と、まぁ、そんなふうに、以前は15万円でも見向きもされなかったモデルが、あっという間に100万円、200万円、500万円、700万円と大人気になったわけである。そうして「デイトナ」という名前が世界中に浸透したのだ。
で、それだから、ロレックスはこう考えたのではないか。ならば、すべてのダイアルに「DAYTONA」と表記してしまおう。モデル名にも「デイトナ」と入れてしまおう、と。
では、もう一方の「コスモグラフ」とは何か。「COSMOGRAPH」が「COSMOS」=「宇宙」にちなんでいることはほぼ確実だろう。1960年代初頭といえば、アメリカのNASAが宇宙計画を進めていた、世界中が宇宙ブームであった時代だ。だから「コスモグラフ」は宇宙での使用を目指したモデルだったのではないか。あるいは、NASAの公式時計を狙ったモデルだったのかもしれない。実際、オメガ「スピードマスター」がNASAに選ばれたとき、競合した2社のうちの1社がロレックスであったのだ(もう1社はロンジン)。とにかくこの時代は、ブライトリングやタグ・ホイヤー、ロンジンなどが競って宇宙用のモデルを開発していた。そんなことを考えると、やはり「コスモグラフ」が宇宙用であったというのが妥当に思えるのだ。
さて、整理すると、まず「デイトナ」というのは後付けの名前である。そして「コスモグラフ」は宇宙を表していると思われる。よって「プロのカーレーサーのニーズに応えるよう設計された」というのには相当無理がある。これはやはり物語なのだろう。
してみると最大の疑問は、なぜダイアルに「DAYTONA」と記したのかということだ。多くの文献では、当時のアメリカ市場でのPRのため、とされている。きっとそうなのだろう。
だが、同じくロレックスが力を入れてスポンサードしているゴルフやテニスなどにはそのような例はない。ダイアルに「WIMBLEDON」と記された「デイトジャスト」とか「サブマリーナー」なんていうのがあれば絶対に大人気になるだろうに。しかし、そういうアザトイことをしないのがロレックスなのだ。そしてなぜか「コスモグラフ デイトナ」だけは驚くほどあからさまなのである。
そう思うと、やはり「コスモグラフ デイトナ」はロレックスっぽくないのだろう。そして案外、そこが一番の魅力なのかもしれない。
ライター、編集者。『LEON』『MADURO』などで男のライフスタイル全般について執筆。webマガジン『FORZA STYLE』にて時計連載や動画出演など多数。