2020年6月、パリにグランドセイコー・ヨーロッパがオープンした。コロナの感染拡大の最中の出来事であったが、2年が経過した今、どのような展開となっているのだろうか。グランドセイコー・ヨーロッパ社長のフレデリック・ボンドゥーに取材を行い、同氏が考えるグランドセイコーの欧州展開のポテンシャルなども合わせて話を聞いた。
Text by Rüdiger Bucher
(2022年8月23日掲載記事)
2020年6月のグランドセイコー・パリブティック開店後の反響
WatchTime:コロナの感染拡大が続く約2年半で、グランドセイコーはどのような影響を受けましたか?
フレデリック・ボンドゥー:世界的に見れば、私たちグランドセイコーを取り扱う時計店でも閉店を余儀なくされたところが各所にありました。しかしコロナ禍にあっても、アジアとアメリカの売上は減少するどころか、継続して伸長しています。またヨーロッパでの状況は異なります。グランドセイコー・ヨーロッパは2020年に立ち上がったばかりで、つまり私たちはコロナ禍の到来と活動開始が重なった状況でした。ここパリでのブティックオープンは2020年6月6日。それと同時に、取扱店のネットワークの拡張を図りました。感染拡大による観光客の減少によって、多くの小売店は今も地元の新しい顧客を獲得する必要に迫られています。グランドセイコーのような新しいブランドは、このような状況に強く、重要な役割を担います。この視点から、時計店が抱える問題のひとつについて、私たちの存在は解決の一部となったのです。
WatchTime:パリのブティックの客層として、地元の方が多いのでしょうか?
フレデリック・ボンドゥー:オープンから6~7カ月は主にフランス人のお客様のみでした。しかし2020年のクリスマス以降、ヨーロッパの他の国からのお客様もいらっしゃるようになりました。そして2021年夏以降は、アメリカやアジア、例えばシンガポールや香港からの観光客が再び訪れるようになったのです。人数的には、中国人観光客が大人数のグループで来ていたころとはまだかけ離れています。現在は地元のお客様が85%を占めています。
WatchTime:来客にはドイツ人もいますか?
フレデリック・ボンドゥー:はい。ただドイツでは幸いにも、すでに優良な小売りパートナ―のネットワークがあります。ドイツ以上に、オランダやベルギーからの方が多いですね。
WatchTime:パリのブティックは世界中のグランドセイコー・ブティックの中でも最大規模と聞いています。
フレデリック・ボンドゥー:はい。190平方メートルの売り場面積と、150種類ほどの腕時計を用意している点では、そのとおりです。現在、ブティックには合わせて約350本の在庫があります。
WatchTime:コロナの感染拡大以降で、顧客動向の変化は見られますか?
フレデリック・ボンドゥー:以前より多くのお客様が「自身へのご褒美に」という目的で時計を購入されるようになりました。ご自分用なので決断も早いですね。以前は1回目の来店から数回通い、じっくり検討されていたのが、今は1回目で購入される方が多いです。
日本発ブランドであることの価値
WatchTime:日本発のブランドであるということは、どれくらい重要だと思われますか?
フレデリック・ボンドゥー:非常に重要ですね。この約25年で訪れたグローバル化により、多くの国でライフスタイルが画一化してきました。世界的なメジャーブランドのマーケティングも影響を及ぼしています。そのため、ローカルな影響は以前ほど強いものではなくなってきています。ただ日本は島国であり、独自の文化を形成していることから、このグローバル化の影響はさほど受けていない。そこにはまだ発見が秘められているはずです。これは日本の料理、建築、工芸品、そして時計製造の技術に関わってきます。
WatchTime:グランドセイコーでは、「匠」という日本のものづくりの概念を軸に、多くのことが展開されています。これはどんなものなのでしょうか?
フレデリック・ボンドゥー:匠は日本では非常に重要なものです。ある時はこれが職人そのものを意味し、またある時は、物を作る上での哲学を指します。匠と呼ばれるスペシャリストとなるためには、自身の分野で卓越した技能を有し、かつその技能を伝承されることが求められます。グランドセイコーでは、特別な技能制度に基づき、人材育成が図られています。企業に属する匠は、その企業を導く重要な道しるべともなります。
WatchTime:どのような人が匠になるのですか?
フレデリック・ボンドゥー:匠には、常に技術を磨き、次の世代に伝えていくことが求められています。それは自身の技術的なスキルだけでなく、人格に関する資質についてもです。その背景にあるものは、ハンドメイドによる「技の追求」、修練を継続する「探究心」、常に改善を図る「創意工夫」です。匠にはそれぞれ専門の分野があり、弟子もいる。優秀な弟子には、将来的に自分が匠となるチャンスがあります。グランドセイコーに用いられる青針は、金属の熱処理による素材の色です。その美しい青色はわずかな温度により、色調が変化してしまいます。気温や湿度によって異なる条件に日々対応し、職人が焼き具合をひとつひとつ目で見て判断し、統一した色調を実現しています。
WatchTime:グランドセイコーは、スプリングドライブの技術でよく知られています。販売されている時計のうち、スプリングドライブ搭載機の割合はどのくらいで、クォーツや機械式の割合はどれくらいでしょうか?
フレデリック・ボンドゥー:2020年は、スプリングドライブが47%、クォーツは26%、機械式は27%でした。スプリングドライブの中でも「スノーフレーク(雪白文字盤)」や「スカイフレーク(雪白文字盤にカラーリングを施したもの)」はベストセラーとなっています。私たちが新規に獲得するお客様の多くは、まずスプリングドライブの時計を購入します。
WatchTime:グランドセイコーはこのほど、SBGW267とSBGW269の2本のヨーロッパ限定モデルを投入しています。これはどのようなものですか?
フレデリック・ボンドゥー:それぞれは「朝顔」と「夕顔」という呼称があり、日本らしい光と影の妙を表したものです。パリブティックのオープン記念用に発表した時計以外では、初めてのヨーロッパ限定モデルです。
現在の展開
WatchTime:グランドセイコーは今後、トゥールビヨンや永久カレンダーなどの複雑機構搭載モデルも展開していくのでしょうか?
フレデリック・ボンドゥー:グランドセイコーは2020年に「T0 コンスタントフォース・トゥールビヨン」のプロトタイプを発表し、2022年にはその搭載モデル「Kodo(鼓動)コンスタントフォース・トゥールビヨン」を展開しています。またセイコーグループとしては、クレドールというブランドが複雑機構搭載モデルを得意としています。
WatchTime:クレドールはヨーロッパではまだ一部のコレクターにしか知られておらず、日本でしか手に入らないブランドです。ただ私が見る限り、ここパリでも何点かがディスプレイされています。ヨーロッパの顧客にとって、これがクレドールの時計を入手できる唯一の方法でしょうか?
フレデリック・ボンドゥー:ヨーロッパの場合は、現時点ではそうなります。今回、2020年6月のブティックのオープンに際して、幸運にも何本かのクレドールの腕時計が到着しました。最初に入荷したものは、すぐに完売となりました。現在のところ、再入荷予定もあります。クレドールのマスターピースモデルの一部では、文字盤とケースに関してお客様の要望に応じることができるオプションがありますが、そうでない場合でも10カ月から12カ月、納品までの待ち時間を想定しなければなりません。
WatchTime:今日はどんな時計をしているのですか?
フレデリック・ボンドゥー:今日だけでなく、これまで1年、この美しいSBGW231を着用しています。シンプルな3針時計ですが、美しく、見やすく、正確に時間を知らせてくれる、グランドセイコーのすべてを象徴する時計です。そして、それこそが私が時計に期待することなのです。これを他の時計に付け替えるのは、まだまだ先になると思います。
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