「パテック フィリップの仕事とは、伝統と革新、節度と創造性のバランスを常に取り続けることです。そしてパテック フィリップ ブティック Tokyo Ginzaとは、その理想を体現した場所であり、私たちがどこまで進化してきたかを日本のお客様に示す場所なのです」。こう語るのは、パテック フィリップ社長のティエリー・スターンだ。
Photograph by Yu Mitamura
広田雅将(本誌):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2025年5月号掲載記事]
銀座のブティックは進化をお客様に示す場です

パテック フィリップ社長。1970年、スイス生まれ。ジュネーブで時計製作を学び、ドイツや米国で販売経験を積んだ後、外装メーカーのアトリエ・レユニで技術を修得し、パテック フィリップに入社。ベネルクス市場の責任者、新製品開発責任者を経て、2009年より社長に就任。外装品質の向上や女性用モデルを強化し、伝統を守りながらもブランドイメージを刷新した。新コレクションの「CUBITUS」は、彼自身によるプロジェクトである。
2025年に東京・銀座にグランドオープンした「パテック フィリップ ブティック Tokyo Ginza」は、シンガポールのリテーラー、ザ アワーグラスとのパートナーシップによって実現したものだ。同社にとって、これは東京における新たな旗艦店であるというだけでなく、世界でも稀有な規模とコンセプトを備えた店舗でもある。
「時計を売るだけの場所にはしたくありませんでした。お客様がスタッフと会話し、知識を深め、ブランドを体験する、そういう空間を作りたかったのです」。スターンはブティックの役割をこう定義する。実際、新しいブティックでは、従来のパテックフィリップ製品に加え、特別な展示や顧客向けのサービスも充実している。「スタッフは全員、時計の歴史やメカニズムに精通しています。ここでは知識の共有も重視しているのです」。しかし、なぜパテック フィリップは直営店を展開しないのか。
「私たちは直営店を持つつもりはありません。2〜3店舗ならさておき、複数の店舗を運営するのは困難だし、私たちを支えてくださったパートナーを蔑ろにしたくないのです。そもそも私たちは時計作りに注力したい」
この姿勢こそが、パテック フィリップが長年信頼を築いてきた理由だろう。

「重要なのは、パテック フィリップの本質から逸脱せずに、その間の絶妙なバランスを取ること」と語るティエリー・スターン。そのひとつの表れが、彼が直接指揮を執って完成させた「CUBITUS」だ。自動巻き(Cal.26-330 S C)。30石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約45時間。SSケース(10時-4時の直径45mm、リュウズを含む9時から3時の幅44.5mm、厚さ8.3mm)。3気圧防水。653万円(税込み)。
「日本は非常に重要な市場で、需要も年々高まっています。今回、銀座にブティックを開設したのは、その期待に応えるためでもありました。しかし、多くのブティックを開くつもりはありません。これは非常に選ばれた戦略の一環であり、銀座はそのために最適な場所でした」。店舗を限るという言葉が示すのは「私たちは成長よりもクォリティを優先する」という姿勢だ。
「現在の時計市場はやや落ち着きを見せていますが、それは一部ブランドが以前、生産しすぎた反動だと思いますね。パテックフィリップは常に慎重に数を絞り、地域ごとのバランスを保ってきました。日本からは増加要請が来ています。しかし、私たちは年間約7万本しか製造しません。すべての要望に応えられないのは承知のうえです。本当に大切なのは、少数であっても最高のものを作ること。これまでも、そしてこれからも、パテック フィリップはそうあるべきだと思っています」