日本、そして世界を代表する著名なジャーナリストたちに、2022年に発表された時計から、ベスト5を選んでもらうこの企画。今回は、時計ジャーナリスト、渋谷ヤスヒトが選んだ5本の傑作を紹介する。
1位:カルティエ「マス ミステリユーズ」
2022年はかつてないコンプリケーションモデルの「当たり年」。これが、春のジュネーブで3年ぶりの時計フェア会場に立ったとき、まず感じたこと。
その中でも実物に触れて驚いたのが、“カルティエ・コンプリケーションの究極”といえるこのモデル。1912年に誕生したミステリークロックから120年間の伝統と共に時計技術の進化も凝縮された傑作中の傑作。企画から製造まですべてに賛辞を贈りたい。
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自動巻き(Cal.9801 MC)。43石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。Ptケース(直径43.5mm、厚さ12.64mm)。世界限定30本。予価3250万円(税込み)。
2位:グランドセイコー「Kodo コンスタントフォース・トゥールビヨン」
複雑時計の企画・製品化は1990年代から日本の時計メーカーの技術者はもちろん、当時から取材を続けてきた筆者にとっても悲願のひとつ。その後、製品化は実現したものの、独自性という点では不満が残った。
だがWWG2022で発表され、GPHGのクロノメトリー賞に輝いたKodoはトゥールビヨンとコンスタンスフォース機構の同軸配置と、16ビートの音へのこだわりで独自の世界を構築。ここから日本の高級時計の新しい歴史が始まった。
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手巻き(Cal.9ST1)。44石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約72時間(コンスタントフォース機構の作動時間は約50時間確保される)。Pt×Tiケース(直径43.8mm、厚さ12.9mm)。10気圧防水。4400万円(税込み)。世界限定20本。
3位:ルイ・ヴィトン「タンブール スピン・タイム エアー クァンタム」
今年20周年を迎えたルイ・ヴィトンのウォッチメイキング。ミシェル・ナバス率いるファブリック・ドゥ・タンが開発・製造する複雑時計の魅力はメカニズムに加えて、時計作りで新進ブランドだから躊躇なく行える“伝統に囚われない”自由な精神。
独自のジャンピングアワー機構「スピン・タイム」にLEDでアワーキューブをライトアップする機構をプラスしたこのモデル。ブラック&イエローの色遣いも含め“その本領発揮の隠れた名作”だ。
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自動巻き(Cal.LV 68)。26石。2万8800振動/時。Tiケース(直径42.5mm、厚さ12.3mm)。50m防水。限定生産。参考価格1135万円(税込み)。
4位:ヴァン クリーフ&アーペル「レディ アーペル ユール フローラル スリジエ」
複雑時計は腕に着ける芸術作品。そして芸術としての時計作りに求められるのは、何よりも驚きと感動、そして美。そして2022年、この3つを時計愛好家に届けてくれたのは間違いなくヴァン クリーフ&アーペルだ。
植物学者カール・リンネの「花時計」のコンセプトを開閉する花のモジュールで腕時計にしたこのモデルはそのひとつ。同時に発表された「バレリーヌ アンシャンテ」も3つの美しいオートマタクロックも、時計史に残る傑作だ。
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自動巻き(Cal.400)。パワーリザーブ約36時間。18KRGケース(直径38mm)。3気圧防水。3102万円(税込み)。
5位:ブルガリ「オクト フィニッシモ ウルトラ」
超薄型の機械式ウォッチは複雑時計の中でも洗練さを極めた逸品だ。2014年にブルガリが「オクト フィニッシモ」コレクションをトゥールビヨンモデルから、この分野は新しいステージに。
その中でもピュアに「薄さ」を追求したこのモデルは極め付きの1本だと思う。これより薄い時計も存在する。だがあくまで時計らしい、しかし香箱のラチェットホイールにQRコードを刻んだ大胆で革新的な「顔」を持つこのモデルの魅力は色褪せない。
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手巻き(Cal.BVL180)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約50時間。Ti×タングステンカーバイドケース(直径40.0mm、厚さ1.80mm)。30m防水。10本限定。5221万7000円(税込み)。
総評
新型コロナ禍は時計ブランドにとって結果的に大きな刺激となり、2020年以降に時計ブランド各社から、技術面でも価格面でもこれまでの「壁」を超えた良心的で魅力的なモデルが続々と登場するという、時計愛好家にとってはこれ以上ないほど嬉しい事態になった。その中で年間「ベスト5を選べ」というのは、やはり今年も“無理ゲー”と言わざるを得ない。
そこで今年のベスト5は、思い切ってすべて複雑時計から選ばせて頂くことにした。それは3月末、ジュネーブの「ウォッチズ・アンド・ワンダーズ(WWG)2022」で、時計愛好家にとってのドリームウォッチ、複雑時計の充実ぶりに何よりも感銘を受けたからだ。
パテック フィリップのあのモデルも、ショパールのあのモデルも、リシャール・ミルのあのモデルも、ジャガー・ルクルトのあのモデルも、ピアジェのコンセプトモデルも、そしてアクリヴィアのあのモデルも……どれもドリームウォッチとして遜色はない。ただこの5本を選んだのは、デザインも含めてそのブランドの歴史や世界観が反映されていて、その点を特に評価したいと考えた結果。
複雑時計以外の新作ウォッチも、実は今年はいろいろ充実していて、絶対に見逃せないものばかり。中でも特に充実していたのがダイバーズウォッチ。心残りなので、このジャンルの新作でおすすめを一挙にご紹介しておこう。
機能と価格のベストバランスを求めるなら、モンブランの「モンブラン 1858 アイスシー オートマティック デイト」と、チューダーの「ペラゴス 39」。ヘビー・デューティーなデザインとオーバースペックを楽しむなら、オメガの「シーマスター プラネットオーシャン ウルトラディープ」、タグ・ホイヤーの「アクアレーサー プロフェッショナル1000スーパーダイバー」。ストリートカジュアルスタイルとのマッチングを追求したいなら、ブライトリングの「スーパーオーシャン」、チューダーの「ブラックベイ プロ」や「ペラゴス 39」、ルイ・ヴィトンの「タンブール ストリート ダイバー」。
すべて今年2022年の新作ダイバーズ。どれを選んでも後悔することはないはず。嬉しいけれど悩ましくもあるこの状況、本当に素晴らしいことだと思う。
選者のプロフィール
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渋谷ヤスヒト
モノ情報誌の編集者として1995年からジュネーブ&バーゼル取材を開始。編集者兼ライターとして駆け回り、気が付くと2019年がまさかの25回目。スマートウォッチはもちろん、時計以外のあらゆるモノやコトも企画・取材・編集・執筆中。
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https://www.webchronos.net/news/78165/
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https://www.webchronos.net/features/42263/
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https://www.webchronos.net/features/37040/