「ベル&ロス」のブランド名の由来とそのストーリーを探る

どんなものにも名前があり、名前にはどれも意味や名付けられた理由がある。では、有名なあの時計のあの名前には、どんな由来があるのだろうか? このコラムでは、時計にまつわる名前の秘密を探り、その逸話とともに紹介する。
今回は、航空機の計器から着想を得たデザインが時計愛好家から注目を集める「ベル&ロス」のブランド名の由来をひもとく。

コックピット

福田 豊:取材・文 Text by Yutaka Fukuda
(2022年5月掲載記事)


ベル&ロス

 ベル&ロスが日本で正式に紹介されたのは、確か2000年代の初めのころ。当時、ベル&ロスの創業は1991年とされていたので(現在はファーストモデルを発表した1994年を創業年としている)、ちょうど創業10周年ぐらいだったことになる。筆者はバーゼル・フェア(バーゼルワールドの前身)で見たのが初めてであったように記憶している。

 ベル&ロスの日本デビューは、編集者やライターなどの“時計好き”から特別な好評をもって迎えられた。もちろん、筆者もそのひとりである。当時のラインナップは「ヴィンテージ」コレクションがメイン。現在の「BR V」コレクションの基になる、ごく普通のラウンドケースのモデルなのだが、これがすこぶる新鮮で格好が良かった。

 厚みのあるケースや、垂直で平らなケースサイド、背が高く幅の狭いベゼル、短いラグ、ブラックとベージュのダイアルカラー、簡潔なフォントのアラビア数字インデックス、視認性の高い太い針。

 また、大小のコマを組み合わせた精巧なメタルブレスレットも、筆者のお気に入りだったもの。ウールやツイード、カシミヤのストラップというのもあり、これなどいま見ても洒落ている。とにかくそうしたあれこれが、いちいち気が利いていて、時計好きの心をくすぐった。ベル&ロスは“通好み”だったのだ。

ヴィンテージ

ベル&ロス「BR V1-92 ブラック スティール」
2017年に「ヴィンテージ」シリーズの第3世代として登場したモデル。オリジナルの要素を継ぎながらも、サファイアクリスタル製の風防などディティールの完成度を高めている。自動巻き(BR-Cal.302)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。SSケース(直径38.5mm)。100m防水。26万9500円(税込み)。

 そして実際、ベル&ロスは時計通好みの成り立ちをもつブランドであった。

 当時、ブランド紹介として語られていたのは、ヴィンテージウォッチのコレクターであるフランス人のベルとロスが1991年に創業したブランド、というもの。それで我々時計好きは、ああそれだから独特のヴィンテージ感とミリタリーテイストがあるのか、とか。洗練された洒脱さはフランス流のハイセンスなのだろう、とか。まぁ、そんなことを言っていたわけなのだが。

 実際の話はこうだ。創業者は、ブルゴーニュ生まれのブルーノ・ベラミッシュ(ベル)と、パリ生まれのカルロス=アントニオ・ロシロ(ロス)のふたり。ともに65年生まれで、高校時代に知り合い、どちらも航空機や時計が好きだったことで意気投合する。高校卒業後、ベラミッシュは国立デザイン大学で工業デザインを専攻。ロシロはビジネススクールを卒業後、アメリカのコンサルティング会社を経て、フランスの投資銀行でキャリアを積んでいた。しかしあるときに再会し、92年にパリで時計ブランドを設立。ふたりの名前を合わせ「ベル&ロス」と命名した。

ベル&ロス

ベル&ロスを創業したブルーノ・ベラミッシュ(右)と、カルロス=アントニオ・ロシロ(左)。ブランド名は、共通の趣味を持つふたりのニックネームを組み合わせたものだ。

 こうして始動したベル&ロスを大きく特徴付けることになったのが、ドイツ・フランクフルトの時計ブランドであるジン(ジン スペツィアルウーレン=ジン特殊時計会社)に協力を求めたことだ。ベラミッシュはインターンとしてジンを訪ねたことがあり、創業者のヘルムート・ジンに心酔。一方、ロシロもかねてからのミリタリーウォッチのコレクターであり、ジンの時計を好んでいた。というのが、ふたりがジンを選んだ理由。まさに時計通好みの選択である。

 そうして94年に最初のコレクションである「ベル&ロス by ジン」を発表。その名のとおり、ダイアルに「BELL & ROSS」のロゴと「by SINN」の文字が入れられたコレクションで、その後シリーズ化された「スペース 1」や、1万1100m防水の水深世界記録を樹立(1997年)した「ハイドロマックス」など、ジンの哲学と技術をそのまま受け継いだような特殊なハイスペックを備えたプロフェッショナルモデルを誕生させている。

 しかし97年、一説によるとこの年にジンとの提携が終了し、そこで独自に開発したのが「ヴィンテージ」である。ヴィンテージは、これまでの特殊なハイスペックの追求ではない、日常使用での実用性を目指したのが特徴だ。いわばベル&ロス by ジンのミリタリーテイストをより洗練させたもので、そのフランス的洒脱さとでもいうべき独特のセンスが、先に挙げた厚みのあるケースや、短いラグ、ベージュのダイアル、アラビア数字インデックスなどなどのデザインとして結実。それが時計好きの心を射抜いた。筆者もそれに完璧にヤラレタのである。

 ところで、だ。ベル&ロスとほぼ同時代の96年に創業し、やはり同じく2000年代の初めに日本で正式に紹介された時計ブランドに、ベダ&カンパニーがある。そのベダ&カンパニーを母親と一緒に創業したクリスチャン・ベダが初来日した際にインタビューをする機会があったのだが、そのとき彼はこう語っている。

「一番の問題だったのは、新しい時計ブランドを必要としている人がいなかったこと。だから成功するチャンスはゼロだったのかもしれない。そんな難しい状況のなかで成功する唯一の方法は、アイデンティティをつくること。それは、そこにあるものはまだ知らないかもしれないけれども、そこに何か感じるものがある、ということだ。ポルシェやフェラーリ、メルセデス・ベンツは見てわかる。シトロエンは、そうではないかもしれないが、見て何かを感じる。そういう、“認識される”ということが大切。知っている、好んでいる、いいものだと思える、欲しいと思える。そういうものをつくらないといけない」

 そしてラインナップにラウンドケースのモデルがない理由を尋ねたとき、こう答えている(ベダ&カンパニーは変形のトノー型「No.3」やレクタンギュラー型「No.7」で人気を獲得。初のラウンド型「No.8」を発表したのは2009年である)。

「丸型はもっとも難しい。丸型で認識されているのは、ごくわずかだ。クラシックで特徴なしならば、すぐにでもできる。丸型で、エレガントさをもたせ、洗練された味を出し、強い個性をもたせることは、非常に難しい」

 確かに、1990年代のこの当時に創業し、大きな成功を収めた時計ブランドは数少なく、その限られたなかでも、フランク ミュラー(1992年)にせよ、パルミジャーニ・フルリエ(1996年)にせよ、ロジェ・デュブイ(1995年)も、リシャール・ミル(2001年)も、どのブランドも丸型ではないモデルで人気を獲得している。丸型で成功したのはF.P.ジュルヌ(1999年)ぐらいで、しかしそれとて決してシンプルなデザインのモデルとは言えないものだ。

 しかし、ベル&ロスはそれを実現した。ごく普通の丸型のヴィンテージで、エレガントで洗練された強い個性をもたせることに成功した。まさしく、時計通好みのする、名作だったのだ。

 そして2005年、さらなる名作の「BR 01」が誕生する。BR 01は、実は予告されていた。誕生する以前のカタログにコックピットクロックが掲載されていて、それが後に発表されることになるBR 01に酷似していたのだ。

BR01

ベル&ロス「BR 01-92 カーボン」
ベル&ロスといえば、このモデルが真っ先に思い浮かぶという人も多いだろう。コックピットに搭載されているクロックが、そのまま腕時計になったかのようなデザインはたちまち話題を呼び、ブランドを代表するモデルに昇華させた。自動巻き(BR-Cal.302)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。SSケース(縦46×横46mm)。100m防水。61万6000円(税込み)。

 BR 01は実際、コックピット計器をモチーフに開発された。ちなみに、05年の発表時のプレスリリースでは正式名を「BR 01 インストゥルメント」としている。「インストゥルメント=計器」というのを強調したかったのかもしれないし、ラグを取り外して別売りの台座に取り付け、デスククロックに転用できることを表したかったのかもしれない(最初期モデルはラグが取り外し可能。その後、ケースと一体成形で取り外し不可となった)。

 ともあれ、計器そのもののような46mm×46mmの巨大な正方形の時計を腕に巻くという発想に誰もが驚かされた。だがそれ以上に、BR 01のスタイリッシュさに世界中が感嘆した。

 正方形に丸を組み合わせたシンプルなデザイン。大きなアラビア数字インデックス。幅広の短い針。コックピットの計器さながらの真っ黒なカラーリング。裏蓋とミドルケースを一体にしたツーピース構造。極太のストラップ。そうしたすべてが、ヴィンテージ以上に時計好きの琴線に触れた。

 そしてさらなる白眉が、BR 01はファッション好きにも大人気となったことだ。その有名な逸話がデザイナー、ラルフ・ローレンである。BR 01が発表されると、いち早くファッション広告で使用。自身もBR 01を愛用した。つまりファッション界の重鎮であり、時計好きとしても高名な、後に時計ブランド「ラルフ ローレン」を創設したラルフ・ローレンが認めた時計ということ。BR 01は時計通好みであるばかりでなく、ファッション通好みでもあったのだ。

 さて、このように時計通好みのモデルを作り続けるベル&ロスだが、そのモデル名もまた時計通好みなのである。

 ヴィンテージは、前記のとおりアラビア数字のインデックスが特徴。そのポイントとなる「12」「3」「6」「9」の4つの数字がモデルの名前になっている。

 スモールセコンドの3針は「12」の次が「3」であるため「ヴィンテージ 123」。2インダイアルのクロノグラフは「12」の次が「6」であるため「ヴィンテージ 126」。3インダイアルのクォーツクロノグラフは「12」の次がないため「ヴィンテージ 120」。時計好きなら、一度憶えてしまえば忘れることのない、通好みのネーミングだ。

 さらにBR 01が素晴らしい。搭載ムーブメントであるCal.ETA 2892A2系のナンバーがモデル名になっているのである。すなわち、「BR 01-92」は「92」搭載の中3針。「BR 01-94」は「94」搭載のクロノグラフ。「BR 01-96」は「96」搭載のビッグデイト表示付き。「BR 01-97」は「97」搭載のパワーリザーブインジケーター付き。

 現在はひとまわり小型の42mm×42mmの「BR 03」がメインとなり、それを継承(ただし、現在はセリタCal.SW300も併用されている)。現行ラインナップは、「92」搭載の中3針「BR 03-92」。「93」搭載のGMTモデル「BR 03-93」。「94」搭載のクロノグラフ「BR 03-94」だ。

BR03

ベル&ロス「BR 03-94 マルチメーター」
BR 03シリーズの最新モデルが、BR 03-94 マルチメーターだ。クロノグラフ機能と一見複雑に見える文字盤を組み合わせることで、パルスメーター(心拍数)、アズモメーター(呼吸数)、そしてタキメーター(ランナー・自転車・自動車の3つのスピードに対応)をそれぞれ計測することが可能だ。自動巻き(BR-Cal 301)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。セラミックスケース(縦42×横42mm)。100m防水。71万5000円(税込み)。

 ETA Cal.2892A2は汎用ムーブメントであるが故に、“ETAポン”などと、しばしば軽んじられることも多い。だが、スイスのマニュファクチュールの時計師や技術者などの誰に訊いても悪く 言う者はいない。時計ファンも、年季の入ったベテラン(ヲタク)は、たいていETA Cal.2892A2が大好きだ。まさしく時計通好みのムーブメントなのである。

 だからそんなETA Cal.2892A2の名前をそのままモデル名に使用するベル&ロスは、本当に時計好きの心を分かっている、時計通好みのブランドなのである。

Contact info:ベル&ロス 銀座ブティック Tel.03-6264-3989


福田豊
福田 豊/ふくだ・ゆたか
ライター、編集者。『LEON』『ENGINE』などの雑誌やwebでファッション、時計、クルマなどライフスタイル全般について執筆。webマガジン『FORZA STYLE』で動画出演多数。https://www.instagram.com/fukuda1959/?hl=ja


昨年完売したベル&ロス 日本限定のレッドダイアルに続き、2作目は「BR 05 レッド スティール」

https://www.webchronos.net/news/72420/
旅立ちの時は目前だ! ベル&ロスの新作「BR 05 GMT」

https://www.webchronos.net/news/69776/
航空機のレーダースクリーンに着想を得たベル&ロスの「 BR 03-92 Red Radar Ceramic 」

https://www.webchronos.net/news/66566/