ブライトリング「ナビタイマー」/時計にまつわるお名前事典

どんなものにも名前があり、名前にはどれも意味や名付けられた理由がある。では、有名なあの時計のあの名前には、どんな由来があるのだろうか?このコラムでは、時計にまつわる名前の秘密を探り、その逸話とともに紹介する。
第6回は、2019年のバーゼルワールドにおいて、ファーストモデル最後期型の復刻モデルが注目を集めたブライトリング「ナビタイマー」の名前の由来をひもとく。

福田 豊:取材・文 Text by Yutaka Fukuda
吉江正倫:写真 Photographs by Masanori Yoshie
2019年11月掲載記事

ブライトリング「ナビタイマー」

ナビタイマー1952

上は、1950年代に販売されたナビタイマー初期型モデルのひとつ。回転ベゼル外周の丸い突起やメインダイアルと同色のインダイアルなど、初期モデルの特徴が見られる。また、初期型モデルに搭載されたムーブメントは、ヴィーナス178もしくはバルジュー72であった。Ref.806。手巻き。17石。SS(直径41mm)。ブライトリング所蔵。

 2019年のバーゼルワールドで話題をさらったモデルのひとつが、ブライトリングの「ナビタイマー Ref.806 1959 リ・エディション」。「ナビタイマー」のファーストモデルの最後期型として人気の高い1959年製の復刻版だ。

 ブライトリングの世界的コレクターであるフレッド・マンデルバウムの監修による徹底した完全復刻が見どころで、わけても自社開発クロノグラフムーブメントCal.01を約1年半かけて手巻きに改造したCal.B09を搭載し、インダイアルの針位置までほぼ完璧に再現しているのには驚嘆させられる。なお、「ナビタイマー」はこの1959年製モデルの直後に、バーインデックスのセカンドモデルへと移行する。

「ナビタイマー Ref.806 1959 リ・エディション」は、その名の通りに、ブライトリングの歴史的タイムピースを現代に受け継ぐ「リ・エディション」シリーズの第1弾。今後もこのような完全復刻がなされていく予定で、時計ファンとしては次作が何になるのか気になるところである。そしてその第1弾に「ナビタイマー」が選ばれたのにも、時計ファンならば大いに納得するだろう。「ナビタイマー」は、ブライトリングの標榜する「腕に装備する計器」を最も見事に体現した、まさにブライトリングの象徴だ。

「ナビタイマー」の誕生は1952年。だがその誕生を語るにはちょうど10年前の、1942年の「クロノマット」の誕生から始めなければならない。

1942年誕生の初代「クロノマット」。「Chronograph」(クロノグラフ)と「Mathematics」(数学)を組み合わせたモデル名の通り、回転計算尺を備えた世界初のクロノグラフであった。当時の広告にも「計算尺付きクロノグラフ」と明記されている。

 モータリゼーションが花開き、スポーツ計測の需要が高まっていた時代。ブライトリングは、得意のクロノグラフに回転式の対数計算尺をベゼルに組み込んだ「クロノマット」で、速度や効率計算を求める需要に応えた。やがて、航空機の世界での民間航空会社による大量輸送時代の到来をいち早く読み取ると、ブライトリングはさっそく新時代のパイロット用時計を開発する。

 そのモデルこそが「クロノマット」を進化させたその後の「ナビタイマー」であり、航空用の回転計算尺を搭載するという革新的機能により「航空用クロノグラフ」という新ジャンルを確立する。つまり、初の回転計算尺搭載機として「クロノマット」もまたブライトリングの歴史的名作であり、ブライトリングの象徴のもの。創業100周年の1984年にその名を復活させた新生「クロノマット」が発表され、以来、ブライトリングの基幹コレクションとなっているのは、よくご存じのことだろう。

「ナビタイマー」は1952年に「クロノマット」の高機能版として登場したものだ。

 第2次世界大戦を経験した航空界は、航空機の飛躍的な進化と、パイロットの増加により、かつてない発展を遂げていた。そこでブライトリングはさらなる航空用クロノグラフとして「ナビタイマー」を開発。最大の特徴は、回転計算尺を汎用的なものから、航空用回転計算尺=フライトコンピュータ「E-6B」へと進化させたことだ。

 そしてそれが大成功する。「E-6B」はアメリカ海軍大尉のジョン・ダルトンが1937年に考案。第2次世界大戦が勃発するとアメリカの従軍パイロットのすべてがその使い方を習得させられた。そのパイロットたちが大戦後に続々と民間航空会社のパイロットへと転身。その数は40万人を優に超えていた。

 つまり「ナビタイマー」には誕生時にすでに40万の需要があった。真に実用のための、まさしく「腕に装備する計器」であったのだ。

 そして、もうひとつ。「ナビタイマー」は今日もなお、ほぼその原型を変えていない。そこも重要なポイントだ。

 すなわち「ナビタイマー」は変える必要のない、完璧な完成品。時代を超えた究極の航空用クロノグラフということで、だからそんな「ナビタイマー」をいまも手に入れられることは、全時計好きにとっての大きなよろこびだ。

 さて、そんな時計界のみならず航空界においても重要な役割を果たした革新的モデルである「ナビタイマー」の名前の由来は何か。

 まず、その前身である「クロノマット」=「Chronomat」は「Chronograph」(クロノグラフ)と「Mathematics」(数学)を組み合わせた造語。そして「ナビタイマー」=「Navitimer」は「Navigation」(航空・航海)と「Timer」(計時)を合わせた造語。と、どちらも単純にして明快。覚えやすく、しかも優れた機能を端的に示しているのが秀逸だ。

 だからブライトリングは時計づくりの発想ももちろんだが、ネーミングのセンスも天才的。そう思うのだが、いかがだろう。

ナビタイマー

1952年に誕生した「ナビタイマー」ファーストモデル最後期型の復刻版。1959年発売のRef.806を忠実に再現し、メインダイアルはオールブラック、サブダイアルにはトーンオントーンを採用し、すべて大文字のブランド表記とウイングロゴが印字される。この復刻版の製作にあたり、新たに手巻きのキャリバーB09が開発された。C.O.S.C.認定クロノメーター。手巻き(Cal.B09)。47石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。SS(直径41.0mm、厚さ13.43mm)。3気圧防水。世界限定1959本。96万円。


福田 豊/ふくだ・ゆたか
ライター、編集者。『LEON』『MADURO』などで男のライフスタイル全般について執筆。webマガジン『FORZA STYLE』にて時計連載や動画出演など多数。

Contact info: ブライトリング・ジャパン Tel.03-3436-0011


ブライトリングのナビタイマーを知る。おすすめモデル9選
ブライトリングの腕時計のなかから、フラッグシップコレクション「ナビタイマー」の現行モデルを紹介しよう。

https://www.webchronos.net/features/40275/