創業から60年以上が経過したグランドセイコーが、海外市場に進出してからわずか10年というのは、にわかに信じがたい事実だ。そんな、グランドセイコーのエレガンスコレクションにラインナップされ、現代的なタイムゾーン機能と先進の高振動自動巻きムーブメントを搭載した「SBGJ219」を深く掘り下げてみたい。
グランドセイコー「エレガンスコレクション SBGJ219」
Text by Martina Richter
Edit by Yuzo Takeishi
2021年4月20日公開記事
グランドセイコーに最高品質の時計以外はいらない。日本のマニュファクチュールは、さかのぼること60年前にこの理念を掲げ、スイスの天文台コンクールに挑戦するために3万6000振動/時の高振動ムーブメントを開発した。当時すでに、高精度を実現するためには高い振動数が必要であるとの認識はあったが、この目標を達成するためには多くの技術的な課題をクリアしなければならなかった。
主ゼンマイにはふたつの役割がある。スピーディーな回転に必要十分な動力をテンプへ供給するとともに、長時間パワーリザーブを実現するために十分な動力を蓄えるというものだ。一方、輪列と脱進機は、それらにかかる強い力に耐えられる作りでなくてはならない。
1969年、グランドセイコーのキャリバー61系は、ヌーシャテル天文台のクロノメーターテストに合格。同じ頃、セイコーは世界で最も精度の高い時計製造に取り組んでおり、その結実である最初のクォーツ腕時計(セイコー アストロン)を発表するタイミングでもあった。そう考えれば、グランドセイコーの60周年記念コレクション用に新しく開発された9F85搭載のクォーツモデルと、最高品質の高振動ムーブメントを備えた機械式モデルの両方が並んでいることは、驚くべきことではない。そして後者のムーブメントは、今回のテスト機である「SBGJ219」に搭載されている。
新たなタイムゾーン表示を備えた高振動自動巻きムーブメント
グランドセイコーのエレガンスコレクション「SBGJ219」に搭載されている鼓動の速い心臓部はキャリバー9S86で、セイコーでは「ハイビート」と呼んでいる。そのベースとなったキャリバー9S85と同様、9S86も中3針だが、新しいムーブメントにはGMT機能が備わっている。もっとも、GMTという表現は誤解を招くかもしれない。なぜならこの新しいタイムゾーン機能は、グリニッジ標準時の時刻を表示するだけではないからだ。では、この機能の何が最新なのか? それは、リュウズを一段階引き出してタイムゾーンを変更する際、時針を1時間単位で進めたり戻したりできる点にある。
一方で4本目の針(GMT針)は、事前にセットしていたタイムゾーンの24時間針としてホームタイムを維持。時刻を変更している間、デイト表示は前進・後退に連動して切り替わるが、ムーブメントは動き続けているため、第2時間帯はキープされる仕組みとなっている。これはワールドワイドに活躍する人にとって重要であるだけでなく、常に最高の精度を実現するというグランドセイコーの理念を体現するものだ。グランドセイコーの最新の基準によると、静的精度は−3秒から+5秒(6姿勢差で17日間のテスト結果)。今回のテスト機ではさまざまな姿勢で+約3.5秒の数値を示し、基準値内であることを確認している。また、いくつかの姿勢においてはごくわずかな数値であったことは、特筆に値するだろう。
グランドセイコーのタイムゾーン機能は、オメガやブライトリング、ブルガリといったブランドが提供する性能に匹敵する。そして搭載するハイビートムーブメントは、完全巻き上げ時で約55時間というパワーリザーブを備えている。このロングパワーリザーブ設計は、新しいゼンマイによって実現したもの。ゼンマイは「スプロン530」として知られる合金を使用しており、開発に6年を要し、前モデルよりプラス約6%の動力を供給する。これにより高いトルクが担保され、テンプの高振動をサポートできるようになったわけだ。また、パワーリザーブは従来よりも5時間延長されるとともに、優れた耐腐食性、耐久性、耐磁性をも実現している。
加えて、革新的なMEMS(Micro Electro Machanical System)技術を用いたパーツの製造も、ムーブメントの精度にひと役買っている。MEMSはセイコー独自の技術で、もともとは半導体生産のために開発されたもので、MEMSの導入によって、より軽量なコンポーネントを、スムーズかつ精密に製造できるようになったガンギ車とレバーは1/1万mmの精度で製作され、パフォーマンスが大幅に向上。また新しいガンギ車の歯には、それぞれ潤滑油を保持する部分があるため、輪列の動きが非常に滑らかになっているのも特徴だ。
ハイビートムーブメントに対するグランドセイコーの矜持は、秒針の先端がしっかりと届いている文字盤外周に記された1/5秒スケールに見て取れる。これは、1967年に確立されたグランドセイコーの3針デザインを形成する要素のひとつで、「44GS」に採用されていた手法だ。滑らかなサテン仕上げの表面と美しく研磨されたエッジがシャープなコントラストを生み出している。また、ポリッシュ仕上げのアワーマーカーは文字盤センター側が面取りされ、ブラックダイアルの上できらめきを放つことがあるが、手首をわずかに動かすだけで時刻をしっかりと確認できる。一方、夜間の視認性については、グランドセイコー エレガンスコレクションのコンセプトからは外れている。
グランドセイコーにおいて、4本目の針は2002年に追加された。メインの針に用いられているドーフィン型とは異なったデザインで、マットな仕上げによって黒みがかったグレーとなっており、ともすると埋没してしまうが、先端には目を引く赤い矢印を備え、わずかに段差を設けた24時間リングをしっかりと指し示している。
自動巻き(Cal.9S86)。37石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約55時間。SS(直径39.5mmm、厚さ13.9mm)。日常生活防水。77万円(税込み)。
文字盤の多くの要素と同様、ケースのディテールもグランドセイコーのドレスコードに則っている。スリムで傾斜したベゼルはポリッシュ仕上げが施され、非常に魅力的だ。このベゼルがカーブのついたサファイアクリスタル製風防を取り囲み、「SBGJ219」のレトロな雰囲気をより強調している。一方、ケースの中央部はわずかに膨らんでいるため、他モデルとは差別化が図られているものの、ラグのファセットはグランドセイコーのスタイルを踏襲。直径約40mmと、決して小さいとは言えないサイズでありながら、ラグが緩やかなカーブを描いているため快適な装着感を実現しているのだ。また、サファイアクリスタル製ケースバックは6本のネジによって固定されており、ムーブメントの動きを鑑賞できるのも、時計愛好家にとってはうれしいポイントだろう。