2018年5月に行われたジュネーブオークションを、ダビデ・ムナーリ氏がレポートする。
■フィリップス「デイトナ・アルティメイタム」
今春のジュネーブオークションについては、フィリップス時計部門のオーレル・バックス氏と、イタリア人作家のプッチ・パパレオ氏が「デイトナ・アルティメイタム(究極のデイトナ)」と題して共同企画したロレックスのデイトナ32本の中からおさらいを始めたい。
少ない出品数は全体的にいずれも良好な状態であったにもかかわらず、最終結果は、自己資金で投資する時計コレクターやディーラーたちがプレセールで囁いた額を下回るものだった。有名な学者であり時計コレクターのジョン・ゴールドバーガー氏が慈善事業に寄付するために出品した、ホワイトゴールドケースのユニークピースRef.6265は、500万スイスフラン(バイヤーズ・プレミアム=手数料を含むと593万7500ドル)の売り上げだった。パパレオ氏が以前デイトナについて書いた著書の中で、“アラビアン・ナイト”や“ネアンデルタール”とコミカルな名を付けたプロトタイプのダイアルを持つデイトナ、通称“ユニコーン”の2本は、それぞれ193万2500スイスフラン、301万2500スイスフランと、予想額または最低設定額に届かなかった。マーケティングや誇大広告はさておき、ダイアルもケースも当時のものではない可能性を考慮すると、これらは非常に大きな金額であることに変わりはない。好みは人それぞれだが、オリジナリティとコンディションを考慮した場合、このオークションにおける私の好みはふたつだった。ひとつはジョン・ゴールドバーガーが2008年のブック『100 Superlative Rolex Watches(ロレックス、最上級の100本)』で取り上げたRef.6263“RCO”であり、もうひとつはエキゾチックダイアルを持つゴールド製のRef.6239である。それぞれ価格は166万スイスフランと、94万8500スイスフランだった。
■サザビーズ、クリスティーズ
一方、波乱のないサザビーズのジュネーブオークションでは、茶色に変色したサブダイアルが目立つエキゾチックな文字盤の、デイトナRef.6239が売り上げのトップを飾った。あまたある「ポール・ニューマン」モデルに飽き飽きした市場は、新鮮な文字盤を渇望し、最終的にこの時計に95万1500スイスフランという値を付けた。
今ではどこにでもあるRef.6263「オイスター ポール・ニューマン」はクリスティーズのジュネーブオークションカタログの表紙を飾ったが、せめてここまでは行ってほしいと設定された予想額60万スイスフランという低めの見積もりにも達しなかった。パテック フィリップに関しては、コンディションは並みであるが、ブレゲ数字が配された美しいステンレススティールケースのRef.1463は50万4500スイスフランで、セクターダイアルのステンレススティールケースRef.130は、32万4500スイスフランで販売された。希少性と品質の観点から見ても、ロレックス デイトナの現在の価格は高騰し過ぎている。大量生産され、かつオリジナルから取り替えられたクロノグラフのダイアルが非常に多く出回るのを見ながら、アンティークウォッチのコレクターでありオブザーバーである私は、そのような価格高騰がいつまで続くのかと最近は常々疑問に思っている。デイトナの「クールさ」が消えて流行が変わると、市場はどうなるだろうか? このように荒々しく拡張された動きは、やがて正しく収束していくだろう。
(左)Ref.1463。手巻き(Cal.13''')。23石。SS(直径35mm)。1951年製。落札価格50万4500スイスフラン。
(右)Ref.130。手巻き(Cal.13''')。23石。SS(直径33mm)。1938年製。落札価格32万4500スイスフラン。
■フィリップス
(左)自動巻き(Cal.9 3/4''')。19石。SS(直径36mm)。1953年製。落札価格145万2500スイスフラン。
(右)自動巻き(Cal.9 3/4''')。19石。18KYG(直径36mm)。1952年製。落札価格63万6500スイスフラン。
拍子抜けした「デイトナ・アルティメイタム」の後、フィリップス・ジュネーブオークション第7回目が粛々と行われた。注目すべきロレックスのロットのトップには2本のオイスター ムーンフェイズがあった。クロノメーター認定("OFFICIALLY CERTIFIED CHRONOMETER")とムーンフェイズ表示の下に印刷されたステンレススティールのRef.6062(対照的にほとんどのクロノメーター設定の表示はカレンダーの窓のすぐ下に配され、文字盤の美観のバランスを欠いている)に加え、イエローゴールドの“Stelline.”だ。2本はそれぞれ145万2500スイスフラン、63万6500スイスフランで売られた。美の基準は見る人によって異なるものだが、希少性と重要性の面において、デイトナと比較すれば、これらは間違いなく“買い”の掘り出し物だ。
このオークションのトップとなったのはシャンパンカラーのダイアルを持つパテック フィリップRef.2499の第4世代(157万2500スイスフラン)、次いで文字盤にエナメル技法の一種クロワゾネでユーラシア大陸が描かれたRef.1415のワールドタイム(97万2500スイスフラン)だった。ユニークピースとして作られたA.ランゲ&ゾーネのジャンピングセコンド、「1815“ウォルター・ランゲへのオマージュ”スティールエディション」は、チャリティーオークションにおいて85万2500スイスフランで販売された。
(右)シャンパンカラーダイアルのパテック フィリップ。Ref.2499/100。手巻き(Cal.13Q)。23石。18KYG(直径37.5mm)。1979年製。落札価格157万2500スイスフラン。
飽き飽きしたコレクターにとっても、この春のセレクションは退屈なものだった。ロレックスRef.6062“Bao Dai”や、パテック フィリップのステンレススティールRef.1518、もしくは重要な複雑時計や、ミニアチュールエナメル製文字盤の懐中時計といった大きな話題となる時計はなかった。ジュネーブで見た1000本以上ものロットのうち、私の関心を真に掻き立てた時計は5点以下だった。私のコレクションに追加する価値があると思われた唯一の時計は、資金が許せばだが、「OCC(=Officially Certified Chronometer、クロノメーター認定)」とムーンフェイズの下に印刷されたロレックスのステンレススティールRef.6062のみだった。
では、また来期!
数多くのレアピースを所有するコレクター兼投資家。時計関係者やオークショニアに多くの知己を持ち、広範な知識を誇る。オークションに出品される数千万円から数億円の時計を、投資対象ではなく実際に買う目線で見ることのできる世界でも数少ない人物。