〝独立時計師・浅岡肇のプライベートウォッチ〟がコンセプト––「クロノトウキョウ」の魅力に迫る

FEATUREその他
2021.12.30

シンプルな3針モデルの「クロノトウキョウ」「ブルズアイ」「クラシック」

 3針モデルは、37mm径の316Lステンレススティール製ケースにミヨタ(シチズンの子会社であるムーブメントメーカー)のCal.90S5を搭載している。このムーブメントは厚さ3.9mmの薄型自動巻きである。もともとはオープンハート用として用意されたものであるため、デイト機能を有していない。ケース全体の厚さを抑え、ダイアルデザインの自由度を保つにはうってつけのムーブメントだろう。また、ミヨタ90系はさまざまなブランドが採用しており信頼性も高く、シチズン自身もかつて「ザ・シチズン」のメカニカルモデルで同系統のムーブメントを採用していたほどである。

 ケースはTSUNAMIを想起させるような、ラグ先端に向かって細く絞り込んだエレガントな佇まい。全面にポリッシュ仕上げが施されており、ケースサイドに映る像の歪みはほとんど感じられない。磨きこみは同価格帯と比較しても群を抜いていると言えるだろう。リュウズはトップに丸みを持たせた専用デザイン。程よい5mm径の大きさに加え、しっかりと刻みが入っているため操作性も優れている。風防はボックスサファイアクリスタル。フラットなサファイアクリスタルに比べてコストが増加するため、普及機にはあまり使用されないが、これによってかつて時計の風防素材として主流であったアクリル樹脂のようなクラシックな趣を取り込むことに成功している。

クロノブンキョウトウキョウ

クロノブンキョウトウキョウ「クロノブンキョウトウキョウ」
クロノブンキョウトウキョウのファーストモデル。ダイアル12時位置のロゴはカタカナの“クロノ”表記となった。それぞれ限定50本が生産され完売している。カーフレザーのストラップが装着されている。自動巻き(Cal.90S5)。24石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。SS(直径37mm)。3気圧防水。完売。

 ケースバックは、昨今多く見られるシースルーバックではなくソリッドバックである。クロノトウキョウのコンセプトからして、あくまでも外装にコストを割り振ったため、そもそもムーブメントを見せる必要性がないということもあるかもしれないが、浅岡が気にしたのは着用感の悪化であったという。確かに、夏場汗をかくとガラスは肌にべっとりと張り付く。対してクロノトウキョウのようにサテン仕上げのソリッドバックは、さらりとした着用感を保つことができる。

 また、中央に刻印されたロゴにも注目したい。なんとケースに対して真っすぐなのである。スクリューバックの場合、通常はねじの溝に個体差ができるため、それぞれにねじを切ったミドルケースとケースバックを合わせた際に、その組み合わせによって刻印の位置がずれてしまう。特に量産品の場合、これを管理することは難しい。例えばオメガはバヨネット式の「ナイアードロック」機構を開発し、ファーブル・ルーバはケースバックを中央の刻印部と外周のねじ部で分割することによって、このずれを克服している。普段目につかないケースバックだが、そこに記された刻印の向きは、細部にまで意識を向けているということを雄弁に語ってくれている。

 ダイアルは、高級機に多く見られるボンベ型である。判読性を高めるために分針と秒針の先端は曲げられており、ボックスサファイアクリスタルと相まって一切間延びした印象を与えていない。インデックスを含むダイアルのデザインは、「ブルズアイ」を除き、プロジェクトTやトゥールビヨン ピュラを思わせるものだ。3、6、9時にシングルのアプライドインデックスが、12時にはダブルのアプライドインデックスが配され、それらを3重のリングがつないでいる。針も専用デザインである。先端を細く長くとった形状は、やはり判読性を高めるためのものだろう。実用性にも配慮されていることが分かる。ロゴを含めた全体のバランスは、言わずもがな、浅岡のデザイナーとしてのセンスが光っている。

 付属するストラップは、クラシックなデザインにマッチしたカーフやゴートまたはクロコダイル。尾錠は専用設計のものが誂えてある。同価格帯では尾錠にまでコストを割くことができず、汎用品にロゴをプリントしたものも見られるが、クロノトウキョウはここにまで力を入れているのである。

 クロノトウキョウの魅力のひとつである、多彩なバリエーションについても触れておきたい。国内向けの3針モデルが誕生したのは18年。シャンパンダイアルとグレーダイアル、2種のクロノトウキョウ(モデル名)がリリースされた。価格は当時の税込みで19万4400円。宣材写真からもひしひしと伝わるデザインや作りこみの良さに加え、何といっても独立時計師・浅岡肇の手がけた作品であることから、予約開始とともに注文が殺到した。その後、2019年にネイビーブルーダイアルとバニラベージュダイアルが発表された。前作の評判の高さ故か、これも予約開始と同時にwebサイトへのアクセスが殺到し、一時サーバーがダウンしてしまうという事態に陥った。

 そのような人気の高さを受けてか、20年には一気にバリエーションを増やすこととなる。ツートンダイアルによってクラシックな印象を高めた「クラシック」、コンセントリックアラビア数字インデックスの「ブルズアイ」の登場だ。いずれのバリエーションも50~100本程度が生産され、現在では予定数完売となっている。

森

クロノブンキョウトウキョウ「森」
2020年のGPHGでチャレンジ部門にノミネートされた「森」。竹林をイメージしたグリーンのサンレイダイアルが特徴的だ。288本が生産され、完売している。カーフレザーのストラップが装着されている。自動巻き(Cal.90S5)。24石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。SS(直径37mm)。3気圧防水。完売。

 一方で、19年からは「クロノブンキョウトウキョウ」のブランドで海外展開も開始した。ローンチ当初は国内向けのクロノトウキョウに類似したカラーバリエーションで展開したが、2020年以降は「森」や「朱鷺」「青磁」といった、和を連想させるモデルを送り出している。そのほか、ダイアルに漆を使用した「茜」や「鋼」といった上位機種「グランドコレクション」も展開している。20年のジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ(GPHG)では「森」がチャレンジ部門にノミネートされるなど世界的な評価も高く、浅岡は価格を抑えた量産品の分野でも大きな成功を収めたと言えるだろう。


クロノトウキョウ クロノグラフモデル

 クロノグラフ搭載モデルは、38mm径の316Lステンレススティール製ケースにセイコーの自動巻きクロノグラフムーブメントCal.NE86を搭載している。コンパクトなケースサイズとしているのは、そのクラシックなデザインに合わせてのことだろう。現代のクロノグラフと言えば、多くはスポーティなデザインを持っているが、「クロノトウキョウ」はあくまでも往年のクロノグラフに範を取った意匠を持っている。

 プッシャーはエレガントなポンプ型。リュウズは3針モデルに比べて径が大きくなっている。ダイアルはやはりボンベ型である。中央に「トゥールビヨン#1」を想起させる縦方向のストライプをあしらい、外周にはパルスメーターとタキメーターを合わせたスケールを配している。タキメーターで実際に測定する場面を想定すると、最初の16秒まではパルスメーターに置き換えた方が実用性が高まるだろうとの判断からだ。確かに日常的に音速に近いものを計る人はそうそういないだろう。

クロノグラフ

クロノトウキョウ「クロノグラフ」
セイコー製ムーブメントを搭載した自動巻きクロノグラフ。ケース径は小ぶりな38mm。テレメーターとタキメーターを組み合わせたダイアル外周のスケールや、それぞれを異なる形状に仕上げた針など、往年のクロノグラフに着想を得た機能的なデザインが施されている。ゴートレザーのストラップが装着されている。自動巻き(Cal.NE86)。34石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約45時間。SS(直径38mm、厚さ14mm)。3気圧防水。完売。

 センターのクロノグラフ秒針は細く、ボンベダイアルに合わせて先端を曲げており、ムーブメントの振動数にきっちりと合わせられたスケールを読み取りやすくしている。各針はそれぞれ異なる形状にデザインされており、ひと目で積算計とスモールセコンドの判別をすることができる。クロノグラフマニアにとって痒くても手の届かなかった場所を的確に掻き尽くしてくれている贅沢な仕様である。

 デイト窓は6時位置に配されており、シンメトリーなデザインを保ちつつ機能性を高めている。インデックスはドット型。クロノグラフをコンパクトなケースに収めると、余白が少なく情報過多になりがちだが、控えめながら視認性を確保するドット型のインデックスを採用することによって、ゆったりとした雰囲気を与えられている。

 クロノグラフモデルの登場は、国内海外ともに20年。国内向けとしては「クロノグラフ」、海外向けは「クロノグラフ1」と命名され、いわゆるパンダダイアルと逆パンダダイアルの2種が展開された。その後、21年に海外向けとしてブラックダイアルの「クロノグラフ2」が発表された。「クロノグラフ1」は20年のGPHGクロノグラフ部門にノミネートされ、「クロノグラフ2」は21年11月、アンティコルムのオークションにて約132万円で落札されるなど、3針モデル同様に世界中から熱い視線を向けられている。


最後に

 新しいモデルがリリースされる度に大きな話題を呼ぶ「クロノトウキョウ」。フェアプライスを貫いて制作されたこのコレクションには、浅岡のノウハウを活かしたデザインがこれでもかと詰まっている。コンセプト通り、高級時計の入門機としてはうってつけだろう。

 細部の作りこみの良さは、後々時計趣味にのめりこんだ場合であっても次の1本を選ぶ際のベンチマークとなるに違いない。もちろん、時計に精通した諸兄姉も、汎用ムーブメントを搭載した入門機と侮ることなかれ。高額な時計だけが高級時計ではないということに気付かされるだろう。

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