セイコー・シチズン・カシオ 国産ウォッチメーカー ネクスト戦略 (後編)

2019.09.26

CASIO

現在、カシオの時計を含むコンシューマ部門の営業利益率は、スイスメーカーに匹敵する15%以上。ある関係者は「減価償却が終わったG-SHOCKを売っていれば利益率は高い」と推測するが、G-SHOCKは毎月のように新作がリリースされ、この認識は正しくない。関係者曰く、カシオが変わったのは2004年以降とのこと。では、カシオは何がきっかけで、今のような躍進を可能にしたのか。時計事業部を率いる専務執行役員の増田裕一氏に話を聞いた。

時計事業を牽引する増田裕一氏。初代G-SHOCKの企画を担当し、以来カシオの時計事業に携わってきた。長年、多機能アナログクォーツの面白さを語ってきた増田氏だが、近年は「多機能ではなく高機能化、インテリジェント化」を謳うようになった。

今後向かうべきは、多機能化ではなく高機能化

 今回、良い意味で最も期待を裏切られたのがカシオだ。かつてカシオの時計は、多機能だがそれ故に使いづらく、時計としてのパッケージングも、必ずしも褒められたものではなかった。しかし、オシアナスの成功とG-SHOCKの再評価は、同社のあり方を本質的に変えつつある。かつて、カシオの時計に見向きもしなかったコレクターたちがオシアナス(とりわけ卓越したマンタ)やMR-Gに注目するようになったことからも、それは分かるだろう。何が変わったのかを説明してくれたのは、同社専務執行役員兼時計事業部長の増田裕一氏だ。「カシオは長年、デジタルウォッチを中心にラインナップを展開してきました。しかし2004年以降、アナログに注力することに決めました。デジタルでは市場の拡大が見込めないんですね。そこで私たちはクロノグラフを超えるアナログの超クロノグラフを作ろうと考えました」

 しかし、と増田氏は追加する。
「多機能の時計には使う楽しさ、見る楽しさがある。でも多機能になると操作性は悪化します。今のスマートウォッチがいい例でしょう。操作が複雑になった結果、機能好きにしか訴求していない」

 その通り。日本の時計メーカーは1980年代に、多機能化で操作性を悪化させるという失敗を犯してきた。それ故に筆者は、いわゆる多機能時計に対して、批判的だった。これはセイコー、シチズンも、そしてカシオも例外ではない。
「私たちはアナログ時計を作るにしても、多機能ではなく、高機能が重要だと考えています。機能を増やす場合でも、ムーブメントを知能化させて操作を減らす、手順を自動化するということですね。多機能ではなく、高機能化」

 近年のオシアナスやG-SHOCKの多機能モデルなどは、なるほどそういった〝高機能ムーブメント〞を載せるようになった。増田氏は続ける。
「スイスメーカーの対極にあるのがカシオだと私たちは考えています。彼らの価値は、手作業や機械式にある。対して私たちは、インテリジェンスと信頼性の上にブランドを打ち立てたい。お客さんが時計を手に取る理由は、デザインとブランドであって、機能ではないでしょう?だから高機能化を果たすにしても、文字盤でうまく表現する必要がある。正直、私たちができるようになったのはこの3、4年ではないでしょうか」

カシオの時計事業の業績を示すグラフ。G-SHOCKブームの後、大きく下がったが、2004年、多機能デジタルから高機能アナログに舵を切り直し、以降、急激に業績を改善した。「とはいえ、売り上げの3分の1以上はまだG-SHOCK」(増田氏)とのこと。高付加価値化の推進が今後のカギか。

 カシオからデザインとブランドという言葉を聞くとは思わなかったが、実際、同社は、このふたつにフォーカスすることで、売り上げと営業利益率を急速に改善しつつある。今やコンシューマ部門の営業利益率は15%以上。スイスのメーカーに匹敵するほどの優等生だ。

 オシアナスを例に挙げたい。2004年と15年モデルとの違いとは、端的に言うと、デザインとブランド力だ。とりわけ針と文字盤の狭いクリアランスが示すように、現在のカシオは明らかにデザインコンシャスになった。日本のメーカーが軒並み針高を取りたがる中、カシオだけが、クリアランスをスイスのメーカー並みに詰めてきたのである。たかが針高。しかし、設計、製造、そして品質管理を含む全社の意見が統一されていないと、針高は決して詰められないのである。
「うまくいっている理由はほかにもいくつかあります。ひとつはG-SHOCKの成功。堅牢性が、今やブランドになってしまったわけです。そしてもうひとつが、2004年から始めたグローバルマーケティングですね」

 グローバルマーケティングの施策は、スイスのメーカー並みに緻密だ。カシオの広告を見ると、全世界で共通である。宣材とモデルを統一することで、効率を高め、イメージの統一を図ったのである。増田氏はこう説明する。
「2004年からモデルを絞り、名称も統一しました。モデルが共通していないと海外で在庫を回せないですからね」

 加えて、G-SHOCKを中心に据えた専門店を展開することで、リテーラーにも刺激を与えている。もうひとつ加えるならば、山形カシオで行うセル生産も成功の一因だろう。日本メーカーの生産ラインは、大規模で信頼性の高いモノ作りには向いているが、小規模生産には向かない。しかしカシオは、苦心の末、高品質と少量生産の両立に成功したのである。

 もっとも、カシオにはまだ課題がある。高価格帯を目指すなら、文字盤の質感はさらに改善すべきだし、一部モデル、例えば最新のMR-Gやオシアナス以外のケースも、まだチリ合わせを詰める余地がある。ムーブメントは良くなったが、外装はまだ直せる、というのが正直な印象だ。しかし、今のカシオのスピード感をもってすれば、こういった課題も、遠からぬうちに改善されるだろう。それぐらい、今のカシオには勢いがある。

カシオが推し進めるブティック戦略。あまり知られていないが、その店舗数は、国内外のメーカーの中で最も多い900店以上。加えて近年は、より特化した直営店のG-SHOCK STOREも出店するようになった。上は、ドバイのショッピングモールにあるG-FACTORY。G-SHOCKからメタルアナログブランドのEDIFICEなど、カシオのメインブランドを幅広く取り扱う。右は、北米初の旗艦店としてオープンしたニューヨークのG-SHOCK STOREソーホー店である。あえて直営店を出したところに、カシオの海外進出に対する姿勢がうかがえよう。


カシオが仕掛ける〝スマート アウトドア ウォッチ〟の凄さ

スマート アウトドア ウォッチ WSD-F10

スマート アウトドア ウォッチ WSD-F10
アウトドアに特化したスマートウォッチ。各アクティビティで必要な情報を計測・表示する専用アプリを搭載することで、トレッキング、サイクリング、フィッシングに必要な情報が得られる。駆動時間1日以上(時計のみは1カ月以上)。Android4.3、iOS8.2以上に対応。縦61.7×56.4mm。5気圧防水。7万円。

「今のスマートウォッチは誰をターゲットにしているのかが分からない」と語るカシオ。それに対する回答が、「スマート アウトドア ウォッチ WSD-F10」だ。アンドロイドウエアをベースに、カシオ独自のトレッキング向け、フィッシング向け、そしてサイクリング向けのアプリが追加された。また、スマートウォッチにもかかわらず、ミルスペック準拠(MIL-STD)の頑強さに5気圧防水と、実用性は腕時計並みだ。興味深いのは、常時時計が表示される点。通常のスマートウォッチは、1枚の液晶でアプリと時計の表示を行う。対してこの時計は、時計表示用とアプリ表示用の2枚の液晶を搭載。そのため時計は常時文字盤に表示される。しかし既存のスマートウォッチ同様、駆動時間は長くない。

WSD-F10が時計メーカーの製品であることを感じさせるのが、2枚重ねの液晶である。1枚は時刻表示用のモノクロ液晶で、もう1枚はアプリの表示用のカラー液晶。液晶を完全に切り分けることで、常時時刻を表示することを可能にした。また、液晶を分けることで時刻のみの表示ならば、約1カ月は電池が持つという。