建築物と腕時計は、日常的に密接な関係でありすぎるが故に、気に留められることはほとんどない。意識的に認識されるまでは、の話である。ここでは心に訴えかけてくる7つの時計を、それにインスピレーションを与えた、もしくはデザイン的に関連性のあるランドマークと共に紹介する。
ミドー
2017年、ミドーは国際建築家連合(UIA/Union of International Associationsの略)との連携を発表し、デザインと建築分野での取り組みを強化してきた。同年ミドーは、世界中の主要な建築物をいくつか訪れ、ミドーの新作に取り入れられる建築的構造要素を模索してきた。ミドーとUIAは実際に、ニューヨークにあるフランク・ロイド・ライト設計の螺旋状の構造をもつソロモン R・グッゲンハイム美術館に行きついたのである。それまでのミドーの時計には2015年のビッグ・ベン限定モデルや、2012年の万里の長城にインスパイアされた限定モデル、ローマの有名なコロッセウムに着想を得た文字盤の腕時計などがある。
H.モーザー
2016年に逝去したザハ・ハディッドによって設計された建築は、力学や重力に逆らってそびえ立ち、超現実的な印象を与える。韓国・ソウルの東大門デザインプラザの流れるような空間とラインは、H.モーザーの自動巻きキャリバー搭載のエンデバー トゥールビヨンのようだ。その印象はカラーグラデーションによって3D効果をもたらすフュメ文字盤によってさらに強調されている。
ジャガー・ルクルト
レベルソは、ジャガー・ルクルトで最も人気のあるコレクションであり、時計史的にも重要なものである。そのアールデコ調の様式は当時の建築の頂点であるものを映していると言えよう。ウィリアム・ヴァン・アレンによって設計されたマンハッタンのクライスラー・ビルだ。レベルソも摩天楼も、アールデコムーブメントに見られた幾何学模様とモダニストの理想を共有している。
コルム
経済的にも人口規模的にも有利であるにも関わらず、カリフォルニアは時計に革新をもたらす温床として知られてはいない。そこに変化をもたらしたのが、コルムのゴールデン ブリッジである。世界的にも有名なサンフランシスコの海岸に架かる吊り橋から直接的に着想を得たタイムピースには、時計の両サイドにゴールデン・ゲート・ブリッジのデザインを想起させる、精巧な格子構造が設けられている。このムーブメントは、1980年に独立時計師のヴィンセント・カラブレーゼによって作られている。
リシャール・ミル
ドイツのハンブルクにあるエルプフィルハーモニーは長年議論の的となっていた。ヘルツォーク&ド・ムーロン(Herzog & de Meuron)によるデザインのこの建築物は、果たして巨額のコストをかける意味があるものかどうかということである。しかし完成直後には、全員がその価値を認めた。緩やかに波打つ屋根や遊び心のある楕円や長方形の形状のエルプフィルハーモニーは、透明感のあるオーラをまとい非常に魅力的だ。そのデザインはリシャール・ミルのRM 07-01 ネフィート・エディションを連想させる。明るいカラーの素材とオープンワークが施された文字盤が、ヘルツォーク&ド・ムーロンの特徴である機能と形状の繋がりに通ずるものがある。
グランドセイコー
グランドセイコーのブラックセラミックスの限定モデルは、建築に着想を得たものではないが、写真家の森山大道が網タイツをはいた女性を撮った写真とコラボレーションしたものである。網タイツの模様は、都会的で繊細な白黒のエクストラロングのレザーストラップへと変化し、クロノグラフの腕時計に合わせられている。
建築家の坂茂は自身の建築材料に紙と木を用いる繊細な設計で知られている。彼が設計したフランスにある近現代美術館のポンピドゥー・センター・メス分館の屋根と、グランドセイコーのブラックセラミック限定モデルのストラップを見比べるならば、そこにふたつが共有するものを見出すことができるかもしれない。
ノモス グラスヒュッテ
「基本に忠実であること」とはよい助言であるが、言うは行うより易しである。また、これは更に根本的な「では基本とは何か?」という問いかけを生み出す。建築家の安藤忠雄にとってそれは、他から干渉されることのない瞑想的な空間体験ということであり、それゆえに彼がデザインするものはミニマルで明快なものとなっている。腕時計には多くの機能を持つものがあるが、それらの本質的な機能は時間を明確かつ間違いなく示すことである。ノモスはこの目的のために純粋主義な姿勢で臨み、実践してきた。明快さを好むと同時に水辺を好む点は安藤忠雄の作品とノモスの腕時計の共通点である。「陶板名画の庭」で安藤忠雄はその壁面に滝の流れを組み込み、ノモスの時計はスカイブルーの文字盤を自動巻きモデル「アホイ ネオマティック シグナルブルー」に採用している。