2019年に誕生以来、“普段使いも可能なフリーク”として多くのファンを魅了してきた「フリークX」。ベゼルと輪列構造のシンプル化は、限定モデルのベースとしてのポテンシャルを高め、数々の傑作を生み出した。「フリークX YAGASURI」もまた、そんな傑出した個性を持つ注目作。モノトーンのコントラストと矢絣模様が、息をのむほどの圧倒的な存在感を見せつける。
大野高広:取材・文 Text by Takahiro Ohno
Edited by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2023年1月号掲載記事]
モノクロームとシリコンブルーの共演
これまで火山や氷河、無限の宇宙を表現してみせたユリス・ナルダン「フリークX」に、日本と中国向け限定モデルの新たなテーマとして選ばれたのが「矢絣」(やがすり)である。これは武士にとって大切な弓矢をモチーフにした絣織物のこと、あるいは幾何学的なこの模様自体もそう呼ばれている。矢絣の矢羽根は、初詣の際に神社や寺院から授かる“破魔矢”の意味もあり、日本では古くから縁起物とされてきた。
また、放った矢はまっすぐ前に飛んで戻ってこないことから、江戸時代には「出戻らずに幸せになってほしい」という願いを込めて、嫁入り道具の着物や小物に矢絣文様が使われたという。現代では卒業式で女学生が着る赤い矢絣柄の着物を合わせた袴姿を思い浮かべる人も多いだろう。だが「フリークXYAGASURI」は、そんなレトロな可愛らしさとは一線を画す、凛とした武士のように男性的でスタイリッシュだ。
ブラック&ホワイトの矢絣模様は、ラッカー、ガルバニック、レーザーという3つの技術を駆使した多層構造。外周から内周に向かうほど幅の細いタピスリーとし、繊細かつダイナミックな表情を生み出した。ブラックDLCのチタン製ケース&ベゼルに合わせたホワイトカーフストラップには、ブラックステッチとオープンワークを施し、モノトーンの矢絣の世界観に隅々まで調和させている。
しかし、“文字盤をキャンバスにした古式ゆかしき芸術的表現”といった一般的な時計の範疇に収まらないのが、“フリーク=異形”たるゆえん。そもそも矢絣パターンが施されるのは、文字盤というよりもムーブメントの下部に配され、ミニッツギアトレインと一体化したプレートだ。その上を毎秒6振動の大型シリコン製テンプを備えた調速脱進機が1時間に1回転しており、その先に配されたブリッジが分針の役割を担い、時針の代わりとなるホイールも装備している。
ご存知のようにフリークXは、2001年に発表され、時計界に衝撃を与えた「フリーク」がルーツ。その派生形として19年に誕生したフリークXは、ベゼルによる時刻調整や裏蓋のゼンマイ巻き上げ機構をリュウズ操作に回帰させることで、シンプルなベゼル形状となり、また輪列を大幅に合理化して歯車を減らすことで、ハイライトともいえるテンプの動きを際立たせることに成功した。
フライングカルーセル バゲットムーブメントが動かす矢絣プレートの上で、シリコンブルーのテンプが時を刻む光景は、ユリス・ナルダンの176年にわたる時計製造のサヴォアフェールと日本伝統の意匠による、さながら時空を超えた共演。普段使いも可能なフリークXゆえ、矢絣の和装に合わせて大正ロマンを気取るもよし、モノトーンの控えめなルックスのため品のある洋装の手元を格上げするにも効果的だ。もちろん日本人にとってなじみの深い、心の落ち着く織模様だから、現代アートとして愛でる対象とするのもいい。
たとえば1日をともに過ごし、帰宅してグラスを傾けながら、腕から外したその廻る矢絣の移ろいとテンプの鼓動を堪能するーー オーナーだけに許された、ひそやかな癒しの時間である。
中央に軸を持つムーブメント自体が1時間に1回転するカルーセル式の機構により、上部ブリッジが分を、下部の歯車がプレートを動かして時を示す。本作は矢絣模様を取り入れた、日本&中国の限定モデル。自動巻き(Cal.UN-230)。2万1600振動/時。パワーリザーブ約72時間。Ti+DLC(直径43mm)。50m防水。日本および中国限定30本。341万円(税込み)。
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