IWC「ポルトギーゼ・クロノグラフ」その完全な歴史 (1996年~2021年)

FEATUREその他
2021.12.10

完全な私見になるが、筆者はIWCのポルトギーゼという時計が大好きだ。端正で時間が見やすく、しかも堅牢なこのモデルは、良質な実用時計の条件を十二分に満たした傑作である。どのモデルも語るべきポイントを持っているが、意外なことに、大ヒット作である「ポルトギーゼ・クロノグラフ(旧ポルトギーゼ・クロノ・オートマティック)」のまとまった情報は皆無だ。あまりに定番過ぎるため、だろうか。

IWC

 だが、四半世紀以上作られてきたこのロングセラーは、実のところ(というか、かなりの努力を傾ければ)、他のポルトギーゼに肩を並べるほどの見どころに満ちている。今回は、そんなポルトギーゼ・クロノグラフの歴史とステキポイントを立体的に総ざらいするという、「ポル狂」による「ポル狂」のための記事だ。

広田雅将(本誌):文 Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
2021年12月10日掲載記事


ポルトギーゼとクロノの生い立ち

ポルトギーゼ・クロノグラフ

2020年に発表された新型ポルトギーゼ・クロノグラフ。Ref.3716(IW3716)。見た目は従来のRef.3714にほぼ同じだが、ムーブメントが自社製のC.69355に置き換わった。ラチェット式の両方向巻上げ自動巻きは、ショックが小さく、デスクワークでもよく巻き上がる。自動巻き(Cal.69355)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約48時間。18KRG及びSS(直径41mm、厚さ13.1mm)。30m防水。18KRGモデル:203万5000円(税込み)、SSモデル:90万7500円(税込み)。

 1939年、ふたりのポルトガル人の依頼によって、ポルトガル人こと「ポルトギーゼ」は誕生したと公式記録にはある。そもそもの彼らの依頼は「キャプテンが使える航海用時計を作ること」。ふたりの要求を受けたIWCは、高精度を実現するために、あえて大きな懐中時計用のムーブメントを採用し、そこに可能な限り大きな文字盤を加えた。

ポルトギーゼ・クロノグラフ

1939年にリリースされたと言われるオリジナルのポルトギーゼ(Ref.325)。ただ発表年には諸説ある。最初のモデルが搭載したのはCal.74。後に後継機のCal.98に変更された。直径36.6mmのムーブメントを格納するため、ケースサイズは42mmに拡大された。1993年の「ポルトギーゼ・ジュビリー」に酷似するが、これはオリジナルの325だ。

 これをミリタリーウォッチ風に仕立てなかったのが、IWCの巧みさだった。船乗りの中でも、船長クラスともなると、いわば名士である。おそらくIWCは、それを念頭に置いたのだろう。この大きな高精度時計に、らしからぬ端正な外装を与えたのである。もっとも、ケース以外のすべての部品を、既存の懐中時計から転用した初代ポルトギーゼが上品なデザインを持ったのは当然かもしれない。

 今でこそIWCを象徴するモデルとなったポルトギーゼ。しかし、このモデルは一部のコレクターのみが好む、ニッチな存在であり続けた。軍用時計でもないのに、直径42mmというサイズはあり得ない。IWCは1980年代にポルトギーゼの再生産を行うが、これは大きなサイズに拒否反応を示さない、ドイツ市場向けの限定版であったと言われている。

ポルトギーゼ・クロノグラフ

1996年にリリースされた「量産型」のポルトギーゼが、ポルトギーゼ・クロノグラフ・ラトラパント(Ref.3712)である。ETA7750から自動巻きを省いた手巻きムーブメントに、リヒャルト・ハブリングの設計したスプリットセコンドクロノグラフモジュールを加えたムーブメントを搭載していた。発表は96年とあるが、95年のカタログには記載されている。2004年まで製造。1996年にはPt250、18KWG100本で限定モデルが、97年には日本限定としてシースルーバックのモデルが100本製作された。

 転機が訪れたのは1993年のことである。創業125周年を祝うべく、IWCは懐中時計用のムーブメントを載せた復刻版の「ポルトギーゼ・ジュビリー」をリリース。そのスマッシュヒットに気を良くしたIWCは、ポルトギーゼのレギュラー化を考えた。といっても、当時、ポルトギーゼの大きなケースに載せられる自動巻きムーブメントは、ETAの自動巻きクロノグラフである7750しかない。IWCが、量産版のポルトギーゼにまず7750を搭載したのは当然の成り行きだろう。96年、IWCはまず7750から自動巻きを外した手巻き版の「ポルトギーゼ・クロノグラフ・ラトラパンテ」(Ref.3712)をリリース。98年には自動巻きの「ポルトギーゼ・クロノグラフ」(Ref.3714)を発表した。

ポルトギーゼ・クロノグラフ

1998年に加わったのが、自動巻き版のポルトギーゼ・クロノグラフ(Ref.3714)である。ムーブメントにはETA7750を改良したC.79240を搭載。2005年にはムーブメントを改良版のC.79350に変更した第二世代となるが、リファレンス番号やデザインは不変である。自動巻き。31石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約44時間。SS(直径40.9mm、厚さ12.6mm)。30m防水。1998年から2019年まで製造。

 このモデルが大ヒットを遂げた理由は、クロノグラフ化したにもかかわらず、オリジナルのデザインを一切損ねなかった点にある。デザインを監修したのは、時計史家のラインハルト・メイスと、IWCのCEOを務めていたギュンター・ブリュームラインと言われている。

 彼らは大きな文字盤と簡潔なデザインという特徴を守りつつも、いっそうの洗練を盛り込んでみせた。ETA7750の特徴である12時間積算計は廃止され、シンプルな縦二つ目のレイアウトに変更された。また、ベゼルはギリギリまで細くされ、見返しには秒表示が刻まれた。その細さを強調するように、すべての針は細身になり、とりわけクロノグラフ針は現行品ではあり得ないほど細く長くされた。

 IWCのうまさはケースデザインにも見て取れる。この時計が採用したETA7750は、厚さが7.95mmもある。そのためた普通に載せたのならば、ケースは “寸胴”になってしまう。対してIWCは裏蓋を鉢状に成形することで、ミドルケースを細く絞ったのである。厚い時計を、厚く見せないデザイン。この手法は、後に、マイスとブリュームラインが携わるA.ランゲ&ゾーネ「ダトグラフ」に転用されることとなる。

ポルトギーゼ・クロノグラフ

ユニークなカボション状のミニッツインデックスと、細身のリーフ針(IWCは当初スワロー針と呼んでいた)。極めて細いクロノグラフ針に注目。なお、IWCの伝統にしたがって、青い針は青焼きではなく塗装である。発表当初、ポルトギーゼ・クロノグラフの文字盤はスターン・クリエーション(旧スターン・フレール)が、針はシンガーが製作していた。丸くて立体的なミニッツインデックスは、スターンが得意とするものだ。その後、サプライヤーは変更されたが、仕上げはほぼそのまま踏襲されている。


ポルトギーゼ・クロノグラフを支えた心臓、ETA7750“改”

 1970年代に自社製ムーブメントの製造を止めたIWCは、主にジャガー・ルクルトとETAのエボーシュを採用した。他にもマーヴィンやバルジュー、フレデリック・ピゲなどもあるが、これらはごく少数である。

 メインとなったのは、ジャガー・ルクルトの3針自動巻きである889(900)と、メカクォーツクロノグラフの631だった。1980年代以降はETA2892A2や7750も採用するようになったが、ベーシックなものはポルシェデザインに限られ、IWC用には基本的に高度なモディファイを加えたもののみだった。IWCには、汎用品のETAを使うことに抵抗があったのかもしれない。

 しかし1990年代前半に、コレクションの拡充を図るべく、IWCはETA製エボーシュの全面採用を決めた。IWCがジャガー・ルクルトからETAに切り替えた理由には諸説ある。しかし、ギュンター・ブリュームラインはETAの安価なエボーシュを歓迎していたし(それをオーストリアのジャーナリストに公言したことで、いわゆるETA2010年問題が起こった、とも言われている)、技術部門の責任者であったクルト・クラウスはジャガー・ルクルト889の繊細さと神経質な針合わせ、そして低い巻き上げ効率を好まなかった。事実、ジャガー・ルクルトの889を搭載するインヂュニアを見たクルト・クラウスは、筆者に「巻き上げは良いかい?」と聞いてきた。また、ジャガー・ルクルトを”エボーシュ屋”から脱却させたいブリュームラインは、同じグループ内でさえも同社のエボーシュを使うことを好まなくなった、と言われている。以降、IWCはETA製エボーシュを載せた新コレクションを次々とリリースするようになる。主なモデルは以下の通り。

ポルトギーゼ・クロノグラフ

1990年代のIWCを代表するモデルが、GSTクロノ・オートマティック(Ref.3707)である。大ヒット作、ポルシェデザインの後継機として生まれたGSTコレクションは、IWCを支える屋台骨となった。さまざまなモデルがあるが、もっとも人気が高かったのはETA7750改のC.7922を載せた本作である。もっとも、GSTが売れたのは日本市場のみだった、とも言われている。自動巻き(Cal.7922)。25石。2万8000振動/時。パワーリザーブ約44時間。SSもしくはTi(直径39.6mm×厚さ14mm)。12気圧防水。1998年から2003年まで製造。

1994年:メカニカル・フリーガー・クロノグラフ Ref.3705(ETA7750ベース)
1996年:ポルトギーゼ・クロノグラフ・ラトラパント Ref.3712(ETA7750ベース)
1998年:GSTクロノ・オートマティック Ref.3707(ETA7750ベース)
1998年:ポルトギーゼ・クロノグラフ Ref.3714(ETA7750ベース)
1999年:マークXV Ref.3253(ETA2892A2ベース)

 大きく転換したのは、1998年のことだ。ETAの採用に積極的でなかったIWCは、この年を境に、ETA7750と2892A2を採用することになる。まず導入されたのは、GSTクロノ・オートマティックとポルトギーゼ・クロノグラフだった。もっとも、そのままエボーシュを載せなかったのはいかにもIWCらしい。搭載されたETA7750と2892A2”改”は、IWCに大きな名声と、自社製ムーブメントの製造ノウハウをもたらすことになる。


オタクしか喜ばない、IWCによるETAモディファイの歴史

 先述したとおり、IWCはポルシェデザインの各モデルに、すでにETA製のエボーシュを使っていた。多用されたのは自動巻きクロノグラフの7750である。1973年にリリースされた7750は、安価で高精度、かつ頑強という特徴を備えていたが、75年には生産中止。ETAが再生産を始めたのは83年のことだった。しかし、IWCはそれに先立つ80年もしくは81年に、7750をベースにしたC.790を採用していた。

 初の搭載モデルに選ばれたのは、IWCとポルシェデザインのコラボモデルである「チタニウムクロノ」(Ref.3700)。IWCの資料に従うと初出は1980年。しかし、82年のカタログに記載されていないことを考えれば、実際に販売されたのはそれ以降だろう。いつIWCが7750を採用したかは、関係者のコメントもバラバラで、正確な年代は確定できない。さておき、以降のIWCはETA7750に改良を加えて、第一級のムーブメントに育て上げた。以下はその系譜である。

C.7922

IWCによるETA7750改の完成形が、1998年にリリースされたC.7922である。ETAのトップグレードを改良したこのムーブメントは、高い振り角や微調整が可能なトリオビス緩急針などにより、クロノメーターを超える精度を叩き出した。直径30mm、厚さ7.95mm。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約44時間。片方向巻き上げ。トリオビス緩急針。初代ポルトギーゼ・クロノグラフが搭載したC.79240は、このムーブメントを改良したものである。

・C.790:第一世代。1980年、もしくは81年から88年。仕上げはニッケルメッキ。バルジュー式の緩急針付き。

・C.7901:第二世代。1991年から93年。仕上げは金メッキ。バルジュー式の緩急針付き。

・C.7902:第三世代。1988年から94年。C.790の後継機。仕上げは金メッキ。バルジュー式の緩急針付き。

・C.7912:第四世代。1995年から97年。Ca.7902の後継機。仕上げは金メッキ。エタクロン緩急針付き。96年のポルトギーゼ・クロノグラフ・ラトラパンテが採用したC.76240のベースムーブメント。

・C.7922:第五世代。1998年から2004年。C.7912の後継機、仕上げは金メッキ、トリオビス緩急針付き。初代ポルトギーゼ・クロノグラフグラフが採用したC.79240のベースムーブメント。

・C.79320:第六世代。2005年から20年。C.7922の後継機。仕上げはロジウムメッキ。トリオビス緩急針付き。二代目のポルトギーゼ・クロノグラフが採用したC.79350のベースムーブメント。

 1980年もしくは81年初出のC.790について、かのクルト・クラウスは次のように述べている。「当時のIWCには、機械式のクロノグラフを組み立てるノウハウがなかった。そのためETA7750の組立はケレック(旧ブライトリング・クロノメトリー)に依頼した」。ETAは7750を製造中止にした1975年に、すべての部品を廃棄した。しかし、IWCが80年もしくは81年にC.790をリリースしたことを考えると、部品は残されていた可能性が高い。あくまで推測だが、83年にETAが7750の再生産を始めるまで、IWCはケレックに残されていた、70年代の部品を使ってC.790を組み立てたのではないか。

クルト・クラウス

IWCの設計思想に大きな影響を与えたのが、クルト・クラウスである。ダ・ヴィンチの生みの親として知られる彼は、むしろ工業化のプロセスと品質の向上を得意とした。堅牢なムーブメントを好む彼の思想が、IWCにETA製エボーシュの採用を促すことになる。モジュールを好んだ彼だが「モジュールのクロノグラフを使うのはIWCらしくない」と述べる。

 IWCが81年に採用し、90年代半ば以降に広く使うようになったETA7750は、安価で高精度(高振動でテンワの慣性モーメントも大きかった)、かつ頑強という特徴を備えていた。しかし、クロノグラフを作動させるとテンプの振り角が大きく落ち、姿勢差誤差も過大という弱点があった。

 IWCが80年代にこの問題に手を付けなかった理由は、おそらく、ETA7750の組立をケレックに委託していたためだろう。また、主にポルシェデザインに使われていたため、IWCは精度に無頓着で良かったのかもしれない(1985年にリリースされたダ・ヴィンチ用の7750改は例外である)。事実、1988年の時点で、ETA製のエボーシュを使ったモデルは、55モデルのうち13しかなく、7750を搭載したモデルは、ダ・ヴィンチのRef.3750のみだった。

 しかし、1991年のC.7901以降、IWCはETA7750の組立を自社で行うようになり、それに併せて特別なチューンを施すようになった。R&D部の責任者であるステファン・イーネンはこう述べる。「IWCがETAのモディファイを行うようになったのは、自社で組み立てるようになった4桁ムーブメント以降である」。

ダ・ヴィンチ

ポルシェデザインを除き、1980年代のIWCはETA7750の採用に慎重だった。ほぼ唯一の例外が、1985年にリリースされた「ダ・ヴィンチ」(Ref.3750)である。搭載するムーブメントはC.790、後に7906(0)、79061、 79261。39石。2万8800振動/時。18KYG(直径39mm、厚さ14mm)。発表当初のC.790搭載機は、後のグランドコンプリケーションを思わせる凝った仕上げが施されていた。1985年から2003年まで製造。

 加えて、1995年以降のIWCは、メンテナンス部門が徹底した統計を取り、何が故障の原因かを詳細にサーベイするようになった。その結果は設計部門にフィードバックされ、後に、IWCの設計にはメンテナンス部門の人間が参画するようになった。こういった試みも、IWCの信頼性を大きく高めることとなった。

IWCがETA7750に施した改良(C.7901以降)は以下の通りである。

・香箱トルクの全数検査
・主な輪列にバレル研磨
・輪列の厳密なアガキ調整
・より厳密な精度調整
・精密な微調整が可能なトリオビス緩急針の採用(C.7922以降)

 これらの改良は、トリオビス緩急針をのぞいて、ETA2892A2ベースであるC.3752(現37000系)も同じである。後にIWCが採用したETA7750の大体ムーブメントであるSW500ベースも、トリオビスを除いて、ETA7750ベースに準じた改良が施されている。もっとも、ポルトギーゼ・クロノグラフが載せているのはすべてETA7750ベースであり、SW500ベースではない。

 IWCのETA7750“改”は、オリジナルの素性を最大限に引き出したムーブメントだった。上記で挙げた改良に加えて、アンクルの爪石を調整することで、標準的なETA7750よりも振り角が向上。結果として、IWCのETA7750改は、クロノメーターを凌駕する精度を持つのはもちろん、複雑機構を載せて振り角が落ちても、精度に影響が出にくくなったのである。しかし、テンプの振り当たりが起こったため、後にIWCはETA7750改の振り角をわずかに落とすようになった。なお、こういったチューニングの手法は後のブライトリングにも共通するものだ。

緩急針

ETA7750に使われた緩急針の比較。左が、C.7922以降にIWCが採用したトリオビス緩急針である。製造はスウォッチ グループ傘下のメイシェ。ネジを回すことで緩急の微調整が可能なほか、ショックにも強いという特徴を持つ。ただし部品の単価が高く、後にスウォッチ グループが各社への部品供給を止めた結果、採用例はごく限られる。中はC.7912が採用したエタクロン緩急針。ETAの標準的な緩急針である。ヒゲ棒に当たる部品をねじることでアオリの調整が可能。右は標準的なバルジュー型の緩急針。初出は1973年のAS5008である。

 微調整な可能なトリオビス緩急針(正確には微動緩急針)も、IWCが手掛けたETA7750改の大きな特徴である。筆者の知る限り、ETA7750にトリオビスを採用したメーカーは、IWCの他に、チューダーとヴェンペがあるのみだ。部品の単価は高いが、微調整が可能なトリオビス緩急針。これがIWCのETA7750改に優れた精度をもたらしたことは、多くのIWC関係者が認めるとおりだ。C.7922当時のメンテナンス責任者だったレネ・シュワルツはこのムーブメントを次のように評した。「7922については文句の付けようがありません」。

 このC.7922を改良したのがポルトギーゼ・クロノグラフ用のC.79240である。製造は1998年から2004年まで。日付表示が省かれて縦二つ目に改められたほか、ローター、30分積算計車、クロノグラフ車なども変更されている。C.7922に比べて石数が6つ増えた理由は、文字盤側にスモールセコンドの位置を変えるためのモジュールを加えたため。そもそものC.79240はムーブメントが金メッキ仕上げだったが、後継機のC.79350では標準的なロジウムメッキに変更された。

 ETA7750はいわゆる縦3つ目のトリコンパックスレイアウトを持っている。12時位置に30分積算計、9時位置に秒針、そして6時位置に12時間積算計。対してIWCの技術陣は、縦ふたつ目のレイアウトにすべく、6時位置の12時間積算計を省き、9時位置の秒針を6時位置に移植した。その手法は極めてユニークだ。ETA7750の文字盤側からカレンダー機構をすべて外して新しい受けを作り、そこに追加輪列を設けて、秒針の位置を6時位置に移したのである。自社で組み立てるようになったメリットを最大限に生かしたのが、ポルトギーゼ・クロノグラフのムーブメント、と言えるかもしれない。


C.79350の後継機は純然たる自社製ムーブメント

69000

2019年に発表されたIWC「パイロット・ウォッチ・クロノグラフ・スピットファイア」(Ref.3879、IW3879)と「ポルトギーゼ・クロノグラフ “150イヤーズ”」(Ref.3716、IWIW3716)が搭載したのが、自社製自動巻きクロノグラフのC.69000系だった。前者が搭載したのは12時間積算計と曜日、日付表示を備えたC.69380、後者は日付なし、縦ふたつ目に変更されたC.69355である。直径30mm、33石(69380)27石(69355)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約48時間。

 2019年、IWCは創立150周年を記念した限定モデルをリリースした。その中で目を引いたのが、自社製ムーブメントを載せた「新しい」ポルトギーゼ・クロノグラフだった。搭載するのは、C.69355。ETA7750ベースと思いきや、このムーブメントは、いちから設計された新世代の自動巻きクロノグラフだった。

すでに『クロノス日本版』で書いたとおり、主な特徴は以下の通り。

・クロノグラフのスイッチがカム式からコラムホイール式に変更
・自動巻きが片方向巻き上げからラチェット式の両方向自動巻きに変更(マジッククリック)。
・12時間積算計機構がムーブメント側から文字盤側に移動。ただしふたつ目のC.69355では省略された。
・輪列のレイアウトが大きく変更、秒針(4番車)の位置が9時位置から6時位置に移動。
・クラッチはETA7750に同じく、水平式のスイングピニオン。ただし噛み合わせの微調整が可能になった。
・緩急針はトリオビスからエタクロン型に変更。

パーツ

ローターと自動巻き機構を外した状態のC.69355。12時間積算計と日付、曜日表示がない以外はC.69380に同じである。ETA7750に同じく、クロノグラフをストップすると、ブレーキレバーだけでなくリセットハンマーもカムに当たるという設計を持つ。クロノグラフ車の下方向に見えるのが、スイングピニオン。偏心ネジを回すことで両者の噛み合いを調整できる。比較的大きなテンワは慣性モーメントが12mg・cm2もある。

 このムーブメントは、IWCがすでに発表した89000系から、一部のコンポーネンツを転用して生まれた自動巻きクロノグラフムーブメントだった。しかし、ハイエンドな89000と異なり、あくまでもET7750の代替機として設計されたものである。そのため、89000系の特徴である、針飛びしにくいスイングピニオンも、緩急針を持たないフリースプラングも採用されていない。また緩急針自体も、以前のトリオビスからエタクロン風へと“退化”した。

 しかしながら、このムーブメントは、ETA7750の弱点をほぼ潰したものであり、ETA7750の代替機以上のものとなった。片方向巻き上げに付きものの過大なショックはなく、姿勢差誤差は小さくなり、クロノグラフを作動させても、振り落ちは小さくなった。プッシュボタンのソフトな感触(とりわけリセットボタン)も、ETA7750ベースでは望めなかったものだった。クロノグラフのリセットさえもカムで行うETA7750は、リセットの感触が、お世辞にもいいとは言えなかったのである。さておき、新しいC.69000系は2020年の量産型のポルトギーゼ・クロノグラフにも転用され、それに伴って、ETA7750ベースのC.79320はディスコンとなった。C.69355を載せた新しいポルトギーゼ・クロノグラフは見た目が今までにほぼ同じ。しかし、4番車を6時位置に置くことで、スモールセコンドの位置を移植するためのモジュールを使う必要がなくなった。


外装の微妙な(微妙すぎる)モディファイ

 いくつかの派生モデルを除いて、ポルトギーゼ・クロノグラフには基本的に3つのバリエーションしか存在しない。

・ポルトギーゼ・クロノグラフ・ラトラパンテ Ref.3712 1995~2002年にかけて製造。C.7624(0)搭載。
・ポルトギーゼ・クロノグラフ Ref.3714 1998年~2019年にかけて製造。C.79240搭載(1998年~2004年)、C.79350搭載(2005年~2019年)。
・ポルトギーゼ・クロノグラフ Ref.3716(IW3716) 2019年~。C.69355搭載。

ポルトギーゼ

左から、ポルトギーゼ・クロノグラフ・ラトラパンテ(Ref.3712)、ポルトギーゼ・クロノグラフ(Ref.3714)、最新作のポルトギーゼ・クロノグラフ(Ref.3716、IW3716)。サプライヤーの変更に伴い一部ディテールは変わっているが、写真が示すとおり、見た目の差異はほとんどない。

 デザインもほぼ同じだが、大きな変更が3回加えられている。第一回目の改良は2001年。エンボス仕上げのインデックスがアプライドに改められた結果、ポルトギーゼ・クロノグラフは、文字盤にさまざまなカラーを与えられるようになった。なお、自社製自動巻きを載せた「ポルトギーゼ・オートマティック」の文字盤がエンボスからアプライドに変更されたのは、2007年のRef. 5001以降である。

 2回目の改良は2012年である。ケースの内製化に取り組んでいたIWCは、2005年のポルトギーゼ・オートマティック(Ref.5001)に自社製のケースを採用。2012年には、ポルトギーゼ・クロノグラフ(Ref.3714)にも自社製のケースが与えられた。それに伴い、裏蓋のエングレーブが変更された。「ポルトギーゼ・トゥールビヨン・レトログラード・クロノグラフ」(Ref.3940は従来に同じく、切削によるエングレーブ。対してポルトギーゼ・クロノグラフ(Ref.3716)は、レーザーエッチングである。

ケーズバック

ポルトギーゼ・クロノグラフ(Ref.3716、IW3716)の裏蓋。自社製ムーブメントの採用に伴い、裏蓋はシースルーに改められた。2012年以降、ケースを自製することで、ポルトギーゼ・クロノグラフのケースはいっそう完成度を高めた。

 3回目の変更は、C.69355の搭載によるものである。ケースの直径は既存のRef.3714に同じく、40.9mm。しかし、シースルーバックになったことに伴い、ケースの厚さが13.1mmに増えた。増加分は裏蓋に回されたため、横からの見た目はRef.3714にほぼ変わらない。


まとめ

 端正な外装を、高精度なムーブメントに併せたポルトギーゼ・クロノグラフは、現行量産型クロノグラフの中で、もっとも好ましい物のひとつである。ETA7750改のC.79240とC.79350は、過大なローターのショックと硬いプッシュボタンの感触を除けば、ETA7750の完成形とも言えるムーブメントであり、後継機であるC.69355も、パワーリザーブこそやや短いものの、ベーシックな自動巻きクロノグラフとしては大変バランスが取れている。巻き上げ効率は高いし、精度はもちろん、IWCの常で非常に優秀だ。

 正直、ポルトギーゼ・クロノグラフは、新旧どのモデルを選んでも外れはない。しかし、強いて言うと、ムーブメントマニアであれば前者を、IWCらしい頑強さと実用性を求める人は後者、になるだろうか。IWCマニアとして、そしてポルトギーゼフリークとして筆者はいいたい。とりあえず、ポルトギーゼクロノは買っておきなさい、と。これはホントに素敵な時計です。



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