『クロノス日本版』の精鋭?エディターたちが、話題の新作モデルを手に取り好き勝手に使い倒して論評するこの企画。今回登場するテスト機は、ユリス・ナルダンの「マリーン トルピユール」だ。
大航海時代に航海の船長が身につけていたポケットクロノメーターから着想を得た古典的な佇まいが美しい。
古典の実用機を模しているだけあって視認性は最高
ユリス・ナルダンといえば、19世紀における「海洋精密時計」(マリーン クロノメーター)の偉大な作り手という歴史がすぐに思い浮かぶ。マリーン クロノメーターとは、航海中に船上で使う大型クロックのことを指すことが多く、主な役割は海上における経度の計算などである。時計はジンバルの中に収められ、水平状態が保たれるようになっている。もちろん高精度は必須であり、そのほとんどが12時位置にパワーリザーブインジケーター、6時位置にスモールセコンドを備えていた。特徴的な木製のボックスに納められているので、写真などで見たことがある方も多いだろう。作り手はもちろんごくわずかな時計メーカーであり、ユリス・ナルダンはその最右翼であった。
そんなブランドがマリーン クロノメーターを模した腕時計を作るのは、歴史の正確な継承という意味で、非常に説得力がある。事実、ユリス・ナルダンのラインナップを見ると、「マリーン クロノメーター」ファミリーが形成されていて、数多くのモデルがラインナップしている。記憶に新しい今年のSIHHでは、戦略的な価格が評判を呼んだ付加機能搭載モデルの「マリーン トゥールビヨン」と「マリーン アニュアルカレンダー」が発表されている。
そんなユリス・ナルダンからつい先ごろ、〝隠し玉的〟な新作がリリースされた。「マリーン トルピユール」と名づけられたそのモデルが、今回のインプレッションアイテムである。ファミリーの一翼を担う既存の「マリーン クロノメーター」が直径45㎜であるのに比べ、こちらのマリーン トルビユールは直径42㎜。サイドの厚みも抑えられている。価格もSSであれば80万円という同社のエントリープライスに限りなく近い。より幅広く一般層にブランドを訴求するという意味で、とても力強い1本といえるのではないか。
古典的なマリーン クロノメーターを模しているだけあって、文字盤の視認性は最高である。清潔な白文字盤にはローマンインデックスがプリントされ、12時位置にはパワーリザーブインジケーター、6時位置には大型のセコンドダイアルと小さなデイト表示という構成。このモデルのために新しくデザインされた時分針、そしてサブダイアルの針は全て、ブルースチールである。幅が極端に狭いベゼルは、いうまでもなく文字盤の開口部を広くして、視認性を高めるため。ベゼルは全面にフルート装飾が施されていて、サイドビューからの立体感をより高める素晴らしいデザインアクセントだ。針と文字盤のクリアランスもよく詰められていて、分針の先端が〝曲げられている〟ような古典的雰囲気をうまく醸し出している。
自動巻き(Cal. UN-118)。約60時間のパワーリザーブ。SS(直径42㎜)。50m防水。80万円(税別)。
操作(といってもリュウズだけだが)をしていて嬉しかったのは、デイト表示の逆戻しが可能な点だ。デイト表示があまり好きでない方は、あの〝1日間違って進めてしまった〟時の刹那と、それに続く1カ月分の表示合わせにウンザリするものだが、ユリス・ナルダンは伝統的に永久カレンダーとアニュアルカレンダーでそれぞれデイト表示の逆戻しを実現しているだけあり、それを踏襲しているのはとてもポイントが高い。
ではそろそろ腕にのせてみよう。当初から気づいていたのだが、ケースの側面はコンケーブ状に成型されていて、とても立体感のある仕上がりだ。かつ、裏蓋と手首の接地面が少なくなるので、腕のせはとても快適。ホールディングバックルを適正な位置に合わせれば、直径42㎜あるとは思えないような装着感の良さに驚く。
搭載するのはユリス・ナルダン自社製のキャリバーUN-118 。同社がいち早く研究・開発をし、採用したことで知られるシリシウム製の脱進機を備える。ブリッジはサーキュラーグレイン仕上げ、側面はきっちりと面取りが施されている。バランスブリッジは両持ち。いうまでもなくフリースプラングだ。クロノメーターの名を冠する通り、COSC認定クロノメーターである。また、シリシウム製の脱進機は比較的多くのメーカーが採用しているものの、絶対数はまだ多くない。そんな事実からも、このムーブメントを搭載するマリーン トルピユールの、同じセグメントにおける他社製品との差別化に寄与している。
最後にトルピユールの名の由来に触れておこう。多くの探検家が航海に出た19世紀、船長だけが持つことを許されていたのが、マリーン クロノメーターと同様、高精度に作られた「トルピユール」と呼ばれたポケット クロノメーターだった。いにしえの高精度機にオマージュを捧げた「マリーン トルピユール」を身につければ、往時のキャプテンと、もしかすると同じ気分を味わえるかもしれない。(おわり)
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