ルイ・ヴィトン「タンブール」にまつわる名前の由来を探る

どんなものにも名前があり、名前にはどれも意味や名付けられた理由がある。では、有名なあの時計のあの名前には、どんな由来があるのだろうか? このコラムでは、時計にまつわる名前の秘密を探り、その逸話とともに紹介する。
今回は、今やルイ・ヴィトンが手掛ける腕時計のアイコンと言っても過言ではない「タンブール」の名前の由来をひもとく。

福田 豊:取材・文 Text by Yutaka Fukuda
2020年6月27日 公開記事

タンブール

2002年にルイ・ヴィトンが発表した初のウォッチコレクション。写真の自動巻きクロノグラフをはじめ、自動巻きGMT、クォーツウォッチ(メンズ、ミディアム、レディス)の合計5種類のレギュラーモデルに加え、世界277本限定の自動巻きクロノグラフ(アメリカズカップモデル)がリリースされた。写真の自動巻きクロノグラフは、ブラウンダイアルにイエローのクロノグラフ針、ナチュラルカラーのカーフスキン製ストラップを備え、ケースサイドにはブランド名が刻印される。さらに裏蓋にはブランドを象徴するモノグラム・モチーフが刻まれるなど、ルイ・ヴィトンらしさが随所に盛り込まれる。
自動巻き(Cal.LV277)。31石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約42時間。SSケース(直径41.5mm)。100m防水。


ルイ・ヴィトン「タンブール」

「タンブール」は2002年にルイ・ヴィトンの初のウォッチコレクションとして誕生した。「タンブール」=「tambour」とはフランス語で「太鼓」のこと。独特のケースは太鼓を模したもので、1540年に南ドイツで製造された携帯用小型時計=ドラム型時計に由来する。

 ドラム型時計はゼンマイを動力とすることにより時計を小型に持ち運びできるようにした、最初期の旅行用時計である。それゆえ旅行鞄の製作をルーツとし、旅をテーマにものづくりをしてきたルイ・ヴィトンにとって、ドラム型時計は最良のモチーフといえるのだ。

 ところでルイ・ヴィトンが、それまでのバッグメーカーから、現在のようなトータルブランドとしての地位を確立させたのは1990年代後半から。1997年にファッションデザイナーのマーク・ジェイコブスをアーティスティック・ディレクターに迎えたことがそのスタートだ。以来、マーク・ジェイコブスはファッションを初め、既存のバッグコレクションも含めて、ルイ・ヴィトンの新しい世界観をトータルで再構築。現在のルイ・ヴィトンの基礎はマーク・ジェイコブスが築いたのだとされている。

 要するに、ルイ・ヴィトンはマーク・ジェイコブス以前と以降で、大きく変わっている。そして「タンブール」は、彼以降の象徴のひとつとされる。なにしろその時代に誕生した、ルイ・ヴィトンの歴史で初めてのウォッチコレクションなのだから。

 だから「タンブール」のコンセプトをマーク・ジェイコブスがつくったと思う人も多いかもしれない。「タンブール」のモチーフがドラム型時計であり、それはすなわち旅をテーマしているという、そのストーリーがマーク・ジェイコブスの創作である、と。

タンブール オトマティック クロノグラフ ダミエ・コバルト V スティール&ゴールド

タンブール オトマティック クロノグラフ ダミエ・コバルト V スティール&ゴールド
文字盤にルイ・ヴィトンを象徴する「V」とダミエのモチーフをプリントしたタンブールの現行モデル。ダイアルカラーに合わせて、ステンレススティール製ケースにはミッドナイトブルーPVDが施され、ストラップとともにブルーを基調とした落ち着いたカラーリングに、ラグとプッシュボタンに配されたピンクゴールドが効果的なアクセントとしてよく映える。
自動巻き(ETA2894/2)。37石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。SSケース(直径46mm)。100m防水。145万8000円(税別、ストラップにより価格は異なる)。

 だがしかし、実は、ルイ・ヴィトンは「タンブール」以前にも時計を製造していたことがある。単独モデルのため「ウォッチコレクション」にはならなかったが、ごく短い期間、「Montre LV1・LV2」というモデルが販売されていた。ケース径40mmのクォーツ式、ポインターデイトとアラーム付きで、筆者の所有する1993年のカタログによると、「Montre LV2」の当時の価格は23万円であった。

 そして興味深いのは、そのカタログで「Montre LV2」が掲載されているのが「旅行用アクセサリー」というページであることだ。ほかに「ビジネス用アクセサリー」のページもあるのだが、「旅行用アクセサリー」に載せられている。つまり「タンブール」を誕生させるずっと以前から、ルイ・ヴィトンにとって時計は旅がテーマであったのだ。

 だから「タンブール」のコンセプトはマーク・ジェイコブスのものではない。「タンブール」はマーク・ジェイコブス以前の、昔からのルイ・ヴィトンの伝統を受け継いだものなのだ。

 またもうひとつ、重要なのは、マーク・ジェイコブスは「タンブール」のデザインにも関わっていないということ。2002年の発表時のカタログ(かなり凝った装丁のものだ)に名前が記されていないのは、その大きな証左と言ってよいだろう。

 と、まぁ、「タンブール」は改めて見ていくと、驚くほどマーク・ジェイコブスの痕跡がない。マーク・ジェイコブスによるルイ・ヴィトンの新しい世界観から生まれたプロダクトであったにもかかわらず、まったくマーク・ジェイコブスの影響があったようなことが遺されていないのだ。そしてそれはおそらく、初めからそうするように、注意深くなされたのだろう。

 つまり「タンブール」はファッションデザイナーのつくった時計=ファッションウォッチではない、ということ。「タンブール」はホンモノの時計である、ということを表している。そしてその通りに今日、「タンブール」はコンプリケーションをも発表し、高級時計の一角を占めている。

「タンブール」は、歴史あるメゾン=ルイ・ヴィトンがあらかじめそうなるように周到に計画して誕生させた、まさしく名品なのだ。

タンブール カーブ フライング トゥールビヨン ポワンソン・ド・ジュネーヴ

タンブール カーブ フライング トゥールビヨン ポワンソン・ド・ジュネーヴ
2020年に「タンブール」コレクションに加わった新作「タンブール カーブ」。タンブールのケースサイドをメビウスの帯から着想を得たというカーブに沿って展開した特徴的な側面を持つ。その初作は、モデル名の通り、ジュネーブ・シールを取得したフライングトゥールビヨンを搭載するコンプリケーションである。トゥールビヨンキャリッジを支えるブリッジを持たないため、「LV」をかたどったオープンワークを遮ることなく、象徴的な意匠をかなえている。手巻き(Cal.LV108)。17石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約80時間。カーボストレイタム×Ti(直径46mm、厚さ12.75mm)。30m防水。参考価格2783万6000円(税別)。

Contact info: ルイ・ヴィトン クライアントサービス Tel.0120-00-1854


福田 豊/ふくだ・ゆたか
ライター、編集者。『LEON』『MADURO』などで男のライフスタイル全般について執筆。webマガジン『FORZA STYLE』にて時計連載や動画出演など多数。
くまモン


ルイ・ヴィトン「タンブール スピン・タイム エアー」より、日本の伝統模様&四季を描いた限定モデルが登場

https://www.webchronos.net/news/48236/