ブレゲ「タイプ ⅩⅩ」にまつわる名前の由来をひもとく

どんなものにも名前があり、名前にはどれも意味や名付けられた理由がある。では、有名なあの時計のあの名前には、どんな由来があるのだろうか?このコラムでは、時計にまつわる名前の秘密を探り、その逸話とともに紹介する。
今回は、ブレゲと航空機の深い関わり、そしてその歴史を物語る同社のアイコンと言えるクロノグラフ「タイプ ⅩⅩ」の名前の由来をひもとく。

福田 豊:取材・文 Text by Yutaka Fukuda
吉江正倫:写真 Photographs by Masanori Yoshie

ブレゲ「タイプ ⅩⅩ」

タイプ トゥエンティ No.4100

タイプ トゥエンティ No.4100
フランス空軍向けのオリジナルのタイプ ⅩⅩには30分積算計が備えられていたが、これは3時位置の分積算計を15分表示に改めた通称「アエロナバル」。1960年1月13日、フランス海軍航空隊に納入されたモデル。航空隊の飛行前のチェック時間が15分だったため、分積算計が15分に変更された。フライバック機能付きクロノグラフ。当時約500本製造された。手巻き(Cal.222)。17石。1万8000振動/時。SS(直径38mm)。ブレゲ所蔵。

ブレゲと航空機

 アブラアン-ルイ・ブレゲが優れたマリンクロノメーターの作り手としてフランス王国より「L’Horloger De La Marine(オロロジェ・ドゥ・ラ・マリーン)」=「海軍省御用達時計師」の称号を授けられたのはよく知られることである。その後、アブラアン-ルイ・ブレゲの死後もブレゲはデッキウォッチや精密機器を納入するなどフランス海軍との関係を継続。やがて20世紀前半になるとコックピット用クロノグラフなど航空計器の分野にも進出し、フランス空軍との関係も深めていく。

 また、ブレゲ家5代目のルイ-シャルル・ブレゲが、数々の名作航空機の開発によりフランス航空界に大きな足跡を残した伝説的人物であるのも広く知られていることだ。

パイロットウォッチ 「タイプ ⅩⅩ」

 そうしたなか、1954年にブレゲがフランス空軍の要請で製造したのが、フランス軍用パイロットウォッチの「タイプ ⅩⅩ」。今日のブレゲを代表するクロノグラフのコレクション「タイプ XX」の祖である。

「タイプ ⅩⅩ」というのは、そもそもはフランス空軍のパイロットウォッチ規格の名称だ。第2次世界大戦後、フランス空軍はミリタリーパイロットウォッチの新しい規格の策定に着手。1952年にタイプ ⅩⅩ規格を制定する。

 タイプ ⅩⅩ規格のいちばんの特徴は、フライバック付きクロノグラフとしたこと。また、3時位置と9時位置にインダイアルを備えること。黒ダイアルであること。そのほか、ケース径や精度、パワーリザーブなど、細かな点まで定められていた。

 それらを基に数社の時計メーカーをサプライヤーとして選定。同規格に準拠したモデルが「タイプ ⅩⅩ」と呼ばれた。つまり、よく知られるイギリス軍用時計の「6BB」「W10」などと同じ。「タイプ ⅩⅩ」にもさまざまな時計メーカーのものがあり、ブレゲはあくまでそのひとつに過ぎなかったのだ。

 ところが、ブレゲの「タイプ ⅩⅩ」は精度や耐久性に優れるなど際立っていた。そんなことからブレゲが「タイプ ⅩⅩ」のスタンダードとなり、軍用以外にも民間企業や一般向けに多く販売され、人気を博すこととなった。こうして、いつしか「タイプ ⅩⅩ」という名前はブレゲの占有のようになっていったのだ。

スポーツコレクションとして復活

 そして1995年、1987年よりブレゲのブランドオーナーとなっていたインヴェストコープが、当時すでに生産中止となっていた「タイプ ⅩⅩ」に着目、スポーツコレクションとして復活させた。

タイプ トゥエンティ アエロナバル Ref.3800

タイプ トゥエンティ アエロナバル Ref.3800
1995年に復活したタイプ ⅩⅩの第3世代。第2世代のベークライト製ベゼルからステンレススティール製に変更された。オリジナルの意匠を踏襲しつつも、6時位置に12時間積算計を追加した3カウンターに変更された。また、3時位置の分積算計はオリジナルの15分積算計のデザインを受け継いでいるが、搭載するムーブメントCal.582は30分積算計を持つため、一目盛りが2分を表示するミニッツカウンターとなってしまった。フライバック機能付きクロノグラフ。自動巻き(Cal.582)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約48時間。SS(直径39mm)。

 これは実質的に民間用につくられた初のモデルで、最大の変更点は自動巻きクロノグラフムーブメント搭載としたこと。2インダイアルから3インダイアルにしたのも大きな変更点。さらにケースサイドにブレゲの象徴でもあるコインエッジを配したのも特筆すべき点だ。ミニッツマーカー付きの回転ベゼルを装備したのも目を引く特徴で、これはタイプ ⅩⅩ規格に次いで1956年に制定されたタイプ ⅩⅪ規格に準じた仕様である。

 もうひとつ、大きな変更点がモデル名で「タイプ ⅩⅩ アエロナバル」と改名。1998年には日付表示を備えた「タイプ ⅩⅩ トランスアトランティック」という新モデルが加えられた。

タイプ トゥエンティ トランスアトランティック Ref.3820

タイプ トゥエンティ トランスアトランティック Ref.3820
1998年初出。タイプ ⅩⅩの第4世代。文字盤の5分ごとのインデックスと時分針の素材に18Kゴールドが採用され、さらに文字盤の表面もわずかにグロス仕上げに変更された、タイプ ⅩⅩの高級仕様モデルと言える。「タイプ トゥエンティ アエロナバル」に日付表示を追加したCal.582Qを搭載。自動巻き(Cal.582Q)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約48時間。SS(直径39mm)。

 では、このふたつの名前の由来はというと、まず「アエロナバル」は「海軍航空隊」のこと。フランス海軍航空隊は、1930年以降長らく正規サプライヤーを務めるなど、ブレゲにとってことさら親密な関係にあった部隊だ。1954年に完成させた「タイプ ⅩⅩ」のファーストモデルの供給先のひとつでもある。

 一方、「トランスアトランティック」は「大西洋横断」という意味。そして大西洋横断というと思い出されるのが、先のルイ-シャルル・ブレゲの開発した航空機が1930年にパリ~ニューヨーク間の初の無着陸飛行に使用されたことだ。ルイ-シャルル・ブレゲの偉業のひとつである。

 だから、おそらく「アエロナバル」と「トランスアトランティック」という名前は、そんな逸話から付けられたものなのだろう。「タイプ ⅩⅩ」だけでは伝わらない、ブレゲと航空機の深いつながりを思わせる、なかなか良いネーミングだと思うのだが、どうだろうか。

 果たして「アエロナバル」と「トランスアトランティック」は世界的にヒット。ブレゲの生産本数を飛躍的に増やす人気モデルとなり、1999年にブレゲがスウォッチ グループの傘下になった後も生産され続け、こうして「タイプ ⅩⅩ」はブレゲのモデル名として定着する。

ただし現在は「アエロナバル」と「トランスアトランティック」の名前は消滅。それを惜しむファンも少なくないようだ。

 ということで、現在は「タイプ ⅩⅩ」「タイプ ⅩⅪ」「タイプ ⅩⅫ」の3つのシリーズをラインナップする。「タイプ ⅩⅪ」は2004年に誕生したセンター同軸積算計とデイ&ナイトインジケーター装備のモデルで、前述のフランス空軍のパイロットウォッチ規格「タイプ ⅩⅪ」とは無関係だ。「タイプ ⅩⅫ」は2010年に発表された7万2000振動/時のハイビートモデルで、これも規格の名称とはまったく関係ない。

 つまり「タイプ ⅩⅪ」と「タイプ ⅩⅫ」は、言うなればブレゲが独自で「タイプ ⅩⅩ」を進化させているものだ。だからこの先、さらにどのような進化モデルが登場するのか。それを大いに期待して待ちたい。

タイプ トゥエンティワン Ref.3810

タイプ トゥエンティワン Ref.3810
2004年初出。タイプ ⅩⅩの第5世代。3時位置にあった60分積算計を中心に配し、クロノグラフ秒針と同軸に変更。従来、分積算計のあった3時位置には昼夜を表示する24時針が付けられた。さらに直径も39.5mmから42mmに拡大された。自動巻き(Cal.584Q)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約48時間。SS(直径42mm)。100m防水。

タイプ トゥエンティトゥ Ref.3880

タイプ トゥエンティトゥ Ref.3880
2010年初出。タイプ ⅩⅩの第6世代。タイプ ⅩⅪを毎秒8振動から毎秒20振動に超ハイビート化。センターの赤い針はクロノグラフ秒針で、30秒で1回転する。したがって、上の写真の積算時間は21分49秒を示す。動力の伝達効率に優れるシリコン製脱進機を採用。ケース径はタイプ ⅩⅪの42mmから44mmへとさらに拡大され、いっそう存在感を増した。従来同様、すべての積算計はフライバック機能付き。自動巻き(Cal.589F)。28石。7万2000振動/時。パワーリザーブ約40時間。SS(直径44mm)。100m防水。

Contact info: ブレゲ ブティック銀座 Tel.03-6254-7211


くまモン
福田 豊/ふくだ・ゆたか
ライター、編集者。『LEON』『MADURO』などで男のライフスタイル全般について執筆。webマガジン『FORZA STYLE』にて時計連載や動画出演など多数。


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