グランドセイコーが映し出す「色の物語」とは? ラッキーな「1日の始まり」を再現する文字盤

FEATUREその他
2025.04.14

2024年は「光学多層構造」を活用したダイアルが、国内2ブランドから発売された。グランドセイコーとオリエントスターだ。これらのモデルはメディアで多く取り上げられ、時計愛好家ならばすでにどのような構造で作られているかはご存知だろう。よって今回は時計メディアで語られてきた光学多層膜についての技術的・物理的知見ではなく、筆者の専門である色の観点から、グランドセイコーのSBGC275のダイアル色が見せる変化と共に、このモデルに閉じ込められた「モルゲンロート」という幻想的な光のマジックを解説する。

グランドセイコー SBGC275

伊藤むつよ:文・写真
Photographs & Text by Mutsuyo Ito
[2025年4月14日公開記事]


光学多層コーテイングを簡単におさらいしよう

グランドセイコー SBGC275

 グランドセイコー「スポーツコレクション キャリバー9R 20周年記念限定モデル SBGC275」のダイアルには光学多層コーティングが施されている。この技術はほぼ透明な複数の薄膜を物体の表面に作ることで、光の性質を利用して「色」を出現させる処理のことだ。

 鳥類の羽や魚類の鱗など、角度によって見える色の変わる構造色を人工的に作り出す技術であり、塗装とは異なる着色技法である。鳥で例えてみよう。

カワセミ

Photograph by Kouki Doi

 鳥の羽根の表面には、ケラチンというタンパク質が作るナノメートル(nm)スケールの層が存在する。これに光が当たると一部の光は表面で反射し、残りは内部の層で反射する。この反射した光同士が干渉を起こす。

 干渉とは、複数の経路を通ったふたつ以上の光が重なり合った時に、特定の波長の光が強め合う一方で、他の波長の光は打ち消される現象だ。光の干渉が起こった結果、見る角度によって「色」が現れる構造色が生じる。この見る角度を設計次第で変えることができるのが工学多層コーティングである。

 この技術によって色表現の可能性はより広がった。仮に着色では安定させるのが難しい色も、この方法を用いれば安定して採用できるかもしれない。

グランドセイコー SBGC275

 その上、ダイアルの凹凸模様をトレースするように薄膜が形成されるため、従来の塗装技術では表現しきれなかった繊細なパターンを作りだすことが可能になった。


ダイアルには、どのような色が出現するのか?

 SBGC275のダイアルは公式では「薄紅」(うすくれない)色から徐々に「東雲」(しののめ)色に変化すると記載されている。所謂「色の和名」での表記であるため、色名を聞いて頭にパッと色が浮かばない方もいたかもしれない。そこで、ダイアルに出現する色を分かりやすく解説していこう。

色の変化

ダイアル色はこのように変化していく。

 ダイアル正面より少し上から光が当たる状態から光を正面〜下へ移動すると、ダイアル色は大まかに5段階で変化しているように見える。

①ダイアル正面より少し上から太陽光が当たった状態では、鮮やかな赤紫(マゼンタ)色が見える↓
グランドセイコー SBGC275

②ほぼ正面から太陽光が当たった状態。赤紫(マゼンタ)色から青みが少なくなり、赤に変化する↓
グランドセイコー SBGC275

③正面より少し下から光が当たると、黄みよりの赤になった↓
グランドセイコー SBGC275

④さらに傾けていくと、より黄みが増して橙色に近づく↓
グランドセイコー SBGC275

⑤最後は、一番黄色を感じる↓
グランドセイコー SBGC275


SBGC275に閉じ込められた「モルゲンロート」とは?

 上記のように多色に変化するダイアルには、自然界の幻想的な現象を再現している。山の頂や斜面が太陽光で赤やオレンジに染まる「モルゲンロート」現象だ。山言葉の為、初めて聞く方も多いだろう。簡単にではあるが説明していく。

幻想的な光のマジック「モルゲンロート」

 モルゲンロートとは、高山地帯で朝日が山々を赤く染める現象である。山言葉であり、ドイツ語で「朝焼け」を意味する。赤紫(マゼンタ)色、赤色、オレンジ色などの光が出現するのが特徴だ。

 山の高さ・大気の透明度・湿度などの条件がそろった時のみ、鮮やかに染まった山々を見ることができる。登山者や写真家にとっては特別な瞬間だという。

モルゲンロート

Photograph by Kumakichi


モルゲンロートと対にある「アーベントロート」

 モルゲンロートとは反対の時刻、夕暮れ時に出現するのがアーベントロートだ。こちらも山言葉であり、ドイツ語で「夕焼け」を意味する。

 モルゲンロートと同じく赤、オレンジ系に山肌が染まるが、赤紫(マゼンタ)色は出現しない。日没後の数十分間、赤みが空間に漂うように残ることもあるのも特徴だ。

アーベントロート

Photograph by Kumakichi


ダイアルの変化を動画で撮影してみた

 ここまでの解説をふまえて、この動画を見てほしい。初めにマゼンタ色が鮮やかに見え、その後赤、オレンジ、黄色と変化している。筆者の撮影では、赤紫(マゼンタ)色は強い太陽光ほど鮮やかに現れ、弱めの白色光だとなかなか確認できなかった。


色に隠された物語を知ると、心持ちも変わる⁈

 早朝1日が始まる、しかもさまざまな好条件が味方したときに、初めて目にすることができる「モルゲンロート」。忙しい毎日を過ごしていると、実際にはなかなか見に行く事はできないかもしれない。そんな時もSBGC275があれば、手元であなただけの「モルゲンロート」を映し出し、鮮やかな色たちが、時にあなたにパワーをくれるかもしれない。


筆者プロフィール

伊藤むつよ
時計とジュエリーに特化した異色のコンサルタント。催事会場・ブティックでのコンサルティングや色彩セミナー開催に加えて、販売接客講師も務める。
時計メーカーの現役色彩監修者。J-color認定講師・カラーコンサルタント・時計修理技能士2級・顔タイプ診断1級など多くの資格を保有。(株)parakeITO代表取締役。
HP:https://www.mutsuyo-ito-parakeito.com/


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