海とそこにいる生き物たちは、アートや建築、情報媒体において主題として多く見られるだけでなく、時計の世界でもよくテーマとして取り上げられるものである。ここでは、海にインスピレーショを受けた時計5本とともに、海にまつわるストーリーを紹介したい。
Text by Maria-Bettina Eich
ユリス・ナルダン「フリークビジョン コーラルベイ」
ユリス・ナルダンはマンハッタンのコンクリートジャングルにサメを出没させ、このシュールなイメージを印象的な広告モチーフとし、「Snohetta」という建築事務所はノルウェーの海辺に、水中レストランを作り上げた。メディアは、毎日のように海中に投棄されるプラスチックにより海とそこに生息する生物たちが危機的な影響を受けることについて伝えている。現在海中の世界は、今までになく人々の関心を集めている状況なのである。危機にさらされている動植物と自然界の神秘は、その神秘の全てを明かすことはない。海が生み出す繊細で美しく、未知な部分とそこに生息するものとの相互作用が、科学者だけでなくアーティストや建築家、デザイナーたちにとって、この海というテーマをより重要なものとするのである。
時計業界と海との密接な関係は、最近になって始まったことではない。ブランパンやオメガ、ロレックスなどは長い間にわたって、自らのハイパフォーマンスなダイバーズウォッチに変更を加えてきた。このような知名度の高いブランドは海で活躍する写真家やアスリートたちと数十年も前からコラボレーションを続けてきた。青い深海から生み出される世界記録や素晴らしい写真は効果的なマーケティングツールとして活躍してきた。そんな中で、自然保護というテーマの重要性は近年更に重要になりつつある。例えばブランパンは、BOC(Blancpain Ocean Commitment)というグローバルコンセプトのもと、ダイバーズウォッチの限定モデルを展開している。この限定モデルが1本販売されるたびにブランパンは、海洋保護プロジェクトへ寄付を行っている。オメガもさまざまな海洋保護団体やプロジェクトへの同様な活動を行っている。
ブランパン「オーシャン コミットメント フィフティ ファゾムズ III」
現代では海を語る場合、その保護を抜きにしては考えられない。その危機感が、青い深海を今までになく魅力的なものとしているのである。ユリス・ナルダンのニューヨークの町中に現れたサメは確かに危険な印象を与えるが、同時に近代的な都市に捕らえられた孤独な海からの使者のようにも見える。シュールな見た目のモチーフは外観的にも印象が強いが、密かに挑戦的な質問を投げかけてくる。本当にサメは、人間の日常にとって危険な存在なのか? それとも私たち人間がサメにとって危険なのか? ユリス・ナルダンのフリークビジョン「コーラルベイ」に描かれた珊瑚が同じように危機にさらされているのでは?
海の生物と人間の文化との融合は、ふたつの重要なコンテンポラリーアートプロジェクトの基本理念ともなった。英国人アーティストのジェイソン・デカイレス・テイラーはメキシコのカンクンとカナリア諸島のランサローテなどで素晴らしい水中ミュージアムをデザインし、海中に自身の作品を展示している。彼の彫刻作品は21世紀現代の人間の日常生活そのままを表現しているが、一方で現代社会が抱える難民の苦境などの問題にも目を向けさせるのだ。またこの位置の環境は、このアーティストの作品に重要な役割を果たしている。外観的アピールと共に、彼の作品展示場所は、海中に生息する生物に新たな定着場所も提供している。数年後には珊瑚や貝、海藻などが作品に住み着き、アートと自然の共生を生み出すことになるだろう。テイラーは新しいプロジェクト、モルディヴでの「コララリウム(Coralarium)」を発表し、インスタレーションの作品に海中の有機体がコロニーを築き上げるようにしている。彼はまた人工のサンゴ礁を築き上げ、この絶滅が危惧されている種に対して生息場所を提供している。テイラーはその作品の多くを、観光客が多く集まる場所の近くに設置している。スキューバダイビングを行う人々にとって興味ある場所を提供することになるが、同時に多くの人々が訪れるエリアでダイバーたちがサンゴ礁にかける負担を軽減させる狙いもある。
MB&F「HM7アクアポッド」
テイラーの珊瑚に住処を提供する彫刻と近いコンセプトのものが、近年注目を集めた展示プロジェクトの作品にある。例えば奴隷の身分から財を成したアモタン2世の財宝を積んで沈んだ船が2000年ぶりに引き上げられたという架空の話をモチーフにしたものだ。この作品「トレジャーズ フロム ザ レック オブ ザ アンビリーバブル(Tresures from the Wreck of the Unbelievable)」は、英国人アーティスト、ダミアン・ハーストによって製作された。ハーストの作品には実際に、偶然発見された沈没船が用いられており「アンビリーバブル(Unbelievable)」と名付けられている。彼の風変わりなアピールに満ちた作品は壮観であり、そしてさまざまな論評を巻き起こした。ハーストはさまざまな歴史的要素を芸術作品に取り入れ、人工的に作られた貝殻や海綿、珊瑚などを惜しみなく使って覆うことにより、海の王国を描いた物語が生み出す奇妙な世界観を作り出している。
アーティア「サンオブシー ブルーカプリ」
ギリシア神話の海神ポセイドンは、クラゲのような形をしたMB&F「アクアポッド」のインスピレーションの源となった。アーティアの「サンオブシー ブルーカプリ」は、海藻や魚など海を思わせる要素が文字盤に組み込まれている。他にも文字盤に海の世界観を取り入れたデザインは多くあり、ユリス・ナルダンの「コーラル・ウォッチ」のように、ショパールは夏向けモデル「ハッピーフィッシュ」のダイヤモンドをあしらった文字盤のなかで、海の神秘を演出している。
海は常に魅力的な存在であり続けてきた。深海には常に発見があり、訴えかけてくるものがあるのだ。
ショパール「ハッピーフィッシュ」