ブライトリングを象徴するナビタイマーが誕生する以前、ウィリー・ブライトリングが1940年代に手掛けたプレミエは、それまでの“プロの計器”とは一線を画す、感性に訴えるエレガントなデザインと品質が幅広い層に人気を博した。──それから80年。いま再び、新プレミエが“真のクラシック”を世に示す。
[クロノス日本版 2023年5月号掲載記事]
ブライトリング プレミエ新章始まる
ブライトリングの出発点は初代レオン・ブライトリングが「精密時計と正確な計時」という極めて特殊な分野に生涯を捧げる決意をしたこと。彼の情熱は次の経営者の情熱を生み、それが次世代へ伝わり、新たな情熱を誘発していった。ブライトリングの歴史はそんな途切れることのない〝情熱の連鎖〞から生まれた奇跡のような物語にほかならない。
父レオンの遺志を受け継いだガストン・ブライトリングは1915年、スタート、ストップ、リセットの機能をリュウズから切り離し、プッシュボタンを2時位置に独立させた腕時計型クロノグラフを開発した。この画期的なひらめきはクロノグラフの操作性を高めただけでなく、慎重を要する「スタート」をリュウズ上から分離することで、誤作動を防止する効果も得た。さらに1923年、彼はリセット機能だけをリュウズに戻して制御システムを改良し、連続した計時のストップおよび再スタートを可能にした。
直径38mmのピンクゴールドケースにヴィーナス175を搭載した1945年製プレミエ Ref.777。45分積算計とスモールセコンドを横に並べたダイアルは、時分針とアラビア数字に夜光が塗布され、スポーティーでクラシックなシンメトリーデザインと、昼夜を問わない視認性を両立。なにげない日常に喜びと希望をもたらすエレガントな名作だ。
ウィリー・ブライトリングが3代目に就任したのは、学業を終えたばかりの19歳の時。わずか2年後の1934年に、リセット専用のプッシュボタンを4時位置に移設することで特許を取得した。リュウズの両側に独立したふたつのプッシュボタンを装備する現代クロノグラフの原型が、ここに完成したのである。
1938年、ウィリー・ブライトリングは航空計器担当部門「ユイット・アビエーション」を新設し、高精度な航空用計器とパイロット用クロノグラフのメーカーとして揺るぎない地位を築いていく。最初の黄金期を迎えていた当時のブライトリングが、次の新機軸として開発したのが「プレミエ」であった。
だが、1939年にドイツ軍のポーランド侵攻で始まったヨーロッパ戦線は、やがて世界に拡大。永世中立国だったスイスから英国空軍にコックピット・クロックを納入しながら、ウィリー・ブライトリングは生来の強い感性によって、人々の心の渇きを感じ取っていた。先の見えない戦況下、経済的に不安定な時代に、「市民ケーン」(1941年)や「カサブランカ」(1942年)などの優れた映画が人々につかの間の安らぎを与えたように、彼はエレガントな腕時計が人々に希望を与えられると考えたのである。
それまでのプロ用計器で培った技術力をベースに、ウィリー・ブライトリングはクラシックでエレガントな腕時計の開発に着手する。従来とはまるでコンセプトが異なるものの、ディテールを徹底的に作り込むやり方は踏襲した。そして、社運をかけた開発が実を結んだのは1943年頃。金無垢モデルも用意され、インデックスや印刷の細部にまで妥協を許さないダイアルには「PREMIER」の文字が記された。初めてモデル名をあしらったブライトリング製品だったことからも、高い品質に対するウィリー・ブライトリングの自信のほどがうかがえる。
やがて戦後の希望に満ちた時代を迎えた。穏やかで豊かな未来を予感させるプレミエは大成功を収め、1940年代を通じて多彩なデザインが世に送り出された。当時のドレッシーなモデルとしては大ぶりな38mmサイズまで用意され、時計界の新たなベンチマークともなった。
ちなみに「プレミエ」はフランス語で「最初の」という意味もある。プレミエ以前のクロノグラフが“計時”という目的のために進化してきたとすれば、プレミエはクロノグラフを“スタイル”として生かした初めてのモデルと言えるのだ。
新登場したプレミエ B01 クロノグラフ 42では自社製キャリバー01の12時間計を省いたツインレジスターを採用。1940年代のヴィンテージ・プレミエのクラシック感と、モダンな42mm径のサイズ感、細部の装飾、サファイアクリスタルバックによる新しい楽しみ方など多彩な魅力を備え、ブライトリングを代表するコレクションへの成長が期待される。
ブライトリングのクロノグラフの歴史は、ムーブメントの系譜をたどると、また違った一面が見えてくる。レオン・ブライトリングの時代から、同社はシャルル・ハーン(1925年にランデロンに社名変更)が製造し、デプラ社が改良したエボーシュだけを使用していたが、ウィリー・ブライトリングの時代にヴィーナス社と出会い、まだ小さかったこの工房に全幅の信頼を寄せた。たとえば、ブライトリングのエントリーラインに載せて大成功を収めた縦目のヴィーナス170は、多くの人に〝ブライトリングのムーブメント〞と呼ばれたほどだ。
1940年代のプレミエは横ふたつ目のヴィーナス175や、12時間積算計を追加した3つ目の傑作ヴィーナス178等を搭載した。1966年にバルジューがヴィーナスを買収した際には、ブライトリングが1948年から使用していたヴィーナス188の設計を引き継いだバルジューが、これをCal.7730と改名し、その改良型が後年、Cal.7750の基礎になった。また、バルジュー買収後も約10年、ヴィーナスは元の工場で独自に(だが、バルジューのムーブメントとして)製造を続けた。そのため1967年以降、ブライトリングの生産台帳にはヴィーナス178がCal.7738として記載されている。
1969年には、スイス時計界として最大の技術課題だった自動巻きクロノグラフムーブメントの共同開発に成功するなど、ウィリー・ブライトリングは1979年に死去するまで生涯をクロノグラフの探求に捧げた。創業家3代にわたって受け継がれたその情熱は、2009年に初めての自社開発・製造キャリバー01に結実したのをはじめ、ブライトリングのアイデンティティーとして、今なおすべての現行モデルに息づいている。
新しいプレミエも、その中のひとつだ。自社製キャリバー01を搭載し、デザインは1940年代のオリジナルモデルにインスピレーションを受けながら、モダンテイストが適度に加わって化学反応を起こし、新しいスタイルへと昇華したもの。優美な曲線を描く固定ベゼル、ふたつのサブダイアル、流線型の角型プッシュボタン、植字されたアラビア数字インデックスなど、アイコニックなディテールから漂う上質なクラシック感も健在だ。