『クロノス日本版』92号でも書いたとおり(読んでない方はご購入よろしくお願いします!)、2020年はベーシックウォッチが大豊作の年だった。今年、各社は新製品の発表を控えたが、いわゆる定番であるベーシックは手堅く売れると判断したのだろう。結果、20年はベーシックウォッチの当たり年となった。どのモデルも注目に値するが、今回は編集部がフォーカスしたい、そして読者の関心が高いであろう3本を比較していく。
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
(2020年12月29日掲載)
そのモデルとは、ようやく決定版が出たIWC「ポルトギーゼ・オートマティック40」、往年の輝きを再び取り戻したジャガー・ルクルト「マスター・コントロール・デイト」、そして掛け値なしに素晴らしいグランドセイコー「グランドセイコー60周年記念限定モデル SLGH003」だ。ちなみに筆者は「ギーゼマニア」なので、クロノスで挙げる2020年のベストウォッチにポルトギーゼを挙げた。
各メーカーの違いが明確な自動巻きムーブメント
IWC「ポルトギーゼ・オートマティック40」、ジャガー・ルクルト「マスター・コントロール・デイト」、そしてグランドセイコー「グランドセイコー60周年記念限定モデル SLGH003」は、現在の定番機に相応しい自社製ムーブメントを載せている。基本スペックを再掲する。
2020年にリリースされたベーシックウォッチ3本は、定番時計として最も重要な要素、つまりパッケージングに優れている。3モデルの基本スペックは以下の通り。
IWC「ポルトギーゼ・オートマティック40」
ジャガー・ルクルト「マスター・コントロール・デイト」
グランドセイコー「グランドセイコー60周年記念限定モデル SLGH003」
3ブランドの自動巻き機構へのアプローチ比較
まず見るべきは自動巻き機構である。00年代にリリースされた自社製自動巻きの多くは、基本的にETAやジャガー・ルクルトの代替機でしかなかった。当然設計もETAやジャガー・ルクルトに似ており、デスクワーカーの増えた現在では、巻き上がりに難があった。対して、10年以降の新世代自動巻きは、明らかに巻き上げ効率の改善が図られている。3モデルの採用した自動巻きは、今の自動巻きに求められるものを踏まえた上で、各社の個性を色濃く反映したものだ。
IWC「ペラトン自動巻き」をより強固に
IWCが採用したのは、爪で巻き上げる定番のペラトン自動巻きである。1950年に完成したこの自動巻きは、大きくてスペースを取る反面、デスクワークでもよく巻き上がる上、耐久性も極めて高い。そのため、IWCはその基本設計をほぼ変えることなく、ペラトン自動巻き機構を今なお用いている。2000年に発表された「ポルトギーゼ2000」とその後継機である「ポルトギーゼ・オートマティック」(Cal.50000系及び51000系搭載機)の自動巻き機構は、実のところ、1960年代半ばに設計されたCal.8541の自動巻き機構をそっくり転用したものだ。
この自動巻き機構の一部素材をより硬いセラミックスに改めたのが、現行ポルトギーゼ・オートマティックの採用するCal.52010である。自動巻き機構の基本設計はほぼ同じだが、巻き上げるための歯車と爪がセラミックスに変更された結果、耐久性はいっそう改善された。IWCの設計者曰く「自動巻き機構はほぼ摩耗しない」とのこと。つまり、長期にわたっても巻き上げ効率が悪くなる心配はないだろう。
Cal.52010の自動巻き機構を転用したのが、ポルトギーゼ・オートマティック40が搭載するCal.82000系となる。加えて、巻き上げ車を中空にすることで、自動巻き機構の慣性をさらに下げた。IWCはアナウンスしていないが、自動巻きが軽くなったため、自動巻き自体の効率は、52000系よりも優れているだろう。
ジャガー・ルクルト「片方向巻き上げ」でデスクワーク時の高効率化
デスクワーク時の高い巻き上げ効率に特化したのが、ジャガー・ルクルトの899系である。同社は長らく、小さな歯車が首を振るスイッチングロッカー式の両方向自動巻きを採用していた。これは摩耗しにくくコンパクトだが、巻き上げ効率は高くなかった。そのため、スイッチングロッカー自動巻きを採用できるのは、ローターに比重の重い金やプラチナを使える、一部の高級メーカーに限られた。しかしながら、デスクワーク時に巻き上がるとは言えなかったし、自動巻き機構が油切れを起こすと、たちまち巻き上がらなくなった。
ジャガー・ルクルトはスイッチングロッカーの改良に努めてきたが、04年以降は一転して、シンプルな片方向巻き上げ自動巻きを採用するようになった。これは巻き上げ時のショックが大きい反面、デスクワークでも極めてよく巻き上がるというメリットを持つ。現在多くのメーカーは片方向巻き上げ自動巻きを採用するようになったが、ル・サンティエの老舗は、そのメリットを15年も前に見出していたのである。
もっとも、ジャガー・ルクルトが片方向巻き上げを大々的に採用できた理由は、ムーブメントが薄いためではなかったか。厚いムーブメントに片方向巻き上げを採用すると、ローターが重くなり、巻き上げ時のショックは大きくなる。自動巻きクロノグラフのETA7750が好例だ。
対して薄いムーブメントを持つジャガー・ルクルトは、片方向巻き上げに替えても、巻き上げ時のショックを小さくできる。高級というイメージを損ねることなく、片方向巻き上げを搭載したのは、さすがにジャガー・ルクルトというほかない。筆者は最新版の899を触っていないが、片方向巻き上げに変更された第1作は使ったことがある。その経験を言うと、新しい899も、やはり巻き上げ効率は高いはずだ。
グランドセイコー「リバーサー」を磨き上げる
量産機向けのリバーサーを磨き上げたのが、セイコーの9SA5である。基本的に歯車だけで構成されるリバーサーは、生産性が極めて高く、設計が良ければデスクワークでもよく巻き上がる。ETAだけでなく、ロレックスもリバーサーを採用してきた理由だ。もっとも、リバーサーには、摩耗しやすく、自動巻き機構が重いと巻き上がりにくいという弱点がある。軽くすれば巻き上げ効率は良くなるが、耐久性は下がってしまう。対してロレックスは、リバーサーに硬化処理した軽いアルミニウムを使うことで、耐久性と高い巻き上げ効率を両立させた。
1998年に発表されたグランドセイコー向けの9S55は、自動巻き機構に、諏訪精工舎(現セイコーエプソン)が開発したラチェット式のマジックレバーを採用していた。しかし、いっそうの巻き上げ効率を得るため、9S65系(とその派生機)では標準的なリバーサーに改められた。普通、ラチェットからリバーサーへの変更は「改悪」である。しかしセイコーは細かく手を入れて、リバーサーの弱点を丁寧に潰した。グランドセイコーを含む、セイコー自動巻きの美点は、高い巻き上げ効率にあるが、まさかリバーサーで、いっそう巻き上げ効率を上げるとは思ってもみなかった。
9S65でセイコーが取ったアプローチはロレックスのそれに近い。自動巻き機構の慣性を下げることで巻き上げ効率を高め、部品に特殊な処理を施すことで、リバーサーの耐久性を高める。セイコーはこの手法によほど自信を持ったのか、9SA5にも同様のコンパクトなリバーサーを採用した。筆者は9SA5をテストしていないが、9S65を使った経験から言うと、自動巻き機構はやはり優秀であるはずだ。また、他社のリバーサーのように、メンテナンス時に交換する必要もないだろう。
https://www.webchronos.net/features/57701/
https://www.webchronos.net/features/44955/
https://www.webchronos.net/features/44933/
https://www.webchronos.net/features/57356/