“汎用機”としての課題
前回、“汎用機と専用機”という観点でApple Watchに無限の可能性があると記したが、それはアップル自身ではなくアプリ開発者によってもたらされるべきものだ。ところが、たとえばスマートウォッチのもっとも典型的な使い方であるスポーツ用途だけを見ても、現在のApple Watchは専用機の領域には遠く及んでいない。
しかし、こうした特定ジャンルの道具は、突き詰めることにより独自の価値を生み出せるものだ。タキメーターを備えたパイロット向けと、すばやくラップタイムを確認できるランナー向けでは、同じクロノグラフでも作りは異なる。潜行してからの時間を確実に確認するための逆回転防止ベゼルは、ダイバー向けウォッチの定番だ。
具体的な目的に対して、それに特化した腕時計がある。時計業界の中では当たり前のことだろうが、目的に応じて掘り下げることに価値が見いだされていたからこそ、創意工夫を重ねてそれぞれの時計が生まれてきたのではないだろうか。そして、その創意工夫が機能美を生み出し、結果、個々のジャンルを構成するほどの世界観を作り出してきた。
本来、Apple Watchに期待したいのは、Apple Watch内のアプリにおいて、同じように各ジャンルに特化して掘り下げられたアプリの登場である。
カジュアルな領域においてスポーツウォッチとしてのApple Watchは、すでに優れたフィットネス向けアプリが内蔵されている。筆者は50歳の誕生日に健康で強い身体を作りたいと思い、1年ほど前からダイエットに取り組み、今年1月からは本格的にフィットネスを始めたのだが、“身体を動かす”より“健康的な生活を目指して習慣を改善する”といった目的においてApple Watchは僕を常に助けてくれた。
ウォーキングでも、ランニングでも、ちょっとしたトレーニングでも、そして水泳でも、Apple Watchはそのオーナーをサポートしてくれる。しかし、そこから1歩踏み出したいオーナーに、より優れた機能性を提供できれば“汎用機”の拡張性はさらに広がるのではないか。ところが、Apple Watchのランナー向けアプリは、ランナー向けに特化した腕時計に及ばない。
たとえば、ガーミンの「ForeAthlete® 935」でランニングすると、ピッチ、歩幅、接地時間やバランス、上下動や上下動比といった測定データが得られる。これらから自分のフォーム……たとえば、着地の仕方などが分析できる。パフォーマンス向上にも有益だが、なにより怪我の防止にもつながる。コーチが付かないサンデーアマチュアランナーには、実にありがたい機能だが、それだけではない。
ポータブルGPSユニットのメーカーだったガーミンが、世界トップクラスのウェアラブルウォッチメーカーへと上り詰めた理由は、スポーツウォッチ単体としての機能性だけではなく、それを取り巻くアプリやクラウドサービスが優れていた(スポーツエンスージアストの心に刺さった)からにほかならない。
ではガーミンとアップルの違いはなんだろうか? 彼らの提供しているハードウェアの性能に大きな違いがあるのではない。ソフトウェアとサービスの作り込みの違いだ。アップルはあくまでも一般的なスマートウォッチ利用者に向け、watchOSと呼ばれる基本ソフトウェアを開発している。その上にガーミンと同等のアプリケーションとサービスを作り出すことは可能だが、それを作るのはアップルではなくアプリ開発者たちである。ではなぜ、ガーミンはApple Watch向けにアプリを開発してくれないのだろう?
ここではランニングのみを取り上げたが、さまざまなジャンルにおいてApple Watchはその可能性を完全に開花させられずにいる。アップル自身が開発してしまえば、あるいはすぐに追いつけるかもしれないが、それでは問題は解決したとは言えない。
いかにしてApple Watchのアプリ市場を活性化させるかは、当面、アップルの大きな課題として残るだろうが、そこを乗り越えればさらに大きな市場の拡大が望めるようになるだろう。
本田雅一(ほんだ・まさかず)
テクノロジージャーナリスト、オーディオ・ビジュアル評論家、商品企画・開発コンサルタント。1990年代初頭よりパソコン、IT、ネットワークサービスなどへの評論やコラムなどを執筆。現在はメーカーなどのアドバイザーを務めるほか、オーディオ・ビジュアル評論家としても活躍する。主な執筆先には、東洋経済オンラインなど。