どんなものにも名前があり、名前にはどれも意味や名付けられた理由がある。では、有名なあの時計のあの名前には、どんな由来があるのだろうか? このコラムでは、時計にまつわる名前の秘密を探り、その逸話とともに紹介する。
今回は、2016年に発表されたモーリス・ラクロアを代表するモデル「アイコン」をテーマに、コレクション名の由来や誕生の背景をひもとく。
(2022年7月31日掲載記事)
モーリス・ラクロア「アイコン」
モーリス・ラクロアの「アイコン」が売れている。人気である一番の理由は、ケースとブレスレットを一体にした、いわゆる“ラグジュリースポーツウォッチ”のスタイルであることだろう。それでいて、モーリス・ラクロアらしい、抑えた価格にされているのも魅力だ。
自動巻き(Cal.ML115)。26石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。SSケース(直径42mm)。200m防水。22万5500円(税込み)。
「アイコン」がデビューしたのは2016年。最初はクォーツ式のみのラインナップであった。しかし18年に自動巻きの3針モデルとクロノグラフ搭載モデルが登場。これで一気に世界的な人気を博するコレクションとなった。
アイコンは、公式リリースによると1990年代にモーリス・ラクロアを代表するモデルとして登場した「カリプソ」の復刻版、とされている。前記したようなケースとブレスレットを一体にしたスタイルや、6つのタブ(=突起)を備えた特徴的なベゼルは、カリプソから受け継いだものだという。
ではカリプソとは、どんなモデルであったのか。カリプソが登場したのは、実は90年代ではない。公式リリースには「90年代にモーリス・ラクロアを代表するモデルとして登場した」と書かれているが、誕生したのは80年。発表されるとたちまち人気を獲得。モーリス・ラクロアで最も成功したクォーツモデルであったという。
ケースとブレスレットを一体にしたスタイルで、ブレスレットはリンクを持たない1ピース構成。ベゼルの6カ所にビス留めされた(ビスは飾りかもしれない)タブを備えているのが特徴だ。そして、カリプソは90年にモデルチェンジし、第2世代になる。やはりケースとブレスレットを一体にしたスタイルで、ブレスレットはふたつのリンクを持つ5連構成。ベゼルの6つのタブがダブルになっているのが目を引く特徴だ。
この第2世代のカリプソのデザインをアイコンが受け継いだ。つまり公式リリースに書かれているのは「90年代のモーリス・ラクロアを代表するモデルの復刻版」という意味だったのだろう。また、第2世代のカリプソには、とても重要なモデルがある。93年に発表された、スケルトン仕様の機械式ムーブメントを搭載するモデル「カリプソ スケルトン」である。
というのも、このカリプソ スケルトンがブランド初のスケルトンウォッチであり、以降、モーリス・ラクロアはスケルトンをブランドの大切な作風とすることになる。すなわち第2世代のカリプソは、モーリス・ラクロアにとって、ことさら特別なモデルなのだ。
カリプソ スケルトンのデザインコンセプトを継ぐのが、2022年5月に登場したばかりのアイコン スケルトン。地板や受けの形状をカスタマイズし、よりモダンな印象を強めている。自動巻き(Cal.ML115)。26石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。SSケース(直径39mm、厚さ11mm)。200m防水。40万7000円(税込み)。
ところが、カリプソは2002年に第3世代にモデルチェンジすると、翌03年に生産中止とされる。第3世代はケースやブレスレットは第2世代のデザインをほぼそのまま踏襲。ベゼルの6つのタブがシングルにされたのが相違点だ。第3世代のカリプソがなぜたった1年の短命に終わったのかは分からない。
この時期、モーリス・ラクロアは好調であった。1999年にケース工場を拡張し、2000年にトレーニングルームをファクトリーに併設。01年にはデスコ・ド・シュルテスから独立し、ファクトリーのさらなる拡張を実施。同年には、スイスの時計雑誌『モントル・パッション』の2000年度読者賞を受賞した。
このような好調のなか、1990年代の代表作であるカリプソがなぜ姿を消したのか。思い当たるのは、2001年にCEOが交代したことぐらいだろうか。
さて、モデル名の「アイコン」=「AIKON」は「ICON」の意味。ブランドにとってアイコニックな存在にしたい、という思いで付けられた名前なのだという。「AIKON」という綴りはまったくの創作だそう。「A」で始まる名前にすれば、インターネット検索で上位になりやすい、という思惑もあったのだという。
筆者は個人的に、モーリス・ラクロアはドイツで人気が高いため、ドイツ語っぽくするために「A」や「K」を入れたのでは、と思ったのだが、それは尋ねたが不明。モデル名選びは、多数のメンバーが長期間かけて行ったそうで、そのためかえって不明になってしまったことも多いのだという。
それで、面白いのが「AIKON」の綴りを逆にすると「NOKIA」になること。どうやらモーリス・ラクロアはそれに気づいていなかったようなのだが、ノキアが気づいて訴訟を起こそうとした。結局は、訴えが棄却され、無事に済んだのだが。でも本当に、モーリス・ラクロアは知らなかったのだろうか……。
なにしろ、正方形の歯車を回すなど、モーリス・ラクロアは独特のユーモアのセンスの持ち主。だから案外“確信犯”だったのかも。そう考えると、アイコンがよりいっそうお洒落に魅力的に見えてくるのだけれども、どうだろうか?
Contact info: モーリス・ラクロア(DKSH マーケットエクスパンションサービス ジャパン) cg.csc1@dksh.com
ライター、編集者。『LEON』『MADURO』などで男のライフスタイル全般について執筆。webマガジン『FORZA STYLE』にて時計連載や動画出演など多数。
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