ここ数年、身の回りで、ブルガリ「オクト フィニッシモ」の評判がすこぶる良い。かつてブルガリのイベントで、薄型3針スモセコの「オクト フィニッシモ オートマティック」を着用する機会を得た。チタン特有の軽さと肌触りの良さから、着けているのを忘れてしまうほどの快適さだったことを今も鮮明に覚えている。今回期せずして、2022年の新作である「オクト フィニッシモ クロノグラフ GMT」をインプレッションすることになった。その実力を報告する。
Photographs by Msanori Yoshie
鈴木幸也:取材・文
[クロノス日本版 2023年1月号掲載記事]
「オクト フィニッシモ クロノグラフ GMT」インプレッション項目
2022年に発表されたSSモデル。既存のチタンモデルに対して、重量は増すが、SS素材ならではの硬質なポリッシュとヘアライン仕上げが、上質感とともにスポーティー感をも高める。静態精度を見ると、動態精度ほど日差は小さくないが、時間を経るほどに精度が安定しているのが見て取れる。自動巻き(Cal.BVL318)。37石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約55時間。SS(直径43mm、厚さ8.75mm)。100m防水。220万円。
1、ケース
リュウズは引きやすく、回しやすいか? : ◎
リュウズを引き出した際、左右のガタはないか? : 〇
2、ブレスレット&ストラップ
バックルは外しやすいか? : 〇
ブレスレットの遊びやストラップの曲がり・穴のピッチは適切か? : ◎
3、文字盤、針、風防
強い光源にさらされた際、インデックスと針が文字盤に埋没しないか? : ◎
文字盤と針のクリアランスは過大ではないか? : 〇
4、ムーブメント
針合わせは滑らかか? : 〇
ローターの回転音は耳障りではないか? : ◎
日常使用における着用テスト結果(動態精度)
T0 | T24 | T48 | T78 | 平均 | |
時報確認時の表示時刻 | 15時45分00秒 | 15時45分00秒 | 15時45分00秒 | 15時45分00秒 | |
累積誤差 | ― | -1秒 | -1秒 | -1秒 | |
日差 | ― | -1秒/日 | 0秒/日 | 0秒/日 | -0.3秒/日 |
日較差(絶対値) | ― | 1秒/日 | 0秒/日 | 0秒/日 | 0.3秒/日 |
着用時間 | ― | 14時間 | 10時間 | 8時間 | 32時間 |
歩度測定器による精度テスト(静態精度)
T0時 | T0時 | T0時 | T24時 | T24時 | T24時 | T48時 | T48時 | T48時 | |
歩度 | 振り角 | 片振り角 | 歩度 | 振り角 | 片振り角 | 歩度 | 振り角 | 片振り角 | |
文字盤上 | +6秒/日 | 297° | 0.1ms | +9秒/日 | 270° | 0.0ms | +11秒/日< | 250° | 0.1ms |
12時上 | +3秒/日 | 262° | 0.2ms | +4秒/日 | 238° | 0.3ms | +4秒/日< | 206° | 0.4ms |
3時上 | +12秒/日 | 258° | 0.3ms | +8秒/日 | 234° | 0.4ms | +2秒/日< | 205° | 0.4ms |
6時上 | +11秒/日 | 276° | 0.1ms | +11秒/日 | 241° | 0.0ms | +2秒/日 | 210° | 0.0ms |
9時上 | +4秒/日 | 262° | 0.0ms | -1秒/日 | 241° | 0.0ms | -3秒/日 | 216° | 0.0ms |
文字盤下 | +11秒/日 | 288° | 0.0ms | +6秒/日 | 270° | 0.0ms | +10秒/日 | 233° | 0.0ms |
平均 | +7.8秒/日 | 273.8° | 0.1ms | +6.1秒/日 | 249° | 0.1ms | +4.3秒/日 | 220° | 0.1ms |
“極薄”というコンプリケーションの新概念もちろん、精度も言うことなし!
卑近な話で恐縮だが、旧知のフォトグラファーが「オクト フィニッシモ クロノグラフ GMT オートマティック」を愛用している。時計雑誌の編集者であれば知るところだが、時計の細部の良し悪しを〝忖度〞のない厳しい目で見ているのは、実は時計を多く撮影しているフォトグラファーである。名だたるブランドの腕時計も所有するその彼が自ら選んだのだから、むしろ説得力がある。
今回、編集部で割り当てられたのは、偶然にも件のフォトグラファーが所有するモデルの素材違いであるSS製の「オクト フィニッシモ クロノグラフ GMT」だ。以前、ブルガリのイベントでチタン製のオクトフィニッシモを装着する機会に与ったことがあるが、今回インプレッションしたSSモデルはチタン製とは異なり、手元にしっかりとした手応えを感じる。ブレスレットは少しゆとりをもって調整してあるので、手首にがっちり巻き付いているわけではないが、着用した時に自重で腕時計が手元で遊んでしまうことはなく、程よく手首の橈骨と尺骨の下に収まっている。装着感はチタン製のように〝肌感覚〞とはいかないが、SSらしい質実な存在感がある。
装着感で特筆すべきはふたつ。ブレスレット自体の滑らかな薄さと、それ以上に、オクト フィニッシモ特有の薄いバックルだ。これはブルガリ ウォッチのデザインを統括するファブリツィオ・ボナマッサ・スティリアーニ氏が当初から熱弁を振るっていたように、両開きのバックルを収めるために、ブレスレットのバックル部に凹部を設け、そこにバックルのプレートを収納することで、ただでさえ薄いブレスレットから連なるラインをバックルが邪魔することなく、バックル自体も薄いまま手首の内側に鎮座する。折り畳み式や両開き式のバックルにありがちな、バックルだけが盛り上がってしまい、デスクワークの際に机やPCなど、あちこちにぶつけてしまう不便さは皆無だ。このバックルの快適さは、実際に使用してみないと実感できないだろう。
SSのブレスレットは薄いだけでなく、裏側には丁寧にヘアライン仕上げが施されているため、さらさらと肌当たりも良く、汗をかいても不快な密着感はまったくない。ケースの厚さはわずか8.75㎜。GMTとクロノグラフが搭載されていることを考えるとあり得ないほど薄いが、この時計本体の薄さがそのままブレスレットと一体化する快適さ、デザイン性、そしてそれをかなえる技術力。スティリアーニ氏の鼻息が荒くなるのも納得の〝薄さ〞という名の見事なコンプリケーションだ。 ブレスレットで気になったのは、今回のSSモデルに特有の点だ。ヘアラインを施した上面に対して、凹んだリンク部はポリッシュ仕上げされているのだが、そのエッジの立ち方についてだ。ブレスレット表面のため、常に肌に当たるわけではないが、バックルを開け閉めする際などに、ブレスレットの表面に触れると、指先にそのエッジの引っ掛かりを感じた。確かに、ヘアラインとポリッシュ仕上げの組み合わせは美観に優れる。このエッジの引っ掛かりについては、今後に期待したい。
時計本体とブレスレットの重量バランス、複雑機構搭載機としては異例なほどのケースの薄さ、そして着用感と取り回しに直結する両開き式バックルの驚異的な薄さ、これらいずれも高評価のテスト機だが、時計としての本領である精度はどうだろうか?
結論から言うと、着用した際の動態精度は、丸3日間(72時間)を通して日差マイナス1秒と、十分すぎる高精度を叩き出した。マイナス方向とはいえ、24時間後にわずかマイナス1秒に振れただけで、48時間後も72時間後もその状態を維持し続けた。すなわち、T48とT72の日差と日較差はゼロであった。もちろん、自動巻きのため、時計を着けている間はペリフェラルローターが常時巻き上げ、常にトルクも十分だったことが想定されるが、それをもってしても日差が1秒以内に収まるのは実用面においてもほぼ完璧と言うほかない。
世間では、いわゆる〝ラグスポ〞の人気が高いが、このオクト フィニッシモは、薄さを売りにしており、ラグジュアリーではあるが防水性は100m防水。日常生活には十分であるが、スポーツウォッチではない。だが、ブレスレットモデルに関して言えば、優れた取り回しと装着感、そして何よりも美観に優れる多面体構成のモダンな造形は、〝ラグスポ〞ならぬスポーティーラグジュアリーもしくはスポーティーエレガンスと言っていいだろう。何より、フォーマルでもインフォーマルでも着用できる幅の広さは、ポスト〝ラグスポ〞時代の新たな鉱脈となり得るに違いない。
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