リュウズもテーパーがかけられた。一見1997年のL.U.Cを思わせるデザインとなったが、造形がいっそう立体的に、というのが大きな違いだ。
文字盤の表現も新しい。文字盤メーカーのメタレムに資本参加していたショパールは、近年同社を完全な子会社とした。その結果、ショパールの各コレクションは、今までにはない文字盤表現を得られるようになったのである。ふたつの新作も例外ではない。「ルナ ワン」の文字盤はムーンフェイズから、「フライング T ツイン パーペチュアル」のそれはトゥールビヨンのキャリッジから、放射状のギヨシェ模様が施された。

フライングトゥールビヨン搭載のT ツインに、ルナ ワンから転用した永久カレンダーを重ねた新作。ラージデイトを含むすべてのカレンダー表示は瞬時送りされるほか、複数の安全機構が加わる。また新しいルナ ワンに同じく、インターチェンジャブルストラップが採用された。自動巻き(Cal.L.U.C 96.36-L)。25石。2万5200振動/時。パワーリザーブ約65時間。18KエシカルYGケース(直径40.50mm、厚さ11.63mm)。30m防水。2776万4000円(税込み)。
ショパールは1997年の「L.U.C 1860」からギヨシェを採用してきたが、その多くは古典的な模様だった。今回はケースの仕上げと同様にモダンな表現に寄せたが、決して奇異には見えない。モネスティエのワイン同様、ショパールの熟成がもたらした、豊かな実りではないか。
新作が披露されたのち、シャトー・モネスティエ内のレストランでは、豪奢なディナーが開催された。美酒佳肴が並べられたテーブルでひときわ目立ったのは、もちろんモネスティエのワインである。正直その味は、筆者が味わったどのモネスティエよりも優れたものだった。
食事を終えたあと、酔いを覚ますため外に出ると、頭上には満月が昇っていた。聞けば、2024年9月17日の夜から18日の朝は、いわゆるハーベストムーンであり、シャトー・モネスティエでは、この日にブドウを収穫し、ワインを造るとのこと。筆者はようやく理解できた。なぜ2025年の新作を、あえて9月の半ばにお披露目したのかと。ハーベストムーンに時計を並べたショイフレ氏のメッセージは明確だ。偉大なヴィンテージとなったL.U.Cは、今がまさに収穫の時なのである。
