大胆な進化を遂げたアイコニックピース、オメガ「スピードマスター クロノスコープ」をレビュー

2022.05.08

手巻き式クロノグラフの代名詞、オメガの「スピードマスター」をインプレッションする。ただし、普通のスピードマスターではない。2021年、クラシカルなデザインの外装にハイスペックな最新式ムーブメントを搭載して登場した「スピードマスター クロノスコープ」である。時間を意味する“Chronos”と、観察を意味する“Scope”を組み合わせた言葉、“クロノスコープ”をその名に冠した本作は、我々にどのような楽しみを提案してくれるのだろうか。

スピードマスター クロノスコープ

スネイルデザインのメーターが特徴的な「スピードマスター クロノスコープ」。シルバーダイアルと濃紺の時分針との組み合わせは、視認性に優れる。ダイアルデザインのベースは、同社の1940年代のクロノグラフである。
野島 翼:文・写真
Text and Photographs by Tsubasa Nojima
2022年5月8日掲載記事


異色のスピードマスター

「スピードマスター」は、言わずと知れた、オメガを代表するクロノグラフである。1957年にシーマスターの派生モデルとして開発されたファーストモデルの「CK2915」は、レーシングドライバーや航法士、エンジニアをターゲットとした防水クロノグラフであった。その後スピードマスターは進化を重ね、NASAの過酷なテストに合格した第三世代「ST105.003」、竪琴デザインのケースを確立した第四世代「ST105.012」、生産性に優れるカム式クロノグラフムーブメントを搭載した第五世代「ST145.022」など、細部の熟成を重ねてきた。派生モデルも多く開発され、「マーク2」や「マーク3」、「フライトマスター」等の樽型デザインのケースや、自動巻きモデルとして、「レーシング」や「リデュースド」、更には液晶を備えた「LCD」や「X-33」等、そのバリエーションは枚挙にいとまがない。

 そんな多くのバリエーションを持つスピードマスターにあって、なお異彩を放っているのが、今回のレビューモデル「スピードマスター クロノスコープ」である。2021年に発表された本作は、左右非対称の竪琴デザインのケースにアルミニウム製ベゼルといった、オーソドックスな手巻きのスピードマスター(以下、プロフェッショナル)のデザインを踏襲しつつ、リーフ型の針やツーカウンターのクラシカルなダイアルを特徴としている。

 デザインのベースは、1940年代の同社製クロノグラフである。年代から分かるように、このモチーフとなったクロノグラフとは、もちろんスピードマスターではない。恐らく、「CK987」等のCal.33.3CHROを搭載したモデルを指しているのだろう。つまり本作は、クラシカルな外観を持っていながらも、あくまで復刻モデルではなく、同社のDNAをミックスして生まれたものなのである。

スピードマスター クロノスコープ 装着感

ヘアラインとポリッシュを使い分けたツイストラグ、下部のくびれたベゼル、ボックス型のサファイアクリスタル等、外装のデザインはスピードマスターそのものである。ラグからラグまでの長さは抑えられており、腕に載せても大きすぎると感じるほどではない。

 このモデルの特徴は外観だけにとどまらない。搭載するムーブメントは手巻き式クロノグラフのCal.9908だ。これは、手巻きのスピードマスターが採用してきたCal.321をはじめとするレマニア製ムーブメントの流れを汲むものではなく、自社開発のCal.9900の系譜である。METAS認定のマスター クロノメーターを取得しており、1万5000ガウスの耐磁性能を誇る現代的なハイスペックムーブメントである。

 クラシックなデザインに最新スペックのムーブメントを組み合わせた本作の実力はいかほどであろうか。それではまず外観から見ていこう。


1940年代のクロノグラフをモチーフとしたクラシカルなデザイン

 ダイアルは変われど、やはり本作もスピードマスターの一員である。それを示しているのが、特徴的な形状のケースだろう。サイドはプッシャーやリュウズをガードするように膨らみ、ラグは先端に向かって捻ったような、いわゆるツイストラグを採用している。アルミニウム製のインサートがセットされたベゼルは、裏側がケースに向かってくびれている。

 ケースサイズはプロフェッショナルが長年採用し続けてきた42mmよりも僅かに大きい43mmであるが、大きすぎるような印象はない。ケースの直径よりもむしろ、薄さを強く感じる。参考にサファイアクリスタルを採用した旧型の「スピードマスター ムーンウォッチ プロフェッショナル」は、ケースの厚さが13.5mmであるが、本作はそれよりも0.7mm薄い12.8mmである。特に、プロフェッショナルはケースバックが僅かに膨らんでいるが、本作はそれよりも薄く平らになっており、これによってコロンとした塊感が抑えられている。

Cal.9908

ムーブメントは、そのほとんどを1枚の受けに覆われている。クロノグラフ機構の動きを鑑賞することはできないが、アラベスク模様のコート・ド・ジュネーブ装飾が目を喜ばせてくれることは間違いない。

 ケースバックはシースルーになっており、ムーブメントを鑑賞することができる。ただし、“手巻き式クロノグラフ”という言葉から連想される光景は期待しない方が良いだろう。3/4プレートよろしく、テンプ以外のほとんどは1枚の受けに覆われている。ただし、だからといってがっかりするのは早計だ。他のムーブメントでは見られない、テンプを中心として広がるアラベスク模様のコート・ド・ジュネーブ装飾が目を楽しませてくれることだろう。クロノグラフの醍醐味たるレバー類の全貌を見ることはできないが、コラムホイールに関しては、その動きを確認できるよう、開口部が設けられている。

 ブレスレットは、楕円形のコマで構成された三連タイプ。バックル側に向けて細くなるようテーパーがかけられている。これによって多少スポーティさが和らぎ、ダイアルデザインに似つかわしい外観にまとめられている。ただし、重いケースと小さなバックルの組み合わせは、着用時の不快感を生み出しかねない。使用時にどのような感想を抱くこととなるのか、要チェックポイントであろう。

 三つ折れ式のバックルには微調整機構が備わっている。プッシュボタンでバックルをリリースすると、プレートの内側に“PUSH”と書かれたパーツを確認することができる。これを押下し、ブレスレットを引っ張ることで、数mmだけだがブレスレットを延長することができる。

 さて、本作の要であるダイアルに目を移そう。全体はホワイトに近いシルバーカラーに仕上がっている。3時位置と9時位置にはインダイアルが配されており、前者がクロノグラフの積算計、後者がスモールセコンドである。中央には本作をクロノスコープ(ある事象の持続時間を正確に把握するための装置)たらしめる、タキメーター、テレメーター、パルスメーターの3種類のメーターがプリントされている。

オメガ バックル

ブレスレットはバックルに向けてテーパーがかかっており、結果的にバックルは幅が小さめとなっている。ブレスレットのコマは、ひとつひとつが小さく可動域が大きいため、装着感は上々だ。

 驚くべきは、カタツムリのように渦を巻くこのメーターが、段差のあるインダイアル部分にも切れ目や滲みなく、綺麗に連続してプリントされていることだ。インデックスは丸みを帯びたアラビア数字タイプ。ダイアル上には、各インデックスをなぞるように同心円状の無数の細かな溝が彫られており、光の反射によって視認性が損なわれることを防いでいる。

 時分針は優雅なリーフタイプだ。ブルーのインデックスと針は、鮮やかというよりも艶を抑えた濃紺といった具合だ。スピードマスターと言えば、ホワイトにペイントされた夜光付きの針がスタンダードだが、本作にはスーパールミノバは塗布されていない。そもそも、針やインデックスとダイアルとのコントラストが高いために、多少の光があれば読み取りにはそこまで苦慮しない。その他、良し悪しを語っているわけではないことを前置きした上で付け加えるとすれば、ケースサイズにマッチしたムーブメントを搭載したことによって、プロフェッショナル特有の寄り目ダイアルが解消され、マイルドなデザインバランスになったことは大きな違いかもしれない。

 ダイアルの周りには、ブルーのアルマイト加工が施されたベゼルがセットされている。昨今各社からリリースされる最新のクロノグラフやダイバーズウォッチは、ベゼルにセラミックスを採用しているモデルが多い。耐傷性と耐候性に優れ、品のある艶が特徴のこの素材は、高級時計にこそふさわしいように思える。だが、個人的にはクラシックなテイストのモデルとセラミックベゼルの組み合わせには、どうしてもチグハグ感を拭いきれない。従って、あくまでも個人的な趣味趣向によるものであるが、本作のベゼルは筆者にとってツボを抑えた仕様であった。