日本、そして世界を代表する著名なジャーナリストたちに、2025年に発表された時計からベスト5を選んでもらう。今回は時計ジャーナリストであり、webChronosで「役に立つ!? 時計業界雑談通信」を連載中の渋谷ヤスヒト氏が選出。約30年にわたって時計産業を取材してきた渋谷氏が今年の新作モデルに感じた、「市場の苦境を乗り越える製品のあり方」とともに紹介する。
パルミジャーニ・フルリエ「トリック カリテフルリエ パーペチュアルカレンダー」
1997年に時計フェア、SIHHに初参加したパルミジャーニ・フルリエは、伝説の時計修復士らしく“古典的な上品さ”漂うスタイルが持ち味。その洗練がグイド・テレーニ氏のセンスで、まさかここまで高められるとは! うれしい驚きの逸品だ。

手巻き(Cal.PF733)。29石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。Ptケース(直径40.6mm、厚さ10.9mm)。30m防水。世界限定50本。9万2000スイスフラン。
ヴァン クリーフ&アーペル「レディ アーペル バル デ ザムルー オートマタ ウォッチ」
時計の文字盤を、恋する男女の仕草の違いまで緻密に織り込んだ心憎い複雑機構と最高の宝飾技術で、パリを舞台にした若い恋人たちの美しく、素敵なドラマのステージにする。今年の最新章はダンスするという新展開!

自動巻き。パワーリザーブ約36時間。18KWGケース(直径38mm)。30m防水。2494万8000円(税込み)。
エルメス「アルソー タンシュスポンデュ」
ボタンをひと押しするだけで「止まらずに残酷に過ぎていく時から避難(suspend)できる」「客観的な時間を主観的な時間に一瞬で変えてしまう」。そんな、時の価値や意味を変えられる“魔法の時計”が、14年の時を超えて、まさかのうれしいリバイバル! 「エルメス カット」バージョンも素敵!

自動巻き(Cal.H1837)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約45時間。18KWGケース(直径42mm)。3気圧防水。予価663万800円(税込み)。2025年8月発売予定。
ロレックス「オイスター パーペチュアル ランドドゥエラー 40」
ロレックス初の毎秒10振動モデルは、ムーブメントの心臓部、「滑り」でなく「回転」で動力を伝え解放する「ダイナパルス エスケープメント」からセラミックス製の天真を筆頭に、文字盤のディテールに至るまで、伝統的でしかも革新的な機械式時計。高級時計の未来が結晶してます!

自動巻き(Cal.7135)。3万6000振動/時。パワーリザーブ約66時間。SS×18KWGケース(直径40mm)。100m防水。225万5000円(税込み)。
グランドセイコー「エボリューション9 コレクション スプリングドライブ U.F.A.」
1999年の第1号モデルからすでに26年。今も時計史に唯一無二の存在として輝き続ける革命的なハイブリッドムーブメント「スプリングドライブ」。その最新モデルはついに“年差精度”に! 今年、個人的に最も興味深い新作のひとつがこれなんです。

スプリングドライブ自動巻き(Cal.9RB2)。年差±20秒。34石。パワーリザーブ約72時間。ブライトチタンケース(直径37.0mm、厚さ11.4mm)。10気圧防水。151万8000円(税込み)。2025年6月6日(金)よりグランドセイコーブティックおよびグランドセイコーサロンで発売予定。
総評:個人的に絶賛の3本と、時計業界の未来を先取りした2本!
時計業界の景気が悪い時こそ、例年にはない秀作名作がそろう。また、時計ブランドは「周年」にいつも「本気」を見せてくれる。これは気が付くと30年あまり時計フェアをウォッチしてきた経験から知っている、間違いナシの「法則」だ。今年のW&WG 2025の新作も、まさにその法則、そのままの展開。時計業界では昨年夏頃から世界的な景気後退が続いていて、改善の兆しはない。そしてこんな時こそ……と予測していたら、その通りの展開になった。
最初の3本、パルミジャーニ・フルリエとヴァン クリーフ&アーペル、そしてエルメスは客観的にも、また取材の記憶もたっぷりで、個人的にも“文句なしの名作”。どこかで書きたいと思う。
そしてロレックス13年ぶりの“完全新作”と、グランドセイコーの“スプリングドライブ最新モデル”は、時計の未来を指し示しているという点で、やっぱりベスト5に入れないわけにはいかない2本。
もちろんこれら以外にも秀作は多い。デザインで引かれたのはカルティエの「タンク ア ギシェ」やヴァシュロン・コンスタンタンの「トラディショナル」270周年モデル。そしてタグ・ホイヤーの1980年代リバイバルモデル「フォーミュラー1 ソーラーグラフ」。圧倒的なプライスパフォーマンス(コストパフォーマンス)に魅了されたのがチューダーの「ペラゴス ウルトラ」と「モンブラン アイスシー ゼロ オキシジェン 38mm」。コンプリケーションもA.ランゲ&ゾーネやヴァシュロン・コンスタンタンのグランドコンプリケーション、ジャガー・ルクルトのミニッツリピーターと充実していた。
より良いものを誠実に作って、誠実な価格で販売すること。それは、古今東西を問わず、モノ作りにおける苦境の乗り越え方のひとつだと思う。トランプの自爆的な愚かな関税政策で、スイスの時計産業は最大の市場をしばらく失うことになるだろう。そして時計部品のサプライヤーの中には倒産するところも出るし、時計ブランドのいくつかは売却・整理され、最悪の場合、消えてしまう可能性もある。それでもスイスの時計産業は何とか乗り越えてくれるのではないか。今年の充実した新作は、そんなことを確信させてくれるものだった。
選者のプロフィール

渋谷ヤスヒト
モノ情報誌の編集者として1995年からジュネーブ&バーゼル取材を開始。編集者兼ライターとして駆け回り、気が付くと2019年がまさかの25回目。スマートウォッチはもちろん、時計以外のあらゆるモノやコトも企画・取材・編集・執筆中。