ハリー・ウィンストンが生み出すレアタイムピースは、ほぼ全てがアーキテクチュアルなダイアル造形を持つ。新たにレギュレーター表示が盛り込まれた2021年の新作「プロジェクト Z15」も、それは同様だ。しかし近年のハリー・ウィンストンは、幾何学的なモチーフの単純な重なりから脱却して、さまざまな意味を持つ多様なモチーフを観念的に繋ぎ合わせた、新たな構築美を打ち出そうとしているようだ。
鈴木裕之:文 Text by Hiroyuki Suzuki
[クロノス日本版 2022年1月号掲載記事]
ザリウムケースに複雑機構を搭載した「プロジェクト Z」シリーズ
ザリウムケースと新機軸の複雑系ムーブメントで構成される「プロジェクト Z」の最新作。判読性に優れるレギュレーター表示を盛り込んだ他、レトログラード秒針のインジケーターを台形状に仕上げている。自動巻き(Cal.HW3207)。34石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約65時間。ザリウム(直径42.2mm、厚さ10.7mm)。10気圧防水。世界限定300本。297万円。
2004年から連作されているハリー・ウィンストンの「プロジェクト Z」。ジルコニウムをベースとする高耐性素材のザリウムは、軽量で耐蝕性に優れた特殊マテリアル。これをスポーツウォッチのケースとして用いることがプロジェクト Zのキーコンセプトだ。ハリー・ウィンストンが本格的な時計製造に取り組み始めたのは1989年からだが、その初作にはレトログラード式の永久カレンダーが盛り込まれていた。ハイジュエラーとして名を馳せていた同社が、初作からこんな複雑機構を発表すること自体、当時としては革新的な事件。以降レトログラード表示はハリー・ウィンストンのテクニカルアイコンとして認知されるようになった。
歴代プロジェクト Zでもそれは同様で、初作となった2004年の「プロジェクト Z1」はトリプルレトログラード積算針を持つクロノグラフを搭載。以降、21年に発表された「プロジェクト Z15」に至る全14作(Z7は欠番)の中で、7作がレトログラード表示を採用。特にスウォッチ グループ主導で開発が進められた16年初出の「プロジェクト Z10」以降は、全6作中の5作に何らかのレトログラード表示が盛り込まれている。これはかなりの高打率だ。
ザリウム製のケースを持つ「プロジェクト Z」は、一方で新しい複雑系ムーブメントを先行搭載するプラットフォームとしての役割も持っている。「プロジェクト Z15」に盛り込まれた新機軸は、ハリー・ウィンストン初となるレギュレーター表示。オフセットされたインダイアルはすでに同社製タイムピースの大きなアイコンとなっているが、本作ではそれを時表示のみに限定。長大な分針をセンター配置とすることで、分単位の読み取り性能を大きく向上させている。時・分・秒の表示を独立させることで判読性を高めることが、本来的なレギュレータークロックの姿。さらに懐中時代の時計師が調整用の基準時計としたことから、レギュレーター自体が高精度の暗喩ともなっている。Z15では秒表示を30秒レトログラードとしている。
近年のプロジェクト Z、さらにはハリー・ウィンストン製タイムピースが好むモチーフが、トラペゾイド(台形)状のモチーフだ。Z15ではレトログラード秒針のインジケーターに盛り込まれ、アーキテクチュアルなダイアル造形のキービジュアルとなっている。もっともこれはトラペゾイドではなく、本来はセミヘキサゴンなのだろう。エメラルドカットのダイヤモンドは、ジュエラーとしての同社を象徴するモチーフ。トラペゾイドはエメラルドカットを構成する8角形の一部を容易に想起させるものだ。
2020年初出の「プロジェクト Z14」を源流とする、21年新作のRGケース版。各部の受けがRG製とされただけでなく、トランスパレントのセコンドインジケーターをブラウンで仕立てて、色味の面でも調和を取っている。自動巻き(Cal.HW2202)。34石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約65時間。18KRG(直径42.2mm、厚さ10.7mm)。10気圧防水。555万5000円(税込み)。
前作の「プロジェクト Z14」から、通例に従って18KRGケースの「HW オーシャン・レトログラード セコンド オートマティック 42mm」として21年に再ローンチされたモデルは、歴代プロジェクト Zの中でも唯一となる〝段付き〞のベゼルとリュウズガードを持っていることが特徴だ。NY本店のファサードを飾る壮麗なアイアンゲートを共通のアイコンとして採り入れながらも、その一部がエメラルドカットにも通ずる角の立ったフォルムを想起させることも興味深い。
ハリー・ウィンストン製タイムピースの大きな魅力となっている、アーキテクチュアルな構築美。これはすでに建築的、または幾何学的なモチーフの重なりという次元から脱却して、さらに複雑な進化を遂げているようだ。レトログラードやオフセットダイアル、そして巧妙に隠されたセミヘキサゴンのフォルム。一見無秩序に思えるこれらの要素が一体となって、類い希な美しさを強調するのだ。
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