1957年に発表された「Cal.9P」は、薄型ムーブメント/薄型時計の旗手たるピアジェのアイデンティティを確固たるものとした。それから60余年を経て開発されたコンセプトウォッチは、時計全体でCal.9Pと同寸となる厚さ2㎜を達成。機構的にも材質的にもあまりに特殊な構成のため、市販化は非現実的だと思われていたが、その夢がついに動き出した。
鈴木裕之:取材・文 Text by Hiroyuki Suzuki
ALTIPLANO ULTIMATE CONCEPT
超薄型時計の旗手として知られるピアジェのアイデンティティを確固たるものとしたキャリバー9P。1957年に発表された厚さ2㎜の薄型手巻きムーブメントは、近代時計史におけるマイルストーンのひとつとなっている。近年になって、再び超薄型ムーブメント及び超薄型時計の開発競争が激化してゆく中でピアジェは、2014年にムーブメントとケースといった既成概念の垣根を取り払った「900P」を発表。バックケースを地板の一部とすることで、時計全体で厚さ3.65㎜を達成している。
その完成と同時にピアジェはさらなる薄型化を模索。達成目標は、時計全体でキャリバー9Pと同じ厚さ2㎜に収めることとされた。しかし900Pから、さらに1.65㎜を削り取るという開発は困難を極め、ついにお披露目となったのは18年のSIHHにおいてであった。この時点で厚さ2㎜を成し遂げた「アルティプラノ アルティメート コンセプト」(以下AUC)は、4本のムービングプロトタイプが完成していたという。それから約2年の熟成期間を経て、ついに市販化へのプロジェクトが動き出したのだ。
AUCの開発は、同社リサーチ・アンド・イノベーションセンターの企画から始まっている。プロジェクトの統括責任者はジュリアン・ビドー。本来の開発目的は、900Pの開発で得られた技術資産を各方面に発展させることにあった。そうした研究課題のひとつが、極限の薄さを目指したAUCであり、発表当時ビドーは「そのまま市販化する予定はない」とまで明言していた。今回の市販化も、ほぼビスポークに近いカスタムオーダーが基本となっており、生産本数はわずか3〜5本に過ぎない。
ここでもう一度、AUCの成り立ちを振り返っておこう。実際の設計開発を担当したのは、リシュモン グループの開発畑ひと筋で歩んできたベルナール・シェルヴェ。氏がAUCに盛り込んだ新技術は5つあるが、今回の取材にあたって実際にAUCを操作してみた感触から言えば、やはり巻き真部分の設計変更が、通常の時計とはまったく異なる操作感を生み出していると感じた。AUCでは、ツヅミ車を切り替え式のウォームギアとすることで全体の厚さを抑えているが、このことが巻き上げ/針合わせ双方の操作感覚を異質にしているのだ。AUCには、フラットタイプのリュウズを効率良く巻くために専用の巻き上げアダプターが付属するが、これが針合わせの際にも大いに有用となった。何しろAUCは、リュウズ1回転で約3分しか針送りができないのだ。通常のムーブメントが、リュウズ1回転で約1時間ほど針送りができることを考えれば、むしろ3.5倍速で巻き上げ/針送りができるアダプターは必須だ。
900Pと同様の“地板一体型フレーム”を発展させ、ベゼルまで一体化した完全ワンピース構造を持つ超薄型時計。ムーブメントパーツに充てられる内部の容積が900Pの約1/2しかないため、ボールベアリングを多用した設計を持つ。手巻き(900P-UC)。13石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約44時間。コバルト合金(直径41.0mm、厚さ2.0mm)。2気圧防水。4280万円。
オーダーに際しては、ケース外側とインナーコーティングのカラーリングを個別に選択できる他、ダイアル、時針、分ディスク、受けのカラーオーダーが可能。また巻き真を押さえるプレート上のわずかな窪みにならば、エングレービングも可能だ。今回の撮影サンプルは、ケース形状がムービングプロトタイプのままだったが、3Dプリンターによる新しい形状試作品と同様にラグのシェイプが改められることで、より装着感を高めることが発表されている。