「機械式時計にとって一番危ないのは、50Gから100G程度の微振動だ。このぐらいの周期のショックを受け続けると、ムーブメントのビスが緩んでしまう」。対してリシャール・ミルは、コラムホイールを固定するネジを抜けにくくするためピッチを変えたほか、誤作動を起こさないよう、スプリットセコンドレバーを押さえる規制バネも省いてしまった。これならばショックを受けても、両者が接触して運針を止めてしまう心配はない。
しかしリシャール・ミルだけあって、その設計は大胆だが決して乱暴ではない。バネなしでも動くよう、スプリットセコンドレバーの剛性を高め、また慣性を減らしたほか、コラムホイールとレバーの噛み合いまで変えたのである。しかしこれらの素材は従来に同じく鋼。「軽くするといっても、機構部品は強固な素材で作る必要がある」。
クロノグラフランナーとスプリットセコンドランナーの連結をカットするアイソレーターも進化した。軽量化のため、小型化されたほか、アイソレーターを動かすバネが弓状に変更されたのである。理論的には耐久性が下がってしまい、スプリットセコンドの挙動も不安定になるはずだが、「バネ力を強くして対応した」とのこと。軽くなった結果、耐衝撃性が改善されただけでなく、スプリットセコンド針の針飛びも抑えられたという。RM 50シリーズと銘打ってはいるが、レースシーンに特化した「03」の設計は、まるで別物なのである。
グラフTPT®製のケースもやはり特別である。開発を主導したオルル・ヴィヌミ曰く、リシャール・ミル本人から〝グラフェンを知っているか〟と訊ねられたのがきっかけだという。
「分からないなら、グラフェンを使っているマクラーレンのCEOに直接訊ねろとリシャール。すると、知りたかったらチームで働けと言われた」。ヴィヌミがコンタクトしたのは、マクラーレンと、同社がグラフェンを共同開発するマンチェスター大学だった。前者からは経験談を、後者からは素材特性を聞いて商品化に取り組んだ。
「カーボンTPT®という素材は、極めてパフォーマンスが高い。しかし繊維方向への引っ張り強度は高いが、積層、つまり上下方向への引っ張りにはやや弱い。そこにグラフェンの価値がある」。簡単に言うと、グラフェンとは、結合炭素原子のシートである。その薄さはわずか1ナノメートルと、原子4つ分の厚さしかない。にもかかわらず、熱伝導率と電気伝導率に優れるほか、鉄の200倍もの引っ張り強度を持つ。