「オクト フィニッシモ」コレクションで薄型化に舵を切ったブルガリ。しかし、その取り組みは一朝一夕に始まったものではない。ジェラルド・ジェンタとダニエル・ロートの工房をグループの傘下に収めて以降、ブルガリは迂遠とも思える時間をかけてマニュファクチュールとしての純度を高めてきた。その帰結が、この新しいパーペチュアルカレンダーである。
広田雅将(本誌):文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2021年7月号 掲載記事]
薄さだけでなく、視認性と耐久性を両立させた野心作
次々と「薄さのワールドレコード」を塗り替えてきたブルガリ。2021年に追加されたのは、やはり世界最薄の自動巻き永久カレンダーである。最新作の「オクト フィニッシモ パーペチュアル カレンダー」のケース厚はわずか5.8mm、ムーブメント単体に至っては厚さ2.75mmしかない。しかし、本作で見るべきは、薄さという記録以上に、ついにこのモデルを創り上げたブルガリの姿勢だろう。
次々と世界最薄記録を塗り替えてきたブルガリの機械式時計。7番目の世界記録をもたらしたのが、世界最薄の自動巻き永久カレンダーである。4つの表示を文字盤全体に分散させることで、視認性と薄さの両立に成功。また、モジュールではなく、ベースムーブメントと一体化させているため、理論上の耐久性も高い。自動巻き(Cal.BVL305)。30石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約60時間。Ti(直径40mm、厚さ5.8mm)。30m防水。予価683万1000円(税込み、9月発売予定)。
2000年にジェラルド・ジェンタとダニエル・ロートの工房を傘下に収めることで、ブルガリはソヌリやリピーター、トゥールビヨンなどを製造する設備と人員、そしてノウハウを手に入れた。しかし、同社はラインナップの拡充には用心深かった。まず、ブルガリがリリースしたのは、ジェンタやロートのムーブメントを転用した複雑時計。その設計は、ジェンタの工房で辣腕を振るった職人たちの流れを汲むいかにも重厚なものだった。
その後が面白い。古典的な複雑時計作りをマスターした後、ブルガリはこの複雑時計工房に、一転してベーシックなムーブメントの設計を行わせたのである。筆者は、ブルガリが旧ジェンタとロートの工房をもう少しうまく扱えると考えていたし、関係者にそう尋ねもした。しかし、ブルガリはもっと長いスパンでマニュファクチュール化に取り組んでいたのである。つまり、あえて量産品の設計を行わせることで、ブルガリはこの高級時計工房に普通の時計の在り方を「学ばせた」わけだ。完成したのが、本誌でも称賛したキャリバー191だった。
ちなみに、ソヌリを作れる工房ならば、薄型時計の設計・製造は難しくない。しかし、ブルガリはありきたりの薄型時計を望まなかった。薄いだけでなく、使える「オクト フィニッシモ」コレクションとは、そういったブルガリの取り組みがもたらしたものだったのである。キャリバー191という「寄り道」は、結果としてこの複雑時計工房に、新たな方向性を開いたのである。
使える薄型時計という在り方を一層強調したのが、オクト フィニッシモ パーペチュアル カレンダーである。カレンダー表示を文字盤全面に散らすことで、永久カレンダーにもかかわらず、ムーブメントの厚さは2.75mmにとどまった。
オクト フィニッシモの設計は、クロノグラフで一層冴えを見せるようになった。これはクラッチにあたるキャリングアームに突起を設け、それを受けの下に潜り込ませることで薄さと安定した動きを両立させたものである。引っ掛けてクラッチを固定するというかつてない設計は、いよいよブルガリが、薄型時計の設計に熟達したという証しだろう。
本作はカレンダー表示を分散することで、薄さと高い視認性を両立させたものだ。永久カレンダーの心臓部であるプログラムホイールと日付表示を動かすスネイルをレバーで連結するのは今までの永久カレンダーに同じ。だが、プログラムホイールを積層するのではなく、ふたつの部品に分けて薄くしている。また、レバーの先端をやはり受けの中に格納することで、薄さと安定した動きをもたらしている。薄さに甘んじるのではなく、きちんと使える仕立てを盛り込んだのが、いかにも今のブルガリらしい。
こういった配慮が隅々まで行き届いているのも、新しい永久カレンダーの魅力だ。カレンダー表示を極大化させただけでなく、日付や曜日表示に使われる書体も、過剰にならない程度に太くされている。これは、2021年に発表された新作に共通するもので、つまりブルガリは、使える時計という方向性を、いよいよパッケージとして打ち出すようになったと言えるだろう。
正直、実物を見るまで、筆者はこの時計にピンと来ていなかった。しかし、腕に置いてみると、その出来栄えには圧倒された。ひとつのパッケージとして見ると、これは歴代オクト フィニッシモの間違いなくベスト。これほどの時計を創り上げたブルガリの長い努力には、心から敬意を評したい。
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