対してリシャール・ミルは、非常にオーソドックスな手法を採った。ケースとムーブメントの一体化を避け、それぞれを独立させたのである。内部にムーブメントを収める空間を設けたケースは、それ自体が板ではなく箱になる。どんなに薄く作ったとしても、板よりも箱のほうが、構造体として強くなることは自明だろう。具体的には、グレード5チタン製のバックプレート外周部に強固なリブを設け、薄板で蓋をするような構造だ。これによりRM UP-01は、他のリシャール・ミル製品と同様に、5000G以上の加速度に耐えることができる。各姿勢での落下試験はもとより、ケース外端部に約12㎏の荷重をかけたり、ケースを捻ったりするような試験も行われた。ラボラトリーでの開発試験は約6000時間にも及んだという。また製造はプロアート(リシャール・ミルのパーツ製造工房)内で行われているが、通常のケース製造部門ではなく、ムーブメント製造部門が担当する。これは文字通り、ムーブメント並みの加工精度が求められたためだろう。
RM UP-01が搭載するムーブメントは、初作からパートナーシップを結んできたオーデマ ピゲ ル・ロックル(APLL)との共同開発。その厚さは1.18mmしかなく、機械式の手巻きムーブメントとしては、限界に近いほど薄い。時分表示のプレートと、ファンクションセレクター機能を持たせた第1リュウズ、巻き上げと針回しを行う第2リュウズが収まるスペースに逃げを設けた角型で、大きな面積の中に輪列を散らすような設計を持つ。歯車の重なりを抑えることが主眼だが、大径の香箱部分には上下に受けを設けることすらせず、外周部分をベリリウムカッパー製のブッシュで支えている。輪列のオフセット化も徹底されており、香箱と2番車の間には伝達中間車が入る。また調速用の通常輪列と時刻表示用の輪列は別系統とされており、後者はそのまま時分表示ディスクとして用いる。
フェラーリの名を冠した超薄型時計。実用も十分可能な耐衝撃性を併せ持つ。テンプはフリースプラング。手巻き(Cal.RMUP-01)。23石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約45時間。Ti(縦39.0×横51.0mm、厚さ1.75mm)。10m防水。世界限定150本。予価2億4750万円(税込み)。
しかしムーブメントパーツの中には、どうしても重なりを避けられない部分も存在する。調速脱進機はその筆頭だろう。通常のスイスレバー脱進機を用いる場合、高さを生んでしまうパーツは、アンクル先端の剣先(ガードピン)と、テンプの振り座に設けられる小ツバ(セイフティーローラー)だ。これらを取り払ってシングルローラー化すれば、設計上は高さを抑えられても、衝撃が加わった際には、簡単にテンプの振り切り(オーバーバンキング)が発生してしまうだろう。つまり時計が止まるという最悪の事態が起こるのだ。
この問題に対してRM UP-01には、リシャール・ミルが「ウルトラフラット脱進機」と名付けた、改良型のスイスレバー脱進機が搭載されている。特許取得は2019年で、発明者はジュリオ・パピ。この改良型脱進機の要点は、厚さを抑えるために剣先と小ツバをなくし、振り座(大ツバに相当)とクワガタの高さを揃え、双方の外壁部分を沿わせるような形状とすることで、オーバーバンク防止壁として機能させることにある。従来のスイスレバー脱進機に対して耐衝撃性が向上するわけではないが、機構自体を薄くしつつ、同等の耐衝撃性を確保できるようだ。
唯一の欠点は、アンクルが首を振る角度を同一とした場合、クワガタ部分の移動距離が大きくなることから、相対的にアンクルの竿を伸ばさなければならないこと。耐衝撃性を落とさずに薄型化できることと引き替えに、搭載には大きな面積が必要になるのだ。こうした点からも、薄型化と大径化は、表裏一体の関係にあることが分かる。
もうひとつ、この脱進機には隠れた利点もある。68ページ中央の特許資料はテンプが振り当たり(ノッキング)を起こした際の概念図だが、これをテンワの振り角に換算すると、360度を超えていることが分かる。図中βの角度+360度が限界値で、通常のスイスレバー脱進機が、振り角330〜340度で振り当たりするのに対し、設計上はかなり振り角を上げられる。仮に振り角を大きく取った場合には等時性の面で有利に働くし、スイスレバーと同等の振り角にした場合には、不意の衝撃に対して余裕が生まれる。
フェラーリとのパートナー契約は2021年だが、実際の開発は20年頃から始まっていたらしい。しかしこのムーブメントの特性を、超高回転型のレーシングエンジンに喩えるなら、両者の間に意外な共通点が見出せるのだ。
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