時計ジャーナリストの菅原茂氏が、タイメックスの2025年新作「マーリン ハンドワインド」を着用レビューする。1990年代から時計業界を取材し、自身でもさまざまな腕時計を所有してきた菅原氏は、特にヴィンテージウォッチを好んでいる。本作は、そんな氏が「何十年も昔を懐かしく思い出し」、「コレクションに加えてもいいかな」と感じる1本であった。
Photographs & Text by Shigeru Sugawara
[2025年4月XX日公開記事]
若い頃を思い出す。タイメックス「マーリン ハンドワインド」を着用レビュー
若い頃、古いタイメックスを持っていたことがある。ふだん使いに重宝したあのシンプルな時計はどこにいったのか? もう手元にないが、そんな何十年も昔を懐かしく思い出したのが、今回のレビューで試着した2025年の「マーリン ハンドワインド」だ。2017年の復刻がメディアや時計好きの間でちょっとした話題になった「マーリン」の最新バージョンである。

手巻き。20石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約XX時間。SSケース(直径34mm、厚さ10mm)。30m防水。4万1800円(税込み)。
公式ページに詳しく紹介されているように、この時計の背景や復刻のストーリーは、なかなか興味深いものがある。それによると、1990年代初頭、それまで140年近く続けてきた自社製機械式ムーブメント製造をやめたタイメックスが、およそ四半世紀を経た2017年に突如手巻きムーブメントを搭載した「マーリン」を発売、60年の時を経てタイメックス本社の企画として復活した……とある。
1950年代半ばに発表されたオリジナルの「マーリン」は、当時としては珍しく「防水・防塵・耐衝撃性」を備えた時計だったとも。この「防水・防塵・耐衝撃性」はミッドセンチュリーの腕時計の克服すべき弱点だった。筆者が所有する同時代のオルマのダイアルにもWATERPROOFやSHOCKABSORBERと書かれていることからもそれが分かる。
デザインは1960年代の初期モデルを忠実に再現しつつ、現代の手巻きムーブメントを搭載した2017年の復刻モデル「マーリン OG」は、シルバーカラーのダイアルに黒いリザード柄の型押しレザーストラップを組み合わせ、いかにもレトロなヴィンテージウォッチの味わい。続く2025年の新しい「マーリン ハンドワインド」は、サンレイ仕上げのダークブラウンダイアルと、これにトーンを合わせた型押しクロコのレザーストラップが特徴だ。先行する「マーリンOG」に比べると、洒落たドレスウォッチの雰囲気が漂う。ジェンダーレスな小径ウォッチの見本のようなその佇まいは、スタイリッシュでファッショナブル。褒め過ぎではなく、正直そんな印象を抱く。
菅原氏が気に入った点、気になった点
腕に着けた初日にまず驚いたことがある。34mmのステンレススティールのケースにドーム型アクリル風防をセットした時計本体の重量は約20g、ストラップを装着した状態でも30g(キッチン秤で実測)をわずかに超える程度で、腕に装着してしばらくすると存在を忘れるほど軽いのだ。ほんとうにムーブメントが入っているのかと疑うくらい軽量だが、リュウズを巻くと針が動き出したので、中身は間違いなく機械式。ただ、オリジナル形状を再現するリュウズは自分には少々小さく、巻き上げの感触もやや堅めだったことが気になった。
搭載ムーブメントについても公式ページに説明があった。1960年代にクロノグラフの名門ヴィーナスからCal.175の製造機械を文字通り引き継いだ中国・シーガル社の手巻きムーブメントとのことだ。シーガルはオリジナル機械式時計の大手として歴史も長く、品質に問題はないだろう。試着した3日間では、精度やパワーリザーブのパフォーマンスを気に掛けることはなかった。ちなみに現代の汎用機械式ムーブメントの中でも手巻きは少数派である。手頃な価格の手巻き腕時計となると当然ながら希少だ。10万円を切る価格帯では、ハミルトン「カーキ フィールド メカ」がかろうじて思い浮かぶくらい。「マーリン ハンドワインド」はもっと安価で、なんと4万1800円。手巻きかつドレッシーなヴィンテージルックのデザインという点でも、市場に類似品を見つけるのは難しい。日常的に着けて楽しめる手巻き時計としてのコストパフォーマンスはもう圧倒的と言うしかない。
視認性については周囲の状況による。サンレイ仕上げのダークブラウンダイアルと、シルバー仕上げのメタル針やインデックスとの相性は良好なのだが、光の当たり具合で針が際立ったり逆にダイアルに溶け込んだりするのはこの種の仕様によくあること。室内の照明ではだいたいよく見えるが、直射光を浴びることもある屋外では見え方に差がある。しかしそれも味のうちと心得るべし。時刻を確認することはともかく、時計を見ること自体が楽しいかどうかが大切だと、いつも自分はそう思っている。あとひとつ、ストラップ派の自分にとっては、ストラップの色と質感に加え、付け替えが簡単にできるアビエ式バネ棒が用いられている点も高評価のポイントだ。

ヴィンテージウォッチ好きも思う「コレクションに加えてもいいかな」
ヴィンテージウォッチ好きにとっては、手間を惜しまず年代物の手巻き腕時計を探し求めるのもそれなりに楽しいのだが、手頃な価格で購入でき、すぐに着けて楽しめるこの時計もまた魅力的だと気づいた。現在、ミッドセンチュリーの手巻きを何本か所有するが、これもコレクションに加えてもいいかなと思うのだった。
菅原茂のプロフィール

1954年生まれ。時計ジャーナリスト。1980年代にファッション誌やジュエリー専門誌でフランスやイタリアを取材。1990年代より時計に専念し、スイスで毎年開催されていた時計の見本市を25年以上にわたって取材。『クロノス日本版』などの時計専門誌や一般誌に多数の記事を執筆・発表。時計専門書の翻訳も手掛ける。