グラスヒュッテ製の時計に搭載されたムーブメントを見たことがあるだろうか? 専門知識を持たずとも、その独特な構造的、外観的特徴は見る目を十分に楽しませるものだろう。しかし細部を知れば、その醸し出される魅力をより深く味わうことができる。今回はグラスヒュッテ製ムーブメントの6つの特徴をお伝えする。
Text by Alexander Krupp
(2022年8月17日掲載記事)
グラスヒュッテ製ムーブメントにおける6つの特徴
4分の3プレート
手巻きで複雑機構を搭載していないシンプルなグラスヒュッテ製のムーブメントには、その多くに4分の3プレートが備えられている。これは地板に対する上部プレートの割合を表わした呼称で、正確に4分の3を覆っているわけではなく、通常はそれ以下だ。重要な歯車を1枚のプレートに取り付ける上部プレートは、調速機を取り付けたテンプ受けをのぞき、各軸を正しい位置に収める。巻き上げ機構が視認できるかどうかは、ここでは問題ではない。
この構造の誕生は、1845年にグラスヒュッテで時計製造を開始したフェルディナンド・アドルフ・ランゲにさかのぼる。フェルディナンド・アドルフ・ランゲは20年近い歳月をかけてこの開発を進めた。いくつかの段階を経て大きくなった上部プレートは、1864年にはムーブメントの4分の3の面積を覆うものになった。
グラスヒュッテ式コハゼ
巻き上げ機構の中のパーツのひとつ、グラスヒュッテ式コハゼは、スイス製の巻き上げ機構と異なり、長く湾曲したコハゼのバネを備えている。リュウズを巻き上げると、香箱に重なる角穴車が回転しながらそのバネと噛み合う。これにより、おなじみの巻き上げ時の音が発生するのだ。コハゼバネがなければ、ゼンマイは緩んでしまい、巻き上げることができない。
ムーブメントの縁に沿って配されたバネが角穴車をしっかりと押さえることで、角穴車、そして香箱の逆回転が阻止され、確実にゼンマイが巻き上げられる。この大きくて湾曲したバネの形状こそが、グラスヒュッテのものである重要な特徴だ。視覚的に魅力的なデザインとして、特に追加機構を持たない手巻きムーブメントの多くで目立つように設計されている。グラスヒュッテのもの以外においては、短く小ぶりで存在感のないものが多く、中にはコハゼと一体化して見えにくいものもある。
グラスヒュッテ・サンバースト
また、巻き上げ機構には特別な仕上げを見付けることができる。グラスヒュッテ・サンバーストだ。この装飾は通常、角穴車など面積の広い歯車に施されるが、小さなリュウズなどに施されることもある。内側から外側へ引かれる繊細な線状で、直線的なサンバーストとは異なり、曲線で構成されている。円の中心から外側までつながる線で描かれるもの、あるいは同心円状に段階的に描かれるものがある。どちらの場合も、採光状況の変化により、光の反射が円を描きながら動くように見える。
ネジ留めのゴールドシャトン
シャトンとは、ルビーなどの受石を固定している金属製のリングのことであり、歯車の軸の回転を支えるものである。グラスヒュッテでは、シャトンはゴールド製で、その多くが2ないし3本の青焼きのネジによって固定されている。ゴールド、青、そしてルビーの赤色の組み合わせと数多くの部品が、ムーブメントに高級感を与えている。この独特な外観こそが、グラスヒュッテ製の歴史的な美的観点を象徴しているのだ。なぜならば、スイスのムーブメント製造と同様に、ルビーを地板へ直接圧入することも容易にできたからである。
エングレービングが施されたテンプ受け
グラスヒュッテで作られるムーブメントの外観上の特徴として、テンプ受けにエングレービングが施されていることも挙げられる。テンワ、ヒゲゼンマイなど調整機構を固定するこの部品の表面の多くは、花などの植物をモチーフとした装飾で飾られる。その複雑な形状からエングレービングは手彫りで行われ、その上にゴールドの加工が施されることが多い。また往々にして、その中心は青焼きネジで留めつけられている。
スワンネック緩急微調整装置
グラスヒュッテの典型的なムーブメントには、エングレービングが施されたテンプ受けに、スワンネック緩急微調整装置が取り付けられている。美観と技術面の両方に訴求するこの構造は、ヒゲゼンマイに作用する緩急針と、緩急針に圧力をかける長く湾曲したバネ、バネ用の調整ネジからなっている。バネが白鳥の首のような形状であることからスワンネックと呼ばれる。時間の進み遅れを調整する緩急針に、この装置を取り付けることで安定性が高まり、より細かな調整が可能となる。
グラスヒュッテ・オリジナルが導入したダブルスワンネック緩急微調整装置は、この原理をさらに発展させたもので、スワンネック型のバネをもうひとつ加えてガンギ車とアンクルのかみ合いを最適化することにより、さらに高い精度を実現する。
ミューレ・グラスヒュッテは、独自のウッドペッカー(キツツキ型)レギュレーターを採用する。衝撃を受けた時の追加安全策として、従来よりも広がりを抑えたバネを採用したものだ。
「メイド・イン・グラスヒュッテ」としての価値
グラスヒュッテのムーブメントは、その土地固有の特徴を超えて、世界中でその美的感覚や高い品質が認められている。これまで伝えてきた要素以外にも、面取りやポリッシュ仕上げ、時にゴールドでフィリングされる文字のエングレービング、そして直線のストライプ模様などだ。このストライプ模様はザクセンではグラスヒュッテ・ストライプとして知られるが、ジュネーブ・ストライプと変わりがない。これらの世界的に認知されている要素とグラスヒュッテに紐付いた特色が組み合わされることで、ザクセンの時計製造がより魅力的なものとなってくる。つまりグラスヒュッテという拠点で何が許容されているかということよりも、それぞれでどのようなことが行われているかということが大切なのだ。2022年2月から、小さなザクセンの町から生まれる時計はすべて、原産地名称保護制度で保護されている。この決まりにより、「Glashütte(グラスヒュッテ)」という原産地表記は、EU、およびドイツの商標に関する法律において特別な位置付けとなった。
なお、ムーブメントの50%以上をグラスヒュッテで生産している会社が、グラスヒュッテの称号を冠することができる。自社製ムーブメントを製造するブランドには、A.ランゲ&ゾーネ、グラスヒュッテ・オリジナル、モリッツ・グロスマン、ノモス、チュチマなどが挙げられる。グラスヒュッテを拠点に、外部供給を受けながら50%の付加価値を加えているその他のブランドには、ミューレ・グラスヒュッテやユニオン・グラスヒュッテ、ヴェンペなどが挙げられる。
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