テーマ2「文字盤と針」

 良質なサプライヤーが増えた結果、針や文字盤のディテールを詰めた時計が多く見られるようになった。ここではこの2ポイントに着目しよう。

 マイクロメゾンの個性を示すもうひとつのポイントが、針と文字盤である。このジャンルの時計に以前と比べて明らかに優れた個体が増えたのは、腕時計ブームの結果、少量多品種生産に特化したサプライヤーが増えたため、と言えるだろう。事実、サプライヤーに限って見れば、独立時計師とマイクロメゾンの供給元はかなり被っている。

 消費者の要求が厳しくなった結果、今や多くのメーカーは、メンテナンスのたびに針を交換したがるようになった。立体的で手間のかかった針よりも、傷のないものが良いという風潮は結果として、交換コストの安い針を普及させることとなったのである。良いか悪いかはさておき、これが20年間の「進化」である。

 対して、作家性を強調するいくつかのマイクロメゾンは、針でも新しい試みを加えるようになった。最も優れたサンプルは、モリッツ・グロスマンである。希望する品質の針を得られないため内製するようになった、と説明するだけあって、鏡面に仕上げられた立体的な針は、現行品では極めて珍しい。また1セット作るのに1日かかる針を外部のサプライヤーに依頼すると、とてもコストは合わなかっただろう。

 ちなみに、これほど高コストな針を採用できた理由は、モリッツ・グロスマンの姿勢があればこそだ。メンテナンスのたびに部品を交換しない同社は、針でも同じスタンスを貫いている。

 地味だが、興味深いのはツァイトヴィンケルだ。ダイヤモンドカットされた針は、写真が示す通り、袴の部分まで立体的に成形されている。お世辞にも針は厚いといえないが、取り付け時に付いたであろう傷は皆無だ。このディテールが暗示するのは、同社が優れた職人を擁しているということだ。

 マイクロメゾンで興味深いのは、新興メーカーのオフィオンである。時計の70%はスイス製、30%はドイツ製と明言する同社は、マイクロメゾンらしい凝った時計を、極めて魅力的な価格で提供している。見どころは多いが、「786 ベロス」の大きな魅力は、外装、とりわけ文字盤だろう。ドイツ製の文字盤は、下地にギヨシェではなくCNCでパニエ模様が施されたほか、やはりCNCで成形したエレメントをその上に重ねたもの。立体的なレイルウェイトラックや、メリハリを強調したブレゲ数字などは、同価格帯の量産機とは一線を画す仕上がりだ。また、786 ベロスのケースは、なんとヴティライネン&カタン製。ティアドロップラグを後付けにすることで、ラグの隅々まで磨きを入れられるようになった。

 少量生産のマイクロメゾンはどうしても高価格になってしまう。しかし、CNCを多用し、組み立てをドイツで行うことで販売価格を抑えたオフィオンは、マイクロメゾンが向かう、新しい方向性を示唆している。(広田雅将:本誌)

Point1「針」

手作りで磨き上げられたモリッツ・グロスマンを筆頭に、ダイヤモンドカットを用いたもの、CNCで加工したものと、3種類の良質な針を見比べていく。

モリッツ・グロスマン

モリッツ・グロスマンの針は、ワイヤ放電加工機で抜かれた厚さ0.22mmのブランクを手作業で半分に削っていく。内製するのは「高品質の針を作る会社がない」ため。ひとつの時計の針を仕上げるのに、職人が丸一日を費やす。細い先端は、手作業の証しである。注目すべきは、肉厚な袴。「針の目」という名前がある通り、かなり立体的だ。

ツァイトヴィンケル「181°」

凝ったムーブメントに、シンプルな外装を合わせるツァイトヴィンケル「181°」。針も2面にダイヤモンドカットを施したシンプルなものだ。とはいえ、決して安直ではないのが同社らしい。針に施されたダイヤモンドカットは、針を取り付ける袴にまで施されている。取り付けやすくするためフラットに加工するのが定石だが、あえて立体的に処理しているのは、ケーシングに自信があればこそのディテールか。

オフィオン「786 ベロス」

極めてコストパフォーマンスの高い時計を製造するのが、新興メーカーのオフィオンだ。「786 ベロス」が採用するのは、矢の形をした針。ギリシャ語で矢を意味するベロスを象徴するディテールだ。CNCで加工された針は、色を均一に施すためPVDで着色される。色味が鮮やかになりすぎるPVDだが、本作ではよく抑えられている。先端を曲げた分・秒針は、いかにも好事家好みのディテールだ。

Point2「文字盤」

グラン フー エナメル、H.モーザーの代名詞「フュメ」、CNCによる切削パターンなど、まったく異なった3種類の文字盤を見ていこう。

ローマン・ゴティエ「インサイト・マイクロローター」

ローマン・ゴティエ「インサイト・マイクロローター」が採用するブラックエナメル文字盤。同社では2020年から自社工房内でエナメル文字盤の製作も手掛ける。エナメル固有の柚子肌を嫌うゴティエは、エナメルの表面を徹底的に研ぎ上げた、ほぼ完全な鏡面を好む。

フュメダイアル

H.モーザーのシグネチャーとなった「フュメダイアル」は、文字盤の外周に違う色のラッカーを吹き付けたもの。もともとはパテック フィリップ傘下にあるフルッキガー製だったが、現在同社は複数のサプライヤーを使っている。もっとも、厳密な品質管理を行う同社らしく、質は均一だ。

オフィオン「786 ベロス」

価格を考慮すると、ずば抜けて質の高い文字盤を採用するのがオフィオンだ。精密なミニッツトラックやブレゲ数字のインデックスは、CNCで成形されたもの。また、文字盤のパターンもCNCで施されている。注目すべきは、メリハリの付いたブレゲ数字。かつては糸鋸で成形されていたため、ブレゲ数字はメリハリを持つことができた。後にプレスが一般的になると、ブレゲ数字は太くなった。対してCNCを使うことで、オフィオンのインデックスは、往年のブレゲ数字のようなスタイルを持てるようになった。

オフィオン「786 ベロス」

オフィオン「786 ベロス」
アールデコ様式のサーモンカラーダイアルに、ブルーのインデックスと針が映える1本。ティアドロップラグと薄型のリュウズが、クラシカルなデザインを一層引き立てている。Cal.TT718.00のブリッジは、懐中時計のムーブメントに着想を得た左右対称のレイアウトを持ち、サンドブラスト仕上げが施されている。手巻き(Cal.TT718.00)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約5日間。SS(直径39mm、厚さ10.45mm)。50m防水。69万9600円(税込み)。問/クロノセオリー Tel.03-6228-5335