今回、グランドセイコーUSAの社長であるブリス・ル・トロアデックから興味深い話を聞くことができた。ル・トロアデックは、2018年秋のGrand Seiko of America設立直前である2017年5月に、グランドセイコーUSA会長兼CEOの内藤昭男氏率いるチームに参加した人物だ。そんなエグゼクティブが、グランドセイコーにおけるブランド戦略に始まり、なぜコレクターにとってこのジャパン・ブランドが魅力的なのかを詳細に語ってくれた。
Text by Roger Ruegger
2021年1月26日掲載記事
グランドセイコー USA社長 ブリス・ル・トロアデック
WatchTime:グランドセイコーにおけるあなたの3年のキャリアの間で、特に印象的なハイライトはどのようなものでしょうか?
ブリス・ル・トロアデック:ひとつの達成項目として、ブランド認知度の確立とその順調な進化が挙げられます。2017年頃までグランドセイコーは、アメリカのリテーラーと顧客から適切な評価を得ていませんでした。しかし私自身は、熱狂的に受け入れられる土壌があると考えていたのです。グランドセイコーのコアなコレクターと、それに携わるリテーラーやウォッチコミュニティへの影響力のおかげで、ブランド認知度が劇的に変化していく様子は、まさに素晴らしいのひと言に尽きました。日本の時計作りに関する誤った考えは、すぐに他とは異なるホットなブランドに対する見方へと変化し、時計好事家における興味の対象を広げていく最適な状況を作りだしました。2017年5月に、ある重要なコレクターであり日本の時計をまったく購入してこなかった方に、グランドセイコーを提案したことがあります。グランドセイコーというブランドの独自性を1時間かけて説明した後には、このコレクターは完全にスプリングドライブ機構に魅せられてしまい、もしスイス・メジャーグループの技術であれば、プライスタグにもうひとつ0を追加しても販売できるだろうと確信していました。そこでこの日以来、顧客に対しスプリングドライブについての情報提供を強化することに注力したのですが、予想どおり大きな成功を収めることができました。グランドセイコーのチームに加わったこの3年間は、本当に早く過ぎたように感じます。毎日を一緒に過ごすGrand Seiko US、そして日本側のスタッフは、今まで仕事を一緒に働いたチームのなかでも特にエネルギーにあふれた熱心なエキスパートで構成されており、そのメンバーに加われたことをとても嬉しく思っています。2017年以降、アメリカは経営陣にとって最優先マーケットであり、ゆえに会社側からの注力は並大抵のものではありません。
WatchTime:どのような嗜好を持つ顧客に、グランドセイコーは訴求すると考えますか?
ブリス・ル・トロアデック:現在の状況を見ると、グランドセイコーの顧客はスイスメイド以外の時計に対し非常にオープンであり、ブランドネームに対する投資よりも、機能性とクラフトマンシップに重きをおいているように感じます。新しい顧客層にグランドセイコーが訴求する部分は、そのイメージや情報発信の仕方、そして技術力にあると思います。グランドセイコーの顧客像が示す、具体的なプロフィールや年齢のセグメントといったデータは存在しないのですが、全体に共通して言えることは、本当の意味での時計作りに対する興味と理解、ディテールやグランドセイコーが提供する仕上げのクォリティ、それにスプリングドライブ技術の独自性に対する強い関心があるだろうと言うこと。ゆえにグランドセイコーの顧客像は、技術志向でありつつ外観に対する高い美意識を持つ人ということになるでしょう。顧客の方々がグランドセイコーに対し、もっと親近感を持っていただけるよう今後数年努力を続け、ポートフォリオへの期待感が高まるようなステージを用意したいと考えています。日本特有の「改善」という哲学にならい、クラフトマンシップ、審美性、精度、精密さにおいて常に最高な状態のグランドセイコーを探求し続けることで、それが実現できると私は信じています。
WatchTime:グランドセイコーのようなブランドにとって、ブティックの存在が非常に重要だというのはどうしてでしょうか?
ブリス・ル・トロアデック:過去3年間における私の使命は、仕事上のパートナーやマーケット、そして顧客たちにグランドセイコーという独自性の高いブランドについて認知していただくことでした。私たちは、すでに認知度も高く販促においても成功を収めている他ブランドよりも、自社の歴史やクラフトマンシップについて深いレベルの知識・理解を得ていることに誇りを持っています。確かに市場や顧客の方々が、控えめではありますが、グランドセイコーの奥深い価値を理解するには若干の努力を要します。ですので文化に根差した着眼点や日本の芸術的かつ自然由来の発想など、ブランドにおけるコアバリューについて発信していくことに焦点を当てました。グランドセイコーのブティックは、時計のデザインに反映され、手仕上げの技に現れたこれらのエッセンスを発見し、なおかつおもてなしや献身的なホスピタリティが体験できる最初の場と言えるもの。スプリングドライブに関する技術を、グランドセイコー独自の特性として展開していく決定がなされましたが、これは非常に技術的にも難易度の高いアプローチが必要になるはずです。
WatchTime:それにしてもなぜデジタル時代の今、機械式時計に注目が集まっているのでしょう?
ブリス・ル・トロアデック:機械式ムーブメントは人生と過ぎゆく時間を力強く、正確かつ興味深いものとして具現化する装置です。日本には人生を象徴するものとして、過ぎゆく時間に感謝し、敬意を払う文化があります。個人的には、すべての人がそのことを心に留め置く必要があり、機械式時計は数世代にわたり人生に関わってきた最も伝統的な時間計測の手段ではないかと考えています。人と機械式時計のつながりは、コンピューターデバイスとの関わりなどとはかけ離れた人間的なものと言えるので、このふたつはまったく関係性のない話題として区別すべきだと思います。
WatchTime:あなたにとっての最初の時計を覚えていますか?
ブリス・ル・トロアデック:私の祖父は時計好きで、常に新しい技術に魅せられていました。現在では私の父に譲られましたが、高価で美しいスイス製のタイムピースを所有していました。しかしセイコーがクォーツ時計のムーブメントを開発したときに、この新しい技術に夢中になったのです。だからでしょう、祖父が私に贈ってくれた時計はセイコーのクォーツモデルであり、私にとってそれが最初の時計となったのです。初めてニューヨークへ旅した1997年のことを思い出します。その旅行において最初にしたことのひとつが、フィフス・アベニューにある小さなショップでのクォーツ時計の購入でした。私の初めてのこの買い物が、どのブランドだったか分かりますか? そう、セイコーです。私のバックグラウンドには早い時代からセイコーが存在し、そこへ帰結していくのはある意味自然なことなのです。
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