2023年3月26日、IWCのインヂュニアがモデルチェンジを受けた。ジェラルド・ジェンタのデザインが復活したほか、前作では省かれていた耐磁性能が復活したのである。しかも、外装の仕上げは今のIWCにふさわしく良質だ。これはインジュニア、つまりエンジニア向けというより、万人に向く、新世代のマルチパーパスウォッチだ。
自動巻き(Cal.32111)。21石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約120時間。SSケース(直径40mm、厚さ10.7mm)。10気圧防水。156万7500円(税込み)。
Text by Masayuki Hirota(Chronos-Japan)
2023年3月27日公開記事
ロンドンで行われた新生「インヂュニア」のお披露目
2023年の2月末、IWCはロンドンの科学博物館で新しい「インヂュニア」のお披露目を行った。まずスピーチを行ったのは、CEOのクリストフ・グランジェ・ヘア。冒頭に掲げられたのは「IWC インヂュニア:造形とテクニック」というメッセージ。続いて彼は、昔ながらのレトロなスライドを使って、1970年代デザインの歴史を語った。ディーター・ラムス、ブルーノ・サッコ、そしてジェラルド・ジェンタ。彼はジェンタデザインを、強いデザインコードを持ち、数十年も残る物と述べた。
上のフロアに登ると、そこが会場である。いたるところにやはり1960年代から70年代を象徴するレトロフューチャーなアイテムが並んでいる。コモドール製のコンピューターであるPET、チャールズ・イームスによる「ES104」、そしてディーター・ラムスの手がけたTV「FS 8」などなど。
これら一連のメッセージが示すものは明確だ。1976年に発表された「インジュニアSL」への回帰、である。壁には4枚のポスターがかかっている。1970年代、あるいは80年代のものと思いきや、これも新しいインジュニアをカバーしたもの。
「Von Nerds für Nerds. Die IWC Ingenieur(オタクによるオタクのための時計、IWC インヂュニア)」「未来からの回帰」「紳士の選択」。いずれも、あえてレトロ風の打ち出しがされている。そして、その隣にあるのは、ディーター・ラムスによる「グッド・デザインの10の原則」をまとめたもの。
つまり新しいインヂュニアとは、単にジェラルド・ジェンタのデザインをリバイバルさせたのではなく、ラムス風、別の言い方をすると、IWC風に進化させたもの、ということなのだろう。事実、ラテンそのものと言えるジェンタデザインを、IWCは抑制のきいたデザインにうまく落とし込んでみせた。
ジェンタとラムスの整合性を取るのは大変だったのではないか、とデザイナーのクリスチャン・クヌープに尋ねたところ、彼はこう返答した。
「ジェンタのデザインはユニークだが、そのスピリットは1970年代のデザインに共通したものだ」。あえてデザインを変えた理由は「彼が同じデザインを好まなかったため。ちょうどピカソが変わり続けたようにね」とのこと。
新生「インヂュニア」は過去モデルのいいとこ取り
2023年に発表された新しいインヂュニアとは、1976年の「インヂュニア SL」(Ref.1832)と、2013年の「インヂュニア・オートマティック」(Ref.IW3239)のいいとこ取り、と言える。
文字盤に刻まれたグリッド状のパターンは1832に同じであり、リュウズガードを設けたケースは、IW3239を継承したものだ。また直径40mm、そして厚さ10.8mmというサイズもIW3239に近い。
CEOのグランジェ・ヘアはインヂュニアに必要な要素を3つ挙げた。「ブレスレットと統合されたケース、ベゼル上の5つのホール、そして耐磁性能」。クヌープはこう説明する。「かつてのインヂュニア(筆者注IW3239)に比べて、本作は造型がシンプルになり、ミドルケースも薄くなった。またケース全体をわずかに湾曲させたほか、全長も短くしてある」。
デザインに際してはエルゴノミックを重視した、と彼が語った通り、新しいインヂュニアはかなり着け心地が良い。IW3239も優れていたが、精密になったブレスレットを含めると、本作のほうがわずかに上だろう。時計とブレスレットの重量バランスは大変に良い。
デザインへの手の入れ方も、いかにも今のIWCだ。「かつてのインヂュニアは、ベゼルをねじ込むための5つの穴がずれていた。デザイナーとしては、わずかにずれているのはまったく耐えられない。
そこで、ベゼルの固定方法を一新して、ネジで固定するようにした。ケースの中に内蔵された5本のビスでベゼルを固定している」。また、今のトレンドを意識したのか、ベゼルも細く絞られた。
クヌープらしいのは、文字盤に施されたグリッド仕上げだ。これは1976年のSLに全く同じだが、ロゴに対して適切な位置に収まるよう微調整をしたという。磁気をシャットアウトするため、文字盤の素材は真鍮でなく軟鉄製。
グリッドをプレスした後、表面に強い筋目を加えることで、モダンな表情にしたとのこと。確かに、角張った新しいインヂュニアの造型に、エッジを効かせたグリッド文字盤は上手くマッチしている。用意されたのは、ブラック、ホワイト(正確にはシルバー)、アクアブルー、そしてチタンの4色。
アクアブルーは塗装と思いきや、メッキで発色しているとのこと。発色は難しそうだが、プロトタイプの仕上がりはかなり良好だった。
また、ダイヤカットを施したインデックスとのコントラストも良く、室内で確認した限りでいうと、視認性も悪くなかった。ただ、IW3239に同じく、針に施したダイヤカット仕上げが、インデックスから省かれた理由は不明だ。
インデックスにも針と同様の仕上げを加えれば、時計全体の統一感は強調されたに違いない。