2024年、カシオ計算機からクラウドファンディングを経てリリースされた、サウナー専用腕時計「サ時計」。約2200台が9分で完売してしまった本作が、2025年、レギュラー化を果たした。これに歓喜したのは、温泉(ややサウナ好き)と時計を愛するオタク・広田雅将だ。ついにサ時計を手に入れた広田が、その実力をひもといていく。

世界で初めて、サウナ対応をうたった時計。また、全裸で着用することを前提とした、空前絶後の時計である。なお、耐熱仕様の電池であるBR1225Aの交換は、カシオで行うことが推奨されている。重量は25g。クォーツ(Cal.5726)。電池寿命約5年。樹脂ケース(縦40.2×横35.4mm、厚さ12.9mm)。5気圧防水。100℃までの耐熱性能(サウナで15分以内の使用の場合)。1万6500円(税込み)。
Photographs & Text by Masayuki Hirota(Chronos-Japan)
[2025年12月16日公開記事]
めちゃくちゃ長い前振り
時計業界での不文律に、温泉やサウナに時計を持ち込まない、がある。温泉の成分は時計の外装をたちまち傷めてしまうし、サウナならなおさらだ。機械式時計なら高温で油が流れてしまうし、クォーツ時計も、バッテリーが高温に耐えられない。というわけで、筆者のような物好きを除いて、温泉やサウナに時計を持ち込む人はいなかった。
しかし、である。2024年、カシオはサウナ専用腕時計として「サ時計」を開発し、クラウドファンディングで購入者を募った。筆者は是が非でも買おうと思っていたが、そのタイミングで謎の会議に巻き込まれ、納期だの予算だの進行だのを説明させられていたら、すべて完売していた。おいおい、モマイラは本当にサ時計が欲しかったのですか? そして本当にその時計を着けてサウナに行きたいのですか? 実はサ時計を手に入れたと言いたかっただけじゃないんですか? 2本お持ちの方は、1本広田に譲ると善行を施すことになると思うんですがいかがでしょうか? 誰か譲ってくれよ。
これは世界で初めてのサウナで使える時計なんだから、きっと需要は膨大だと筆者は思っていた。しかしカシオは、2000本ちょっとしか準備していなかった。筆者のような温泉好き(そしてちょっとはサウナ好きだ)兼時計好きでなければ、サウナ専用時計にそんな需要があるとは予想できなかったのかもしれない。後にカシオの関係者はこう漏らした「サ時計、こんなに売れるとは思ってもみませんでしたよ」。約2200本を9分で売り切ったのだから、確かに想像以上ではなかったか。

やむなく筆者はオークションサイトでサ時計を探してみたが、いわゆる“転売ヤー”がめちゃくちゃ高い値段を付けている。買っちゃってもいいけど、温泉(ちょっとはサウナ好き)と時計を愛するオタクとしては、精神の純粋さは汚したくない。定価で買ったサ時計を手首に巻き、温泉(含むサウナ)でニヨニヨしたい。これを読んでるお友達なら、きっと気持ちは分かるでしょう?
カシオの関係者に会うたび、筆者はサ時計のレギュラー化を求めた。というか、めちゃくちゃしつこく求めた。会議があるたび、かならず報告事項に加えた。もともとカシオはレギュラー化を考えていたのかもしれないが、物好きどもの要望のしつこさにカシオは辟易したのではないか。やがてカシオの某氏は疲れ切った顔で語った。「ヒロタさん、サ時計ねぇ、再生産するんですよ」。いぇす!
世界初サウナ専用ウォッチは何がすごいのか
サ時計の偉さは、機能を思い切って絞った点にある。当初開発チームは、複雑な高機能時計も念頭に置いていたらしい。しかし、ファンクションを時計と12分計のみに絞り、サイズも思い切ってコンパクトにまとめた。そしてバンドも、温泉やサウナのロッカーキーを巻くための、巻きばね(カールバンド)となった。創業以来「高機能」を突き詰めてきたカシオは、減らすという選択肢も選べるようになったわけだ。

サ時計に似た構成を持つ時計を挙げるなら、ジャガー・ルクルトの「レベルソ メモリー」になるだろうか。このモデルは、時計の表面に時分針を、裏側に60分のフライバック分針を備えたもの。分針は常に回転しており、ケースサイドのプッシュボタンを押すとゼロリセットされる。クロノグラフほど複雑でないし、大まかな時間を知るならこれで十分だ。サイズが小さいこともあって、これは講演者にとって最高の時計だと筆者は思っている。

一方のサ時計も、フライバック分針を備えている。普段は時計の表示、しかしケースサイドの「MODE」ボタンを押すと12分計に切り替わる。そして「RESET」ボタンを押すと針がゼロリセットされ、12分計として稼働する。操作は説明がいらないほど簡単だ。サウナの中でもうろうとしていても、普通に使えるのはいい。
感心させられたのは、徹底してサウナで使うことを考えたデザインだ。ケースに角は全くなく、バンドの取り付け部も、バネを覆い隠すようなカタチになっている。しかも、取り付け部は強固にできているから、仮にユーザーがサウナの中でコケても、時計が理由で怪我することはないだろう。唯一金属ねじを使った部分もあるが、きちんと肌に当たらないよう設計されている。これは、世界で初めて「全裸で装着することを前提とした時計」だから当然だが、開発者が実際にサウナに行きまくってないと、こうはならないだろう。簡潔ながら要を得たパッケージングは、さすがにG-SHOCKを作り上げた会社だけのことはある。
余談になるが、筆者は昔、某時計メーカーに温泉時計なるもののプロポーザルを行ったことがある。その際、全裸で着ける時計は、エルゴノミックどころではなく、超エルゴノミックなカタチにしないと、コケたときに危ないとしつこく連呼した。これは夜中に露天風呂に入った人でないと分からないだろう。というわけで、サ時計に危なくない外装を与えたカシオはエラい。
サ時計、本当に使えます
この時計のミソは、100℃以下のサウナで、腕に着用して15分耐えられることを公式にうたった点だ。そのためカシオは、-40℃から+125℃まで耐えられる耐熱使用の電池(正しくは耐高温BR系コイン形リチウム電池)を採用したほか、サウナの後に即水風呂にという極端な環境の変化にも耐えられるよう、外装素材に湿気を通しにくい低透湿樹脂を選んだ。見た目だけではなく、ちゃんと中身を詰めたのはさすがカシオ、なのである。もっとも、ちゃんとしたメーカーらしく、「サウナにおいても、腕に装着した状態で15分以内のご使用でお願いいたします」とただし書きを付けてある。それ以上着けて壊れたら、自己責任ということで。多分壊れないと思うけど。
筆者は10月にサ時計を手にして、以降あちこちの温泉(もちろんサウナもある)に連れて行っている。先日は、埼玉は東鷲宮にある百観音温泉に出かけた。サ時計を着けて時間をカウントしていたら、隣のおっさんが「それ面白い時計だね」と聞いてきた。サウナで使える世界で初めての時計なんですよ、と答えたら、即買いそうな顔をしている。そう、サウナに入る人たちにとって、今の時間と、サウナの滞在時間をすぐに確認できるサ時計は、大きな福音なのである。確かに12分計の付いているサウナは少なくない。しかし、筆者のようにサウナに入る際に眼鏡を外す人にとっては、壁ではなく、腕に12分計が載っているとありがたいのだ。

ちなみにだ。カップルでサ時計を持てば、男風呂と女風呂に分かれても、待ち合わせの時間に遅れることはないだろう。筆者にそんなチャンスはないし完全に妄想になるが、たぶんめちゃくちゃ役に立つだろう。というわけで、サウナが好きなリア充カップルはサ時計を買っておきなさい。幸せな君たちはそう簡単に手に入らないだろうが、買っておきなさい。
再生産が始まったものの、まだまだ入手の難しいサ時計。しかし、サウナが好きな人にとって、この時計はMust Haveだろう。そして時計って便利なものなんですね、と改めて思わせてくれたサ時計は、筆者にとって一服の清涼剤でありました。いいよ、サ時計。本当に。




