凝縮されるブレゲのコンプリケーション
極めて精密な均時差表示を搭載した「マリーン エクアシオン マルシャント 5887」。
トゥールビヨンキャリッジと均時差カムを同軸に置くという離れ業が、腕時計用としては最大級の均時差カムを与えることを可能にした。
加えて、永久カレンダー機構を小型化することで、理論上の耐衝撃性を大きく高めている。
経度が分かれば時差が分かるということは、その逆もあるということだ。時差と経度の置き換えは簡単で、時差に経度の単位「15」を掛けるだけである。仮にグリニッジ天文台との時差が+10時間18分41秒ならば、今の位置は東経154度40分15秒となる。そして、その時差が正確になるほど、経度も正確に算出できる。簡単に言うと、マリンクロノメーターとはその時差を知る物差しであり、だからこそ正確さが求められたのである。
しかし、仮にマリンクロノメーターが正確になっても、グリニッジ天文台との時差が正しいとは限らない。というのも、時差を測る基準となる太陽は、正午に真南に昇るとは限らないからだ。
船が搭載するマリンクロノメーターは、基本的には常にグリニッジ標準時を示している。太陽が真南に昇ったタイミング(真太陽時)でマリンクロノメーターの時刻を確認すると、それがすなわちグリニッジ天文台との時差となり、そこに15をかけると、理論上は現在地の経度が分かる。しかし、地球の地軸は傾いており、地球と太陽との距離も1年を通して一定ではない。そのため、日によって真太陽時は変わってしまう。つまり、正確な経度を知るには、マリンクロノメーターを使って正確な時差を割り出すだけでなく、それを均時差で補正する必要があった。マリンクロノメーターが開発されたすぐ後の1766年に、真太陽時も記された『航海暦』が発行されるようになったことを考えれば、マリンクロノメーターと均時差表示は切っても切れない関係だったことが分かる。そして、マリンクロノメーターのスケッチに均時差表示機構を描き込んだブレゲは、おそらく航海暦なしでも使える、完全なマリンクロノメーターを作りたかったのだろう。