2年ほど続いたコロナ禍が、少なくとも日本ではひと段落ついた。またぶり返す可能性は高いが、前より少し安心だ。引きこもりから開放されると、ふとどこかに行きたくなる。無理にこじつけると、旅に必要なのは、もちろん時計だ。そんな旅時計に求められる要素はいくつもない。持ち主に非日常を感じさせるものであること。同時に、旅先で使える実用性を持つこと、である。実際のところ、このふたつを両立した時計はいくつもない。しかし、旅先に5本も10本も時計を持っていけないと考えれば、 旅時計には、普段使いの時計に増して優れた性能が求められるはずだ。
もっとも、旅時計のあり方はその目的が大きく左右する。ビジネストリップなら、正確さが重要かもしれないし、海でのヴァカンスには、高い防水性能が要求されよう。パーティに持ち込むなら2針だろうし、GMTを携えると、いかにも海外旅行という雰囲気が出る。旅先が森なら、あるいは砂漠なら、また違った要素が求められるかもしれない。必要なのは機能ではなく目的であり、必要なのは旅先でどんな質の時間を過ごしたいかという想い、だけなのである。というわけで今回も、目的地に合わせた旅時計を5本選んでみた。
●青森からニューヨークまで!編集長広田が選ぶ、旅に持って行く時計(前編)から読む
https://www.webchronos.net/features/73907/
Text by Masayuki Hirota(Chronos-Japan)
2021年12月25日公開記事
6.グランドセイコー「ヘリテージコレクション」SLGH005 × 炭屋旅館(京都)
3万6000振動、パワーリザーブ約80時間、フリースプラングに新型脱進機と、ハイスペックで武装したグランドセイコーの新作。しかし、個人的に引かれたのは、使い勝手に対する細やかな配慮だ。バックルのプレートをわずかに曲がるようにしていたり、重心を下げて装着感を良くしたりと、時計全体に“おもてなし”感がある。
おもてなしを考えると、近しいのは京都の炭屋旅館。ここに限らず、京都の老舗旅館は、到着時間を伝えておくと、あらかじめ風呂を沸かしておいてくれる。宿についたらすぐ風呂に入り、ひと眠りしたら食事が出る。何も考えずにシームレスに心地よさが続くのは、日本的な、しかし世界に通じるラグジュアリーだ。
新規設計の高精度な自動巻きムーブメントに、極めて良質な外装を合わせた傑作。グランドセイコーの機械式としては珍しく、ケース厚は12mmを切っているため、装着感も良好だ。またバックルが短いため、細腕の人にも合わせやすい。自動巻き(Cal.9SA5)。47石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約80時間。SSケース(直径40mm、厚さ11.7mm)。10気圧防水。104万5000円。(問)グランドセイコー専用ダイヤル Tel.0120-302-617
言わずとしれた京都の老舗旅館。それぞれの部屋には、高野槇で作られた浴槽が備わる。お湯が冷めにくいため、温泉ではないにもかかわらず、不思議と湯冷めしない。京都の旅館としては珍しく、家族風呂も複数ある。細部に抜かりのない旅館。食後に祇園のサンボアでウイスキーを飲むと、それっぽい気分が味わえるかも?京都府京都市中京区白壁町431 31。価格は時期と部屋により変動。(問)炭屋旅館 Tel.075-221-2188
7.ランゲ&ゾーネ「リヒャルト・ランゲ」 × ビューロー パレ(ドイツ)
ランゲ&ゾーネのオフィシャルホテルが、ドレスデンのビューロー・パレ。18世紀のレジデンスを改造したホテルは、良い意味でクラシカル。観光地から少し離れているため、静かなのもいい。知る人ぞ知る、という佇まいは、A.ランゲ&ゾーネのキャラクターにそっくりだ。
どのモデルでも映えるだろうが、ドレスデンの閑雅さに映えるのはシンプルなリヒャルト・ランゲか。長い秒針が文字盤上をゆったりと回るさまは、古都ドレスデンが刻むリズムに合っている。なお向かいにある骨董屋は、古いマイセンなどの宝庫。ただし英語はまったく通じないし、そもそも営業をしてるのかさえ怪しいので要注意。
傑作「ダトグラフ」からクロノグラフ機構を省いたのが、3針のリヒャルト・ランゲである。パワーリザーブを約38時間に抑えたのは、精度に全振りしたため。また、端正なデザインは、A.ランゲ&ゾーネが製作した高精度なデッキウォッチに範を取っている。一見地味だが、そのあり方は往年の高精度機そのものだ。手巻き(Cal. L041.2)。26石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約38時間。18KWGケース(直径40mm、厚さ10.5mm)。30m防水。411万4000円。(問)A.ランゲ&ゾーネ Tel.03-4461-8080
2021年に「ドイツベスト25ホテル」に選ばれたビューロー パレ。1730年建築のレジデンスをホテルに改修している。建物は古いが、ホテルの所有者は建設会社の創業家なので、きっちり修繕されている。地価の安いドレスデンにあるためか、部屋が広いのも魅力。付設するレストランの「カルーセル」は、ドレスデン屈指の高級レストラン。もっともシェフが変わった2021年以降、味はどうなるのか? Königstraße 14, 01097 Dresden。価格は時期と部屋により変動する。(問)ルレ エ シャトー Tel.0800-888-3326
8.クエルボ・イ・ソブリノス「プロミネンテ ソロテンポ」 × パブ アンド クイジーヌ サルーン(広島)
広島には色々うまいものがある。担々麺とかお好み焼きとか。ただひとつ挙げるなら、サルーンのキューバサンドになるだろうか。キューバに魅せられたオーナーは、名物のキューバサンドをそっくり再現してみせた。
合わせる時計は、もちろんキューバを出自に持つクエルボ・イ・ソブリノスしかない。ド派手な店内で、キューバサンドを食べながらコロナビールをあおると、自ずと気分が盛り上がってくる。翌日は、厳島に渡って焼き牡蠣を食べれば、広島を味わえるはず。ただクエルボの現行品に、赤い文字盤がないのはちょっと残念。広島の色は赤でしょう。カープのチームカラーは赤だし、広島名物の担々麺も真っ赤なんだし。
キューバの名店をルーツに持つのが、クエルボ・イ・ソブリノスだ。どのモデルもラテン風の強いデザインを持つが、中でももっとも“らしい”のが、複雑な造形を持つ「プロミネンテ ソロテンポ」だ。過剰ともいえる構築的なデザインは、ありきたりなスイス製時計とはひと味もふた味も異なる。個人的に選ぶなら、ハバナカラーの文字盤か。自動巻き(Cal. CYS 5103、ソプロードM100ベース)。25石。2万8800振動/時。SSケース(縦52×横33.75mm、厚さ10mm)。50m防水。49万5000円(税込み)。(問)ムラキ クエルボ・イ・ソブリノス Tel.03-3273-0321
広島の名店「BARBER BAR」を前身に持つパブ アンド クイジーヌ サルーンは、テーラーとパブと会員制の床屋を合体させたユニークな店である。オーナーの磯見氏は、ヒゲフェスなどを主催するいわば広島の案内人。なぜかキューバに魅せられた彼は、丁寧にマリネした豚肉を挟んだ、本格派のキューバサンドを提供するようになった。広島名物の穴子を使った、フィッシュ&チップスも美味である。キューバサンド1000円。広島県広島市中区本通1-6 (問)Tel.082-258-1270
9.オメガ「スピードマスター ムーンウォッチ マスター クロノメーター」 × スペースX
仮に民間人が宇宙に飛ぶなら、まず腕に巻くのはスピードマスターしかない。非凡な耐磁性能に、高い携帯精度、振動を受けてもまず壊れない、という安心感は何ものにも代えがたい。先日宇宙に旅立った前澤友作氏も、スピードマスターを持っていったとのこと。最新モデルはNASAのテストをクリアしていないが、おそらくは、十分パスするだけの性能を持っているはずだ。
機械式クロノグラフの金字塔。傑作スピードマスター プロフェショナルのムーブメントを、マスタークロノメーター規格をクリアした、Cal.3861に置き換えたものである。高い耐衝撃性に加えて、理論上は優れた動態精度と、1万5000ガウス(!)もの超耐磁性を誇る。また、旧作に比べて約20g軽くなったため、装着感も劇的に改善された。手巻き(Cal.3861)。26石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約50時間。SSケース(直径42mm、厚さ13.18mm)。50m防水。73万7000円(税込み)。(問)オメガお客様センター Tel.03-5952-4400
イーロン・マスクの率いる、航空宇宙メーカーにして、宇宙輸送サービスプロバイダーが、スペースXこと、スペース・エクスプロレーション・テクノロジーズだ。2021年9月、同社は民間企業としては世界で初めての有人宇宙飛行を実現した。現在スペースXは、民間初の月周回旅行を計画中である。地球周回飛行の費用は約55億円(推定値) (問) spacex.com
10.モンブラン「モンブラン 1858 オートマティック 24H」×艮珈琲店
長野にせよ、北海道にせよ、寒い地域にはいいコーヒー屋が多い。鄙にも稀な、と言いたくなるのが青森県・大畑にある艮(うしとら)珈琲店。お客さんがひっきりなしに来るのは、味が良ければこそ。ここでコーヒーを買い、ぶらっと下北半島を巡ると、旅気分が一層盛り上がる。
合わせる時計は、モンブランの1858 オートマティック 24H。今時珍しい、1本針の24時間時計だ。かなりマニアックだが、文字盤にあしらわれた北半球といい、ほどよく効いた夜光塗料といい、これほど旅気分を盛り上げる時計は希だろう。憂鬱な気分になったら、ごつい手袋にこの時計を巻き、オープンカーの屋根を開けて寒空の下北半島をぶっ飛ばすべし。
勝手に『クロノス日本版』で推しているのが「モンブラン 1858 オートマティック 24H」だ。文字盤上にあるのは、24時間で1回転する1本針のみ。針の表示精度は非常に高いが、この時計には、正確な時間の計測よりも、ゆったりと時間を確認するほうがふさわしい。文字盤の中心に描かれた北半球は、暗所でぼうっと光る。今のモンブランらしく、外装の仕上げも精密で、そのユニークさと質を考えれば価格も妥当だ。旅心に満ちた傑作。自動巻き(Cal. MB 24.20)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。SS×ブロンズ合金ケース(直径42mm、厚さ11.2mm)。100m防水。38万600円(税込み)。(問)モンブラン コンタクトセンター Tel.0120-39-4810
本州最北端にあるマイクロロースターが艮(うしとら)珈琲店だ。良い豆を丁寧に煎り、正しく抽出してさっと提供するというコーヒー屋の王道。持ち帰る人は多いが、店の前のベンチに座り、ぼーっとコーヒーを飲むのもよし。寒空には良いコーヒーが似合う。自家製の焼き菓子も評価が高い。筆者はコーヒーを4杯ほど飲んでしまった。コーヒー420円~。青森県むつ市大畑町松ノ木186-2 (問) 艮珈琲店 Tel.090-8613-2501
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