ウォッチジャーナリスト渋谷ヤスヒトの役に立つ!? 時計業界雑談通信
「スマートウォッチは本当にラグジュアリーになれるのか?」という命題は、IT業界と時計業界にとって大きな課題だ。筆者はそう考えている。2022年1月、ルイ・ヴィトンはひとつの答えを提示した。それが「タンブール ホライゾン ライト・アップ」である。
https://jp.louisvuitton.com/jpn-jp/stories/tambour-horizon-light-up#
Photographs by Louis Vuitton, Yasuhito Shibuya
(2022年1月22日掲載記事)
あの「モノグラム」が7色に輝く!
新しい「タンブール ホライゾン ライト・アップ」は、ルイ・ヴィトンのコネクテッドウォッチ「タンブール ホライゾン」としては第3世代に当たる。この実物を展示会で実際に見て筆者は、「これぞラグジュアリー!」と唸ってしまった。
この腕時計のいちばんの話題は「Googleのスマートウォッチ用OS、Wear OS by Googleをやめて、OSをオリジナルにしたことだ」という意見もあるだろう。だが、筆者が考えるこのコネクテッドウォッチ最大の魅力。それはルイ・ヴィトンが「ベゼルリング」と呼ぶ、サファイアクリスタル風防のいちばん外側、ベゼルに当たる部分にある、7色に輝くモノグラムのインジケーターだ。
これまでの「タンブール ホライゾン」と違い、新作のディスプレイは常時表示式で、しかもベゼルレスの設計になった。つまり、サファイアクリスタル風防が時計の正面からサイドまでをすっぽりと覆うデザインになっている。ルイ・ヴィトンはこの部分に24個のLEDを組み込み、7色に輝くモノグラムのイルミネーションにした。
これは、2021年7月に発売が開始された「ホライゾン ライト・アップ スピーカー」に通じるスペシャルな機能だ。モノグラムが7色に輝くギミックを、ルイ・ヴィトンはまずスピーカーに採用し、“ライト・アップ”と名付けている。その「モノグラムのイルミネーションで生活を軽やかにする」というコンセプトを、スマートスピーカーに続いて腕時計にも導入したのである。
(問)ルイ・ヴィトン クライアントサービス Tel.0120-00-1854
ラグジュアリーは「ブランドアピール力が命」
このふたつの「ライト・アップ」から、ルイ・ヴィトンは「ラグジュアリーメゾンにとってトレードマークとは何か?」、そして「ルイ・ヴィトンのファンがブランドに望むものは何か?」をよく理解していることがうかがえる。そうでなければ絶対にこのようなデザインはあり得ない。スマートスピーカーの時も感心したのだが、この腕時計で改めてそのことに感心した。さすが最も注目されるファッションメゾンのひとつ、ルイ・ヴィトンだ。
ラグジュアリーメゾンのファンがブランドを愛する理由。その大きなもののひとつが、モノグラムに象徴される「揺るぎのないアイコン性」だ。だからシーズンごとに各メゾンは、ブランドロゴが大きくデザインされた新アイテムを必ず用意する。それを身に着けることは、ファンにとって大きな喜びだ。そのアイコンを「どのくらい他人にアピールしたいか」のレベルは、ファンにとってさまざま。ただ、クロージング以上にバッグや腕時計、アクセサリーには、それは不可欠な要素である。そこでルイ・ヴィトンはまずスマートスピーカーに、そしてこのコネクテッドウォッチに、この機能を組み込んだのだ。
しかも、そのモノグラムがベゼルの部分で、カラーを変えながら鮮やかにきらめく。これはとんでもなく「エモーショナル」、今風に言えば「エモい」ことだ。これ以上、ブランド力をスマートに、だが強烈にアピールするギミックはない。
独自OSに移行しつつApple認証も取得!
もちろんIT系のメディアが指摘するように、「Wear OS by Googleから独自OSへの移行」も見逃せない大きなニュースだ。
ルイ・ヴィトンはトップクラスのファッションメゾンの中でも、コネクテッドウォッチを積極的に展開してきた。「タンブール ホライゾン」のファーストモデルが、「タンブール」コレクションの発売15周年を記念して登場したのは2017年のこと。そして、これまでは一貫して、クアルコムのSnapdragonプラットフォーム+Wear OS by Google OSという組み合わせを採用してきた。
だが今回、プラットフォームには同じクアルコムの、少し前のスマホ並みのパワーを持つという最新プラットフォーム「Snapdragon 4100」を採用した。その一方で、OSを独自のものに替えたのである。
それはなぜか? 最大の理由は、ルイ・ヴィトンが考えるコネクテッドウォッチの最適な操作性、アプリケーションへのアクセスを実現するため。また、ベゼル部分に配された「モノグラム」の表現力を活かすためとも考えられる。
この「ライト・アップ」モデルから、リュウズボタンの上下にふたつのボタンが加わった。上は文字盤のシャッフルや設定選択モードの呼び出し用、下はユーザーが設定したアプリを呼び出すショートカット用だ。
OSは独自になったが、対応するスマートフォンは、世界で最も大きなシェアを誇るAndroid OS、そしてiOS、さらにファーフェイのHarmony OSと、これまでと変わらない。しかもアップルがiPhoneとの互換性を保証するMFI(Made for iPhone)認証を初めて受けている。
つまり、独自OSになって良いことはあっても悪いことは何もない。
同じグループの時計ブランドはどうする?
ところで、ルイ・ヴィトンが属するLVMHグループの時計ブランド、タグ・ホイヤーは2015年に時計ブランドとしてはいち早く、またウブロも2018年にFIFAワールドカップ™ロシア大会の審判のための限定モデル、さらに2020年には通常モデルとしてコネクテッドウォッチの展開を開始している。
つまりLVMHグループは、コネクテッドウォッチに対して非常に意欲的な製品展開を続けてきたのだ。ルイ・ヴィトンのこのOS変更は、果たして同じグループのタグ・ホイヤー、ウブロにも及ぶのだろうか? 筆者としてはそのことが大いに気にかかる。
なぜかといえば、2021年8月、ルイ・ヴィトンのウォッチ部門マーケティングおよびプロダクト・ディベロップメント・ディレクターに、LVMHグループを率いるベルナール・アルノー会長の4男、弱冠23歳のジャン・アルノー氏が就任したからだ。ジャン氏は兄である3男のフレデリック・アルノー氏がCEOを務めるタグ・ホイヤーで腕時計について学んだと報じられている。
フレデリック氏もジャン氏も生粋のデジタルネイティブ世代だ。だから間違いなく、これからやって来るメタバース時代を見据えて、スマートウォッチの存在意義とその未来について考えているはず。
ルイ・ヴィトンの新作コネクテッドウォッチ「タンブール ホライゾン ライト・アップ」登場の背景には、そんなアルノー家の事業継承に関する人事があることを、忘れてはいけないと思う。この腕時計が、LVMHグループ傘下の時計ブランドのスマートウォッチ戦略を先取りしたものである可能性はゼロではない。
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