本来の“時の流れ”に回帰する ラドー「トゥルー シークレット オートマティック」/気ままにインプレッション

2020.12.30

時計製造の世界に、革新的なマテリアルを取り入れてきたラドー。金属のような質感を持つプラズマハイテクセラミックスとは何か。正確な時刻の分からない時計は、何を知らせてくれるのか。ラドー「トゥルー シークレット オートマティック」を着用し、解き明かしていく。

トゥルー シークレット オートマティック

Photograph by Yoshie Masanori
時計であるにもかかわらず、インデックスはない。12時位置にぽっかりと開いた穴から顔をのぞかせるテンプと、ダイアル上をすべるように動く秒針が、独自の世界を作り出している。「トゥルー シークレット オートマティック」。自動巻き(Cal.ETA C07)。25石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約80時間。プラズマハイテクセラミックス(直径40mm、厚さ10.4mm)。5気圧防水。20万円(税別)。
野島 翼:文・写真
Text and Photographs by Tsubasa Nojima


マスター・オブ・マテリアルズ

 今回は、ラドー「トゥルー シークレット オートマティック」のレビューであるが、時計の話に入る前に、まず“マスター・オブ・マテリアルズ”と呼ばれる同社について述べたい。

 ラドーは、1962年にハードメタル(タングステンカーバイト)を用いた「ダイアスター」を発表し、以降、傷付きにくく審美性に優れる素材を他社に先駆けて採用してきた。86年にはブレスレットにセラミックスを用いた「インテグラル」、90年にはブレスレットだけでなくケースやリュウズまでセラミックス化を果たした「セラミカ」を発表し、それまで主に医療や航空分野で使われていたセラミックスを時計の素材として周知させた。このセラミックスは、原料となる酸化ジルコニウムを焼成し製造しているが、焼成時に約23%収縮するため、それを見越して設計製造するという高い技術力が必要であった。また、初期は黒色のみの展開であったが、91年の「クポール」でホワイトセラミックスを採用したことを皮切りに、今ではカラーバリエーションも豊富となった。93年にはセラミックスを更に進化させ、メタル合金を混合させたセラモスという素材を開発し、98年にはプラズマハイテクセラミックスを開発している。

 プラズマハイテクセラミックスは「トゥルー シークレット オートマティック」にも採用されているため、もう少し説明を加えよう。その作り方はまず、酸化ジルコニウムを成型、高温で焼成し、ハイテクセラミックスにした後、特殊な炉の中に入れる。炉の中を真空にした状態でメタンガスと水素ガスを満たし、そのガスを熱しプラズマ化させる。そうして発生した炭素イオンと水素イオンをハイテクセラミックスに衝突させることによって、表層に金属のような質感を持つ炭化ジルコニウムを形成させる。これこそが、メタリックに輝くプラズマハイテクセラミックスの正体である。セラモスが金属を含むのに対し、プラズマハイテクセラミックスでは金属が一切使用されていない。

 素材だけでなく、工法の進化も進んでいる。従来、セラミックス製ケースには、ムーブメントを固定するために金属等のスペーサーが必要であった。セラミックスの成型方法として主流であったプレス成型では、ムーブメントと嵌合させられるほど、セラミックスを精密に成型することが困難であったからだ。ラドーはこれに対し、射出成型を用いることで精度の高いセラミックス成型を実現し、スペーサーを排することに成功した。これは、長年セラミックスを操ってきた同社だからこそ成しえたことであろう。同社が“マスター・オブ・マテリアルズ”と呼ばれるのも納得である。


ラドー「トゥルー シークレット オートマティック」

 それでは今作の話に入ろう。まずは外観から。「トゥルー シークレット オートマティック」は、一見して分かる通りユニークなデザインを有している。ダイアル上には一切のインデックスがなく、3針以外は3時位置にブランドロゴ、6時位置に「SWISS MADE」の文字、12時位置にオープンハートがあるだけだ。本来時計が持つべき、正確な時刻表示という機能を半ば放棄している。ダイアルのカラーは、グラデーションのかかったサンレイ仕上げのグリーンである。ケースの内側までグリーンに彩ることで、より深みを与えている。サンレイの中心はダイアルのセンターではなく、12時位置のオープンハートだ。

トゥルー シークレット オートマティック

本当に金属を使用していないのかと疑ってしまうほど、金属と比べても遜色のない高級感のある適度な重さとひやりとした肌触りを持つ。意外にも大体の時刻を知ることができるが、その正確さは使用者の勘に依存する。かつて人々が太陽の傾きでおおよその時刻を知ったように、おおらかな気持ちを持つのが、このモデルとの正しい付き合い方だ。

 ケースとブレスレットは、プラズマハイテクセラミックス製である。少し黒みがかったガンメタルのような色合いだが、その輝きや持った感触は金属に非常に近く、言われなければセラミックスであるとは気付かないのではないだろうか。セラミックスの特徴のひとつとして、アレルギーを起こしにくいことが挙げられる。金属感を持つプラズマハイテクセラミックスは、同じく低アレルギー素材として知られるチタンにとって、強力なライバルとなるだろう。ケースからブレスレットへは曲線が連続してつながり、一体感を見せる。ぬめりと光を反射する姿には、無機質な鋭さは感じられない。

 時計らしからぬダイアルと有機的なフォルムは、モノというよりは生き物のような印象を受ける。先述したようにオープンハートにサンレイの中心が置かれているため、視線は自然とヒゲゼンマイの収縮するテンプと耐震装置のルビーに引き込まれる。それがまるで心臓の鼓動のように見え、インデックスのないダイアルは、時が刻まれるものではなく、断続的に流れ続けるものであることを表しているように感じる。変な例えではあるが、もし時間が生き物であったら、きっとこのような姿かたちをしていたのではないだろうか。


耐傷性、耐アレルギー性、金属感を併せ持つ、プラズマハイテクセラミックス

 実際に着用してみる。全身鏡面仕上げのこのモデルは、使用することを若干ためらう。自分の所有物であるならばいざ知らず、借りた時計を傷付けてしまったとなれば大変なことである。とはいえ、着けなければレビューにならないので、筆者が通常時計を使用するように、思い切ってデスクワークや休日のお出かけに使ってみた。

トゥルー シークレット オートマティック

水面のようなきらめきを放つブレスレットは、ケースから連続した一体感のあるデザインを持つ。グリーングラデーションのダイアルはサンレイに仕上げられている。サンレイの中心はオープンハートとなっており、自然と視線がテンプに引き込まれる。

 着用感は良く、重量バランスは優れている。これは、厚みを抑えたケースと、しっかりしたブレスレット、バタフライバックルによるものだろう。セラミックスはステンレススティールに比べて軽量であるが、チタンのような劇的な軽さはない。この点は賛否あると思うが、筆者はチタンの拍子抜けするほどの軽さをあまり好まない。ツールウォッチと割り切るのであればこれ以上ない素材であると思うが、一方で高級感を損なわない重量を持っていて欲しいと考えている。その点で、セラミックスは軽量感と高級感がいい塩梅で両立している素材だと言えよう。ちなみに、裏蓋はチタン製である。

 少し気になったのは、ケースサイドだ。緩やかなカーブがかかっているものの、基本的に平坦でのっぺりとした印象を受ける。これによって、実際の10.4mmという数値よりもケースに厚みがあるように見えてしまう。さまざまなブランドが、ベゼルや裏蓋の厚みを調節することでミドルケース自体の厚みを減らし、視覚的に薄く見せる工夫を凝らしているが、今作ではベゼルレスのデザインであるため、それが難しいのだろう。

トゥルー シークレット オートマティック

筆者がデスクワークで使っても傷が付かなかった、プラズマハイテクセラミックス製のブレスレット。適度な重量感は、負担にならない軽快さと高級感を持ち合わせている。

 長時間使用していく中で気付かされることも多い。まず、まったく分からないだろうと想定していた時刻は、多少の誤差はあるにせよ、割と正確に読み取れることに気付いた。ただし、これをあてにして電車に乗ろうと駅に向かうことや、友人と待ち合わせすることは控えた方が良いだろう。この時計の面白いところは、意識的に時刻を見ようとしなければ時間が分からない点だ。まるで常時点灯型ではないスマートウォッチのようであるが、これによって時計を見ても過度に時間を意識するようなことはなく、ゆったりと構えることができる。オフの日にはもってこいである。正確な時間を知りたければ、ポケットからスマートフォンを取り出せばよい。

 鏡面仕上げのケースやブレスレットは、デスクワークで使用しても(少なくとも目視では)まったく傷が付いていなかった。ステンレススティールであれば、ノートパソコンのパームレストに擦れて傷が付き、白く曇ってしまうところであるが、セラミックス製のこのモデルでは、当初の輝きが損なわれていなかった。着用前に抱いていた、傷付けてしまうのではないかという懸念は霧消した。

 ムーブメントはキャリバーETA2824-2をベースとした、キャリバーETA C07が搭載されている。主に脱進機と香箱に改良が加えられており、高い信頼性をそのままに約80時間というロングパワーリザーブ化とフリースプラング化が果たされている。振動数は8振動(2万8800振動/時)から6振動(2万1600振動/時)に落とされ、スペックアップに伴い耐久性にも配慮されていることが分かる。

 リュウズはねじ込み式ではないため、そのままのポジションで手巻きをすることができる。手巻きをした感覚は、“ジャリジャリ”というベースキャリバーのそれに近い。日付表示機能はないため、1段リュウズを引っ張ることで時刻調整ができる。針合わせの際は心許なさはまったくなく、しっかり狙った位置に針を調整することが可能だ。もっともインデックスがないため、正確に時刻を合わせようとするには毎正時などのタイミングでなければ難しい。ハック機能があるため、リュウズが1段引きになっているときには、テンプが停止する。オープンハートのため、テンプが止まる瞬間を直接見ることができるのだが、個人的にこれは、時計の首を絞めているようで罪悪感を覚える。このモデルに関してそれをより強く感じたのは、やはり生き物に似ていると思ったからだろうか。


隠された“秘密”を夢想する

トゥルー シークレット オートマティック

スマートフォンやパソコンから距離を置き、デジタルデトックスを楽しむにはもってこいの時計ではないだろうか。旅先に持ち出せば、ゆったりとした時間の中で、本来の時の流れを思い出せるかもしれない。

 セラミックスは耐傷性や耐アレルギー性に優れるが、通常その見た目は独特のものである。艶やかで黒または白が一般的だ。それゆえにシーンによっては華美すぎる、あるいはカジュアルすぎる印象を与えることもあるだろう。ラドーが開発したプラズマハイテクセラミックスは、セラミックスの持つ利点をそのままに金属感のある外装を実現させ、それを克服した。金属と見紛う質感ながら、デスクワークにも耐える鏡面のブレスレットは、その好例であろう。先進的な材料を用いるブランドは決して少なくない。しかしながら長年の経験を積み重ねて生まれた確かな実用性を持ち、尚且つそれを手の届きやすい価格で提供する同社は、まさに“マスター・オブ・マテリアルズ”と呼ぶに相応しい、唯一無二の存在だと言えるだろう。

 さて、ここで改めてモデル名を見てみる。何度か繰り返したようにこの時計は、「トゥルー シークレット オートマティック」である。“シークレット”とは秘密を意味する言葉であるが、この秘密は何であったのか。あくまでも筆者の想像に過ぎないが、それは、忙しない生活の中で我々が忘れていた、時間の本来の姿のことではないだろうか。時間とは1秒1秒機械的に刻むものではなく、絶えず流れ移ろいゆくものである。誰もが知っているはずなのに気付かないそんな秘密を、この時計はそっと囁いてくれる。



Contact Info: ラドー/スウォッチ グループ ジャパン Tel.03-6254-7330


ハイテクセラミックスの先駆者 ラドーの系譜

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ハイテクセラミックスの革新者ラドーによる、新色&モノブロック構造の「トゥルー シンライン アニマ」

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ラドーよりミニマルな文字盤の「トゥルー シークレット オートマティック」が登場

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