ロンジンの名作ダイバーズウォッチ「ロンジン ウルトラクロン」より、カーボンを素材に採用したRef.L2.839.4.52.2を着用レビューする機会を得た。同ブランド初となるカーボン製ケースを採用した本作は、アーカイブを現代的によみがえらせるにとどまらない、同ブランドにとって新たなるマイルストーンと呼ぶべき1本である。
Photographs & Text by Kento Nii
[2025年4月21日公開記事]
新素材でよりモダンに生まれ変わった「ウルトラ-クロン カーボン」
1832年に創業した、スイスの名門時計ブランドであるロンジン。創業以来、長きにわたって時計製造技術を磨いてきた本ブランドは、特に航空産業やスポーツ計時の分野でそのパイオニア精神を発揮し、発展に寄与してきた。そして、その歴史の中で打ち出されてきた数多くのタイムピースの中でも、ブランドの高振動ムーブメントを搭載した時計製造におけるマイルストーンに位置付けられているのが、「ウルトラ-クロン」である。
“高振動”と向き合ってきたロンジンは、1910年という早い段階から10分の1秒の精度を持つ計時装置を開発し、特許を取得している。その後、1916年にはスポーツ競技用の計時精度を1/100秒まで高めたという。この技術は後に腕時計にも応用され、1966年にロンジンによって商標登録された「ウルトラ-クロン」は翌年に発売されたRef.7951をはじめ、高振動ムーブメントを搭載したコレクションとして展開されていった。さらに翌1968年、そのダイバーズウォッチとして「ウルトラ-クロン ダイバー」が発表されたのだ。
そして2022年、このウルトラ-クロン ダイバーの復刻モデル、「ロンジン ウルトラ-クロン」が登場。続く2025年にリリースされたのが、本記事で取り上げる「ウルトラ-クロン カーボン」である。本作は、2022年登場のステンレススティールモデルと異なり、ブランド初となるカーボンをケース素材に採用。さらに、腕時計全体をフルブラック調に染めることで、新たな個性を獲得するに至っている。

自動巻き(Cal.L836.6)。25石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約52時間。Ti×カーボンケース(直径43mm、厚さ14mm)。30気圧防水。75万6800円(税込み)。
伝統的なデザインコードと最先端のマテリアル、そして高振動技術を結実させたウルトラ-クロン カーボンは、次なるロンジンのマイルストーンになり得るタイムピースと言えるだろう。
カーボンを使用した特徴的なクッション型ケース
本作における最大のトピックは、やはりカーボン素材を採用したケースである。この素材によって実現されたマットなブラック基調の外観は、1960年代のオリジナルモデルが持つレトロなクッション型ケースのデザインに、モダンかつストイックな印象を加えている。
さらに本作では、ベゼル、リュウズ、裏蓋の素材にチタンを採用することで、異素材同士の組み合わせが生み出すコントラストを演出しつつ、軽さや肌あたりの良さが追求されている。結果、本作では、直径43mm、厚さ14mmという存在感のあるサイズながら、カタログスペック上の総重量はわずか67.0gという軽さを実現している。ちなみに、同サイズのステンレススティール製モデルの重量は、108.1g(レザーストラップモデル)。これまでケース素材にカーボンを採用した腕時計をあまり触ってこなかった筆者としては、その軽やかさ、そして質感は非常に新鮮であった。
また、ケースサイドやラグに見られるカーボン素材特有の積層模様も、本作の魅力に数えられるだろう。これは製造過程で生まれるもので、ふたつとして同じ模様のものは存在しない。加えてこの積層模様は、チタンとブラックカラーのカーボン素材を組み合わせた、本作の暗いツートンカラーにも調和するものとなっている。
なお、裏蓋およびリュウズはねじ込み式となっており、防水性能は30気圧が確保されている。ダイバーズウォッチとしてのルーツを感じさせる、堅牢な作り込みが見られる仕上がりである。
優れた視認性とモダンな仕立てを持つフェイス
ダイアルも確認していこう。カラーリングは深みのあるアンスラサイトを採用し、ケースと調和するマットな質感に仕上げられている。立体感のあるアプライド式インデックスと、シンプルながら力強い造形のPVDグレーの針が載せられており、視認性になんら問題はない。また、両面に無反射コーティングが施されたサファイアクリスタル風防によって、太陽の下でもダイアルにそれらが埋没することがなく、確実な判読が可能であった。

ノンデイト仕様を採用し、時刻表示に特化したシンプルかつシンメトリーなレイアウトは、いかにもツールウォッチらしい。ベゼルは上述の通り、チタン製だ。固定式となっており、そのサイドはなめらかに仕上げられている。マットな質感のアルミ製インサートには、10秒ごとにアラビア数字のスケールが表記されており、ダイアルと同様にミニマルな印象である。

本作の顔を構成するこれらのデザインにおいて特筆すべきは、ステンレススティールモデルや、オリジナルで見られた要素が意図的に省略されている点だろう。回転ベゼル機構や1秒単位のダイビングスケール、さらにダイアルや針に見られたレッドのアクセントカラーが廃されたことで、モノトーンカラーの本作が持つミニマルな印象が、より強められているのである。
実際に1週間近く着用してみたが、スポーティーでありながら過度な装飾の無い、精悍なブラック基調のデザインを備えた本作は、ビジネスシーンのジャケットスタイルにも違和感なくなじませることができた。最新素材によるタフネスさ、そして多様なライフスタイルに応える汎用性は、従来のウルトラクロンとは一味違う、新たな魅力と言えるだろう。
大ぶりながら着用感は良好
チタンとカーボンを使用したケースは、前述の通り、わずか63.0gにまで重量が抑えられており、直径43mmという大ぶりなケースサイズを感じさせない軽快な装着感を実現している。デスクワークを始め、生活のあらゆる場面で本作を着用したが、長時間着けていてもストレスは感じにくかった。当然、そのタフネスが要求されるアクティブなシーンでも、この魅力が生きることだろう。
ストラップにはブラックのファブリックストラップが採用されており、柔軟で肌なじみは良好であった。ちなみに手首回りが16.5cmの筆者の場合、ストラップの最内側の穴に尾錠を通すのがジャストサイズであった。そのため、手首回りが16cmを下回る人が本作を着用する際は、追加で穴を開けるか、短寸のストラップに交換する必要があるかもしれない。

安定した高精度を生み出すCal.L836.6
ムーブメントには、2022年の復刻モデルから継続して自動巻きのCal.L836.6を搭載している。当然ながらオリジナルと同様の、毎時36000振動のハイビートである点がその最大の特徴だ。ハイビートムーブメントは外部からの衝撃や姿勢変化の影響を受けにくく、より安定した精度が維持される仕様である。
ヒゲゼンマイには、現代の高性能ムーブメントに不可欠となりつつある単結晶シリコンを採用。これにより磁気の影響をほとんど受けず、温度変化にも強いという特性を獲得している。また、パワーリザーブは約52時間と、高振動ムーブメントとしては十分な持続時間を確保しており、実用面での不安は感じにくいだろう。
さらにこのムーブメントを載せたウルトラ-クロン カーボンは、ジュネーブに位置する独立時計検定機関である「TIMELAB」によってクロノメーター認証を受けている。この認証では、ケーシングした状態で15日間にわたって行われる厳格な試験をクリアする必要があるため、本作の精度は折り紙付きと言えるだろう。
ロンジンの次なるマイルストーン
本記事ではロンジンで初めてカーボン素材を採用した、同ブランドの次なるマイルストーンと呼ぶべき「ウルトラ-クロン カーボン」を着用レビューした。
腕時計の世界において、カーボン素材の採用は比較的新しい潮流である。元々はF1マシンや航空宇宙分野でその軽量性と高剛性が注目された素材だが、2000年代以降、スポーツウォッチを中心に腕時計への応用が始まった。カーボン素材を採用する主なメリットとしては、圧倒的な軽さに加えて、高い強度、耐腐食性、耐熱性、そして金属アレルギーを起こしにくい点が挙げられる。一方で、加工の難しさやコストの高さから、長らく一部のハイエンドモデルに限られる傾向にあった。しかし近年では、技術の進歩とともにミドルレンジのブランドにも採用が見られるようになっている。
こうした背景を踏まえると、信頼性と価格のバランスに定評のあるロンジンがウルトラ-クロンにこの素材を採用したことは、ブランドにとって着実な進化の一環と言えるだろう。さらに豊富なアーカイブを生かし、過去の名作を現代によみがえらせたモデルを多彩にリリースしてきたロンジンならではの、ヘリテージに対する新たなアプローチを示すものとも捉えられる。単なる過去のデザインを再現するにとどまらず、現代的な素材と技術によってコレクションを再解釈する。本作は、そのようなロンジンの次なる姿勢を体現するタイムピースと言えるのではないだろうか。