ピアジェ「アルティプラノ」にまつわる名前の秘密を探り、その逸話とともに紹介

どんなものにも名前があり、名前にはどれも意味や名付けられた理由がある。では、有名なあの時計のあの名前には、どんな由来があるのだろうか? このコラムでは、時計にまつわる名前の秘密を探り、その逸話とともに紹介する。
今回は、超薄型時計の名手として知られるピアジェを代表するモデルのひとつ「アルティプラノ」の名前の由来をひもとく。

福田 豊:取材・文 Text by Yutaka Fukuda
(2021年2月6日掲載記事)

ピアジェ アルティプラノ

ピアジェ アルティプラノ

Photograph by Masanori Yoshie
ピアジェ アルティプラノ
1998年に発表された手巻きの薄型ムーブメントCal.430Pを搭載して誕生したのが、ピアジェ アルティプラノ コレクション。写真はその現行モデル。ピアジェらしい薄型ケースに現代風のディテールを巧みに盛り込んでいる。手巻き(Cal.430P)。2万1600振動/時。18石。パワーリザーブ約43時間。18Kホワイトゴールドケース(直径38mm)。3気圧防水。189万6000円(税別)。

 時計好きであれば、きっとご記憶の方も多いだろう。ピアジェは2017年に「アルティプラノ 60年の軌跡」という展示イベントを開催。このイベントで「アルティプラノ」の誕生は1957年。ファーストモデルは「Cal.9P」搭載モデルだと紹介している。

 これと同じ話は、ピアジェの現在のホームページでも確認できる。「9P」はピアジェが1957年に発表した最初の超薄型ムーブメント。ピアジェを「超薄型の名手」として世に知らしめた歴史的名機だ。

1957年に発表されたピアジェ初の薄型ムーブメントCal.9Pを搭載した薄型腕時計。まだ「アルティプラノ」という名は与えられていないが、その原点モデルであると2017年開催のイベント「アルティプラノ 60年の軌跡」で紹介された。

Cal.9P
ピアジェ初の薄型ムーブメントとして1957年に登場したCal.9P。ムーブメントの厚さを2mmに抑えたにもかかわらず、オフセットされた輪列を2枚のブリッジで押さえることで、薄型とは思えない頑強さをかなえた。1980年にはムーブメントを0.15mm厚くして生産性を高めたCal.9P2に進化(写真はCal.9P2)。直径20.5mm、厚さ2mm(Cal.9P)、2.15mm(Cal.9P2)。手巻き。1万9800振動/時。18石。パワーリザーブ約36時間。

 そして、その「9P」の後継機として、同じく手巻きの超薄型ムーブメント「430P」を1998年に発表。同年に「430P」搭載の新作を「アルティプラノ」と名付け発表した。

 つまり「アルティプラノ」は「9P」の直系である「430P」により誕生した。よって「アルティプラノ」の祖先が1957年の「9P」搭載モデルである、というのは間違いのない事実と言えるだろう。

 だが、しかしだ。これも時計好きであれば、ご記憶の方もおられるだろう。1998年に発表された「アルティプラノ」は、1957年の「9P」搭載モデルとはまったく似ていないのだ。

 実はこの時期、ピアジェは変革期にあった。1980年代には時計業界第6位の地位を獲得するなど順調に事業を拡大していたものの、一方では時代の波に乗り遅れつつもあった。また、長く続いたファミリー経営の弊害も起きていた。そこで1990年に新社長としてフランシス・グーテンが就任。着任した当初、年産1万2000本に対し9000種類もの品番を抱えていたのを、年産を2万本に伸ばし、かつ品番を500種類まで絞り込むなど、マーケティングやブランディングを大きく刷新。さらに1999年の創業125周年の節目を前に、マニュファクチュールに回帰し、新たに若い世代に向けた新モデルの開発に着手。そのひとつが、新開発ムーブメント「430P」を搭載した、まったく新しいモデル「アルティプラノ」であったのだ。

1998年に発表された手巻きの薄型ムーブメントCal.430Pを搭載して誕生した「アルティプラノ」という名を初めて与えられたファーストモデル。写真のスクエアケースのほか、ラウンドケースのモデルもあった。

Cal.430P
Cal.9Pに置き換わる薄型手巻きムーブメント。オフセットされた輪列や、その輪列を強固な2枚の受けで支える設計はCal.9Pに同じだが、秒針停止機能が追加された。直径20.5mm、厚さ2.1mm。手巻き。2万1600振動/時。18石。パワーリザーブ約43時間。

1999年に発表されたラウンドケースのアルティプラノ。ブルーダイアルに放射状に配されたローマンインデックスが特徴的。手巻きの薄型ムーブメントCal.430Pを搭載する。

 かくして1998年に発表された「アルティプラノ」は、スクエアケースとラウンドケースの2モデルをラインナップ。翌1999年にはアラビア数字インデックスに加え、ローマ数字インデックスのモデルもローンチされた。手巻きの「430P」に加え、クォーツ式ムーブメントが用意されたのも特筆すべき点であろう。そして最大の特徴がダイアルである。アラビア数字とローマ数字の2種類のインデックスは、そのいずれもが放射状に配されたダイナミックでグラフィカルなデザインを持つ。2000年のカタログを見ると、3時位置に「PIAGET」のブランドロゴが配された変則的なレイアウトが目を引く。つまり「アルティプラノ」は、1957年の「9P」搭載モデルの簡潔で静謐なイメージとはまったく異なる、まさに若々しくモダンでモードな印象のモデルだったのである。

 しかも、さらに驚くのは、そもそも「アルティプラノ」はスクエアケースがメインであったようなのだ。というのも、2003年にラージサイズの「アルティプラノ XL」が発表されたとき、その「XL」になったのはスクエアケースのみ。その後、2004年にラウンドケースのXLモデルが発表された際のプレスリリースには「スクエア型XLモデルのヒットに続き、ピアジェは本年、ラウンド型アルティプラノ XLを発売します」とあり、それに続いてこう書かれていた。

「このコレクションの最初のモデルである、模範的なプロポーションのスクエア型ウォッチは、モントレ・パッション/ウーレン・ヴェルト誌の“1998年最優秀時計”に選出されました。また、XLスクエア型バージョンで発売されたアルティプラノは、2003年、ジュネーブ時計グランプリにおいて最優秀超薄型時計にも選出されています」と。

 すなわち、コレクションの最初のモデルであり、模範的なプロポーションであり、複数の栄誉ある賞を受賞したのは、スクエアケースのモデルなのだ。やはりスクエアケースがメインだったのだろう。

アルティプラノ XL

2003年に発表された「アルティプラノ XL」のスクエアケースモデル。1998年に登場した初代アルティプラノのスクエアケースモデルに似ているが、大型化され、2000年のカタログでは3時位置にあった「PIAGET」のブランドロゴが当初の12時位置に戻された。18Kホワイトゴールドケース(ケース径33mm、厚さ4.2mm)。

 だが、この2004年はターニングポイントでもあったようだ。なぜなら、この2004年に発表されたラウンドケースの「アルティプラノ XL」がシンプルなバーインデックスに12時位置のブランドロゴという1957年の「9P」搭載モデルに近いデザインに変更され、以降、それが定着。今日まで続いているのだ。

 ただし、その後の「アルティプラノ」のすべてが「9P」搭載モデルのようになったわけではない。2006年には超薄型であることを利して時計を二段重ねにしたラウンド型のデュオフェイスを発表。2007年にはスクエア型のポケットウォッチを発表。2015年にはクロノグラフを発表などなど、「9P」搭載モデルとはほど遠いモデルが数多く開発されている。

 さらに言えば、2014年の「900P」に始まるケースをムーブメントと一体化させた超薄型のシリーズもどれもが「9P」搭載モデルにはまったく似ていない。2020年に製品化され、大きな話題になった「アルティプラノ アルティメート コンセプト」も然りである。

 だから「アルティプラノ」の祖先が1957年の「9P」搭載モデルであるというのは間違いなくても、「アルティプラノ」のファーストモデルが「9P」搭載モデルであるというのは無理がある。「アルティプラノ」が「9P」搭載モデルに似てきたのは途中から。そして一部のモデルだけなのだからだ。

 さて、「アルティプラノ」=「Altiplano」とはスペイン語で「高原」の意味。ピアジェは南米大陸のアルゼンチン、チリ、ペルー、ボリビアの4カ国にまたがる広大なアルティプラーノ高原をテーマにしたのだといっている。

 では、なぜそれが時計の名前になったのか? ピアジェは近年、ストーリーブックに次のように記している。

「アルティプラノとは、海抜平均3650mの高地に位置し、南米大陸の4カ国にまたがる広大な平原で見渡す限り地平線が続きます。その光景は1998年に誕生したコレクションのデザインのようにピュアで究極のシンプルさが絶対的なエレガンスを創り出しています」

 また、アルティプラーノ高原の純潔さがエレガントでシンプルな超薄型ウォッチのイメージにつながるため、というような説明もしている。

 しかし、1998年に「アルティプラノ」が発表されたときの紹介記事にこんな記述がある。一大特徴である放射状のインデックスは、地平線をイメージしたのだ、と。

 つまり「アルティプラノ」とは、放射状のインデックスにより果てしなく平らに続く高原の彼方の地平線を表したモデルに付けられた名前。しかも、その大地であるダイアルはラウンドではなくスクエアがより相応しい、というのが真相なのだろう。

 だから、もし1957年の「9P」搭載モデルが名前を付けられていても、決して「アルティプラノ」にはならなかったはず。やはり「アルティプラノ」のファーストモデルが「9P」搭載モデルであるというのは無理があるのだ。

 でも、まぁ、今日では「アルティプラノ」はピアジェの超薄型モデルの名前になっている。それは時計好きなら誰もが認めること。それでいいのだろう。


福田 豊/ふくだ・ゆたか
ライター、編集者。『LEON』『MADURO』などで男のライフスタイル全般について執筆。webマガジン『FORZA STYLE』にて時計連載や動画出演など多数。

Contact info: ピアジェ コンタクトセンター Tel.0120-73-1874



2020年 ピアジェの新作時計 極薄時計の記録を塗り替える新型モデルなど
ブライトリングの腕時計のなかから、フラッグシップコレクション「ナビタイマー」の現行モデルを紹介しよう。

https://www.webchronos.net/2020-new-watches/45300/
ピアジェ初の女性CEOが語る、技術と発想力が育んだ独自性

https://www.webchronos.net/features/48033/
手元に華やぎを添える、2020年のレディスジュエリーウォッチ10選

https://www.webchronos.net/features/54994/