その時計には星空が閉じ込められている。カンパノラ
多層構造による立体的で奥行きのあるダイアルデザインを持つカンパノラシリーズ。会津漆の伝統工芸士である儀同哲夫による漆塗りダイアルモデルをそろえており、日本の美意識を取り入れたラインナップも注目度が上がっている。クォーツ。SS(直径44.0mm、厚さ14.5mm)。日常生活用防水。30万8000円(税込み)。
太古から人々は、星空が移り行く様から時の流れや季節の移ろいを感じてきた。それはやがて、時間や暦を司ることが神聖な力や権力の象徴となり、時計の中に時刻表示とカレンダー、月齢の表示など、森羅万象を表現することに価値が見いだされてきた歴史がある。その延長線上として天体の動きを再現する時計も生み出されてきた。そのなかでも異彩を放つのがシチズンの「カンパノラ コスモサイン」である。
カンパノラ コスモサインは、北緯35度線上(房総半島の先端、伊豆半島の根元を通り、琵琶湖の南端、島根県出雲市の南側に抜ける線上)で見られる4.8等星以上の恒星1027個に加え、アンドロメダ銀河やオリオン大星雲などの星雲・星団166個をダイアル上に配している。そしてこれが時間に合わせて反時計周りに回転し、その瞬間に見られる星空が星図上に現れる仕組みである。天文台が多く配置される日本の北緯35度線上は、日本における天体観測のひとつの基準となっており、コスモサインには日本で見られる星空がすべて集約されていると言っても過言ではないだろう。
コスモサインの設計者である上原秀夫(元シチズン時計)は熱心な天文愛好家でもあり、コスモサインの設計に際して天文のプロでも満足できるものを目指した。入念な設計の結果、0.1等級ごとに大きさが変えられた星々は、1000分の1mmの精度で精密にダイアル上に描き出されている。このように作られた文字盤上の星図は常に星の配置を再現するため、陽の光が明るい日中も、そこに存在するはずの星々の様子が描き出されていることになる。
上原を始めとした開発陣は、オーナーがダイアルをのぞき込むとき、自分が広い宇宙の中に立っていることを思い起こし、イマジネーションが刺激されるような時計になって欲しいと語る。その思いが体現されたカンパノラ コスモサインは、そのキャッチコピーが“宇宙を手にする”であるのも頷ける。宇宙にロマンを感じる人に好適なコレクションと言えるだろう。
宇宙開発に多大な貢献を果たしてきたオメガ「スピードマスター」
宇宙に行った時計として説明不要なほど有名なのがオメガ「スピードマスター」である。NASAがスピードマスターを有人宇宙飛行と船外活動(EVA)での使用の認定を与えたのが1965年のことだ。宇宙開発にとっても激動の60年代を振り返りながら、この歴史的なモデルについて検討してみよう。
アメリカ合衆国第35代大統領ジョン・F・ケネディは1961年5月、「10年以内に人間を月面に着陸させ、安全に地球に帰還させる」アポロ計画を発表する。この時点でアメリカは、マーキュリー計画にて宇宙飛行士の身動きが制限された状態の有人宇宙飛行を成功させただけであり、船外活動や宇宙船のドッキングが想定されるアポロ計画との技術的な乖離は非常に大きかった。
そこで、その間を埋める計画としてジェミニ計画が1961年から開始され、ロケットや宇宙船の技術向上が急ピッチに進められることとなる。また、宇宙飛行士の装備品についても同様で、無重力下での宇宙飛行士によるさまざまな活動を想定した時計の要求仕様も策定された。この要求仕様に適合するか確認するための厳しい試験に、唯一耐えたのがオメガのスピードマスターである。この試験結果報告書には「オメガの腕時計(スピードマスターを指す)はジェミニ宇宙船用として承認された」と明記されている。
その後の宇宙開発においてスピードマスターは重要な役割を果たす。最も有名なエピソードが、アポロ13号の事故において宇宙飛行士たちの命をつないだ場面だ。
アポロ13号は月への航行中に酸素タンクが爆発して計画の続行が不可能になった。安全な航行に必要な酸素、水、電力の多くを喪失したアポロ13号は、地球への帰還を成功させるためにほとんどの機器を停止せざるを得なかった。そのため、帰還に必要な軌道の修正のためのエンジン噴射時も自動制御ができず、宇宙飛行士たちが手動で正確に行わなければならなかった。この噴射時間の14秒を管理するために用いられたのが、宇宙飛行士達の腕に巻かれたスピードマスターであった。
このようなアポロ13号をはじめとした宇宙開発におけるオメガの貢献を称えて、1970年にNASAの宇宙飛行士から「シルバー スヌーピー アワード」が贈られた。(スヌーピーはNASAのマスコットキャラクターである)。この栄誉から50年を記念したモデルが、オメガ「スピードマスター “シルバー スヌーピー アワード” 50周年記念」である。9時位置のスモールセコンドにはシルバー スヌーピー アワードで送られるシルバーピンと同じポーズのスヌーピーが描かれる。また、ナイアード・ロックシステムを採用したケースバックには、サファイアクリスタルに月の裏側が描かれ、その向こうにスモールセコンドと連動して回転する地球が描かれている。また、クロノグラフと同期して、司令機械船に乗ったスヌーピーが航行する仕組みとなっている。
シルバー スヌーピー アワードの受賞から50周年を記念したモデル。スヌーピー アワードモデルとして初のCal.3861を搭載する。限定モデルではないが、入手が絶望的な点のみ難点だ。手巻き(cal.3861)。26石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約50時間。SS(直径42mm)。50m防水。122万1000円(税込み)。
さて、ここからは筆者の推測である。このモデルのケースバックの淵には"APOLLO XIII"と刻印されているため、描かれた司令機械船がアポロ13号と判断するのが自然な流れだが、筆者はそうではないと考えている。アポロ13号では、故障によってほとんどの機器を停止させた際に宇宙飛行士をダメージの無かった着陸船"アクエリアス"に退避させたことが生還のカギとなった。着陸船を切り離したのは地球の大気圏への突入直前であり、アポロ13号はケースバックの司令機械船のみの状態では航行していない。そのため、この司令機械船はアポロ13号ではないと筆者は考えるのだ。
実際に、オメガの説明でもこれがアポロ13号であるとは明言されていないし、シルバー スヌーピー アワードもアポロ13号を"はじめとした"アポロ計画全体でのオメガの貢献を称えたものであるので、これは成功したアポロ計画の様子を写し取ったものだと考えるのが妥当そうだ。いずれにしても、スピードマスターと宇宙の強い関係性から生まれたモデルであるのは間違いない。
ルーツを知れば新たな魅力に気付く
筆者は上記のようなルーツを暗記している訳ではないので、各メーカーが公表する資料を元に調査しながらこの記事を執筆している。そうやって改めて各モデルの由来を知ることで、筆者はそれぞれの魅力を再認識した次第である。言い換えよう。どれもとても欲しくなった。使用して、その世界観を自分の中に取り込みたいと感じている。
多くの幼い男子は、一度は自由に空を飛ぶ飛行機に心を奪われるのではないだろうか。筆者もそのひとりである。そして、飛行機が飛ぶのは物理法則や社会的ルールによって意外と自由ではないことを知ってからも憧れを持ち続けたりする。その理由を考えてみると、ひとつひとつのシーケンスを確実にこなすパイロットの冷静沈着な様に格好良さを覚えるのかもしれない。そんなパイロットを支えるパイロットウォッチを、自分も使ってみたいと考えるのは自然な流れだろう。
このようにさまざまなルーツを知ることで、自分が最も共感できる、あるいは興味深いと思えるブランドやモデルを見つけ、長く付き合える1本と出会えることができれば幸いである。
https://www.webchronos.net/features/77853/
https://www.webchronos.net/features/82101/
https://www.webchronos.net/specification/66298/