リシャール・ミルのハイコンプリケーションモデル、その「実用性」に注目する

FEATUREWatchTime
2021.09.10

航空業界とのコラボレーション

 車やカーレースの世界で使用されている素材の多くは、航空分野から派生したものである。2012年の「RM 039 トゥールビヨン フライバッククロノグラフ アヴィエーション E-6B」から、リシャール・ミルはパイロットのための腕時計を展開してきた。直径50mmのチタンケースは航空業界で多く使われている素材とビジュアルコードを再現し、表示はアメリカ海軍予備役のパイロット、フィリップ・ダルトン中尉が発明した有名なE6Bフライトコンピューターが提供する情報と同じ、回転計算尺である(最初に腕時計に回転計算尺を採用したのはブライトリングのクロノマット、そして航空用回転計算尺を初めて搭載したのが、さらによく知られているナビタイマーだ)。二重のベゼルに組み込まれたスライドルールは、一方が固定、もう一方が両方向回転式となっており、消費燃料、フライト時間、対地速度、高度、風力を読み取り、計算することができる。

RM 039

「RM 039 トゥールビヨン フライバッククロノグラフ アヴィエーション E-6B」。手巻き(Cal.RM039)。58石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約70時間。Tiケース(直径50mm)。30m防水。ラバーストラップ。世界限定30本。完売(発売時の税別価格1億2570万円)。2012年発表。

 RM 039はナビタイマーより複雑で、多機能である。回転ベゼルには10から99までの黄色い対数目盛りが記され、赤枠の矢印で測定単位を示す。例えばキロメートル(km)や海事マイル(NAUT)を普通のマイル(STAT)に、リットル(litre)やUSガロン(US gal)を英国のガロン(UK gal)に、メートル(metre)をフィート(ft)に、キログラム(kg)をポンド(lb)にという具合にである。黄色の表示で外気温を-60℃から+50℃まで設定でき、温度が関係する実際の高度を計算する際の基本情報となる。高度はというと、千の単位で0から50まで表示され、12時位置のベゼルの外側にあるオレンジ色の目盛りで確認できる。温度の目盛りは2時30分位置の白いインジケーターでも表されているが、ここでは-10から+45の表示となっている。ベゼル外側のこのふたつの目盛りを組み合わせることにより実際の飛行速度が、温度と高度に連動して計算されることになる。

 厚さが19.4mmもあるこのがっしりした腕時計は、他に次のような機能も備えている。ビッグデイト表示、スーパールミノバ塗布の針による第2時間帯表示、フライバッククロノグラフ。そしてリシャール・ミルの特徴であるファンクション・セレクターだ。これはリュウズを押すと巻き上げ、ニュートラル、時刻調整の機能が選択できる。4時位置のW(巻き上げ)、N(ニュートラル)、H(針・時刻設定)、U(UTCの針調整)がその表示だ。

RM 039

時計のE6Bスライドルールによって、航空関連の計算が可能だ。

 航空分野においてもう1モデルを紹介する。リシャール・ミルはオーダーメイドのプライベートジェットを製造するエアバス・コーポレート・ジェット社(ACJ)と組み、RM 039とは異なる航空分野特有の機能を持ったハイコンプリケーションモデルを製作した。かつてヴァルカンやジャガー・ルクルトらが手掛けた機械式時計のアラーム機能に、さらなるひねりを加えた「RM 62-01 トゥールビヨン バイブレーションアラーム ACJ」だ。この時計が特別なのは、そのアラームが音ではなく、携帯電話のバイブレーションモードのように振動となっており、電気ではなく完全に機械駆動でなされているという点だ。これまでの機械式のようにハンマーによってゴングやケース内部を打ち鳴らすのではなく、時間を着用者だけが気付く振動にしたということだ。リシャール・ミルはこれを「静かな雰囲気の中で時間を密かに知らせる、ラグジュアリーウォッチによりふさわしいアラーム機能として設計した」と表現している。

 816ものパーツから構成されるムーブメントにはオフセットされたゴールドローターが備えられているが、プッシャーを12回押すだけで完全に巻き上げることもできる。トゥールビヨンに加え、ジェットセッターに有意義なUTC表示、ビッグデイト表示、ツインバレルによる約70時間のパワーリザーブ表示を備える。他に、時分針の調整、巻き上げ、日付調整、アラーム(オン/オフと作動時刻)、ニュートラルのファンクション・セレクターを備える。リシャール・ミルがRM 62-01のムーブメント開発に費やしたのは約5年。ムーブメント設計・開発担当テクニカルディレクターのサルヴァドール・アルボナによると、創案期間は「我々の過去最長時間に続く、長い部類に入る」ようだ。

RM 62-01

「RM 62-01 トゥールビヨン バイブレーションアラーム ACJ」。手巻き(Cal.RM62-01)。77石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約70時間。Ti×カーボンTPT®️(縦49.94×42.00mm、厚さ16.90mm)。50m防水。世界限定30本。完売(発売時の税別価格1億4780万円)。2019年発表。

 この腕時計は、2016年に初めてACJとコラボレーションを行った「RM 50-02 トゥールビヨン スプリットセコンド クロノグラフ ACJ」の後継機にあたり、そのデザインコードを踏襲し、チタンとカーボンTPT製のトノー型ケースが採用されている。木目調の質感を持つカーボンTPT®️はプライベートジェットの内装で使用される木製パネルを思わせ、サファイアクリスタルの風防はジェット機の窓のようである。プッシャーはエンジンを翼に固定するパイロンのようで、リュウズはジェットタービンを想起させるものである。

 

究極のアクションのための時計

 リシャール・ミルの最も野心的で大胆なプロジェクトは、俳優のシルヴェスター・スタローンとのコラボレーションから生まれた。スタローンは『ランボー』シリーズなどのアクション映画で知られる。「RM 25-01トゥールビヨン アドベンチャー シルヴェスター・スタローン」は、2018年に究極のアクションのための時計として発表された。チタンとカーボンTPT®️製のケースは縦が50.85mmとタイタニック級で、100mの防水性能を備える。独特なのは、2種類の交換式ベゼルだ。ひとつはコンパス付きであり、もうひとつは360°目盛りと4つの基本方位、24時間目盛りを備える両方向回転リングである。カーボンTPT®️でコーティングされたコンパスのカバーは、12時位置に反射防止加工を施したサファイアクリスタルの丸い開口部を備え、進行方向が見えるようになっている。内側はミラーになっている。また耐磁性コーティングによってコンパスの精度と内部にあるムーブメントが保護されている(リシャール・ミルによるとコンパス搭載は特にスタローンからのリクエストだったそうだ)。もうひとつの方位を知るためのベゼルの使用法は、文字盤の時針を太陽の方向に向け、ベゼルを回転させて24時間表示でローカルタイムを表示させると、東西南北が決定されるというものである。

RM 25-01

「RM 25-01 トゥールビヨン アドベンチャー シルヴェスター・スタローン」。手巻き(Cal.RM25-01)。35石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約70時間。カーボンTPT®×グレード5チタン(直径50.85mm、厚さ23.65mm)。100m防水。世界限定20本。完売(発売時の税別価格1億2200万円)。2018年発表。

 RM 25-01が提供するのはそれだけではない。大工が使用するような水準器を4時位置に備え、時計が水平かどうかを知ることができ、コンパスの表示精度を保つことができるのである。2時位置にあるのはピルケースだ。密封性の高いチタン製で、約30分で水を飲料水とできる浄水用錠剤を保管するためのものである。
 ムーブメントはレバー類などを肉抜きして耐衝撃性を大きく向上させ、また約70時間のパワーリザーブを保持している。時刻は24時間表示だ。スタローンの影響はランボーを想起させるカモフラージュのラバーストラップにも見て取れる。「シルヴェスター・スタローンは現実志向な男性で、自分に必要なものをよく理解している」とアルボナは語る。「スタローンは今回の製作にあたりいくつかの要望を持っていた。我々の使命は、それを想像しうる限り完璧で実利的な方法で、実装させることにあった」。

RM 25-01

交換式の回転ベゼルおよびコンパスと、防水ピルケース、水準器などを備えたRM 25-01。

 数千万円レベルの腕時計で実用性を求める購入者は極めて珍しい。しかしリシャール・ミルは信念をもってその両者を追求し、コアな時計愛好家に支持され続けるのである。


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