一部に熱狂的なファンがいながらも、ついに定番化しなかったジェラルド・ジェンタ デザインの「インヂュニア」。しかし、ラグジュアリースポーツウォッチのブームとジェンタ デザインのリバイバルが、再び往年のデザインを引っ張り出した。ブレスレット一体型の新型インヂュニアは、1976年モデルに範を取りながらも、今の基準でリファインされた新時代の万能ウォッチである。
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ジェンタ デザインを踏まえつつ、マルチパーパスウォッチに進化した新しいインヂュニア。「エルゴノミックに配慮した」とデザイナーが語るように、腕なじみはかなり軽快だ。また、コマ数の少ないブレスレットも左右の遊びが小さい。あえてバックルから微調整を省いたのは、薄さを重視したため。自動巻き(Cal.32111)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約120時間。SSケース(直径40mm、厚さ10.8mm)。ブティック限定。156万7500円(税込み)。
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2023年5月号掲載記事]
ジェンタ デザインをリバイバルした「インヂュニア・オートマティック 40」
1955年に発表されたIWCの「インヂュニア」は、高い耐磁性能を打ち出した、いわば玄人向けのモデルだった。原型となったのはパイロットウォッチの「マーク11」。手巻きのキャリバー89を自動巻きに置き換えることで民生用に仕立てたモデルだ。その性格を物語るように、モデル名にはフランス語でエンジニアを意味する「インヂュニア」が選ばれた。
インヂュニアが大きく変わったのは76年のこと。「インヂュニア SL」は、気鋭の時計デザイナーであるジェラルド・ジェンタが手掛けたブレスレット一体型のモデルに進化したのである。以降はジェンタによるスポーティーなデザインが、インヂュニアの個性となった。もっとも、2010年代を過ぎると、ジェンタ デザインは日本以外では受けなくなり、インヂュニアはオーソドックスなデザインに改められた。
しかし、ラグジュアリースポーツウォッチのブームを受けて、IWCは初代SLのデザインをリバイバルさせることを決めた。とはいえ、新しいインヂュニアは単なる復刻ではない。これは2013年に発表された「インヂュニア・オートマティック40」に、1976年のインヂュニア SLのエッセンスを盛り込んだもの、と言える。例えば文字盤のグリッドパターンはSLに同じだが、リュウズガードは2013年モデルからの転用だ。
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大きな変化は、デザイン以上にディテールだ。裏蓋は平たくなり、ミドルケースも先端に向けてわずかに絞られた。またエッジの鏡面を目立たせることで、サテンとのコントラストを強め、時計の立体感を際立たせた。文字盤のグリッドパターンも、プレスで抜いた後、表面を研削することで角を立てたものだ。ほとんどの歴代インヂュニアは、真鍮ではなく、加工しにくい軟鉄製の文字盤を持っていた。凝った仕上げを加えることは難しかったが、本作ではその課題を、研削を加えることでクリアしたのである。
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搭載ムーブメントは、ヴァル フルリエのエボーシュをIWCがチューンしたCal.32111。本誌でも再三取り上げてきた通り、巻き上げ効率と精度に優れる自動巻きムーブメントだ。加えて、新作では高い耐磁性をもたらす軟鉄製のインナーケースも復活した。同社は耐磁性能を公表していないが、デザイナーのクリスチャン・クヌープによると4万4000A/m、ポスターの記述に従うと4万6700A/mである。10.8mmというケース厚を考えれば十分ではないか。
さておき、アイコニックなデザインと高い質感、そして使える性能を満たした新インヂュニアは、IWCファンならずとも響くモデルとなるはずだ。時計としてのバランスは極めて良い。
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新作インヂュニアのハイライトが、ユニークなアクアブルー文字盤のモデルである。繊細なグリッドパターンを潰さないよう、文字盤はラッカーではなくメッキ仕上げ。あえてブレスレットの幅を絞ることで、他のラグジュアリースポーツウォッチとは違った印象を与える。基本スペックは冒頭のモデルに同じ。ブティック限定。156万7500円(税込み)。
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